世界法廷プロジェクトの成功

 1.世界法廷ってどんな運動?

世界法廷運動日本センター 事務局

 

 機関紙『反核法律家』の読者から「世界法廷運動ってどんなことをする運動なのか、まだよくわからないので、わかりやすく説明してほしい」という声がありましたので、以下のとおりご説明することにいたします。

 

【国連憲章第96条の利用】

 世界法廷運動は、World Court Projectの日本語訳で、世界法廷プロジェクトともいいます。世界法廷とは、国連憲章第14章に定められた国際司法裁判所の略称です。国連憲章第96条は、国連総会または安全保障理事会は法律問題について世界法廷に勧告的意見を求めることができること、国連のその他の機関および専門機関(例えばWHOなど)も総会の許可を得たものは、その活動の範囲内で同様に意見を求めることができる、と規定しています。世界法廷運動とは、この規定を利用して、世界法廷に「核兵器の使用及び使用の威嚇は国際法に照らし違法である」という勧告的意見(法的判断)を出させようという運動です。もし、世界法廷がそのような「意見」を出したならば、核兵器保有国にとって重大な脅威となり、核兵器廃絶運動にとって有力な武器となることは明らかでしょう。

 

【世界法廷運動(WCP)の由来】

 世界法廷に、核兵器が適法かどうかについて勧告的意見を求めるという世界法廷運動のアイデアは、故ショーン・マックブライト氏に由来するといわれています。彼は、アイルランドの外務大臣、国連事務次長を歴任し、国際民主法律家協会(NGOの組織)の会長として世界の平和運動に活躍した法律家で、ノーベル平和賞を受賞しています。彼の主張は、彼の死後19884月に設立された「核兵器に反対する国際法律家協会(IALANA=イアラナ)」に引継がれました。

 イアラナは、核兵器の使用と使用の威嚇は国際法に違反し、人道と平和に対する犯罪を構成するという立場をとります。イアラナは、19899月、第1回世界大会をオランダのハーグで開催しました。この大会に日本から参加した法律家らによって、「核兵器の廃絶をめざす関東法律家協会」(反核関東法協)が設立され、イアラナに加盟しました。

 

【世界法廷運動の開始】

 イアラナは、19921月、アムステルダムの会議で、世界法廷運動を開始することに決めました。この会議は、1910年にノーベル平和賞を受賞した「国際平和ビューロー(IPB)」と、1985年にノーベル平和賞を受賞した核戦争防止国際医師の会(IPPNW)」の協力のもとに行われました。この年は、IPBの創立100周年の記念すべき年でした。その年の5月、前記イアラナ、IPBIPBNW、の三団体の共催で、世界法廷運動の集会が開かれ、ここからこの運動が世界的規模で拡がりはじめました。このジュネーブでの会議に、日本から、反核関東法協の他、「日本国際法律家協会」「日本原水爆被害者団体協議会」「原水爆禁止日本協議会」などのメンバーが参加しました。この三つの国際団体は、いづれも国連NGO組織なので、国連およびその機構の内部で、各国代表に対し、世界法廷運動のロビー活動をし、各国政府が勧告的意見を求める国連決議に賛成するよう働きかけをしました。

 

【世界保健機構(WHO)の決議】

 イアラナとともに世界法廷運動に取り組んだIPPNWは、国連の専門機関である世界保健機構内部で加盟各国の政府代表に対し、熱心に働きかけをしました。特に、南太平洋の、米・仏の核兵器の実験により被害を受けた非同盟の国々のIPPNWのメンバー達の活動は積極的に行われました。その活動が功を奏し、19935月、WHOの世界保健総会(WHA)で決議をかちとりました。決議は「一国による核兵器の使用は、WHO憲章を含む国際法のもとでのその国の義務違反になるのではないかにつき、世界法廷に意見を求める」というものでした(「反核法律家」第23頁に全文)。この決議は約3ヵ月後、ハーグの世界法廷に送付されました。WHOからの決議の送付を受けた世界法廷は、913日に裁判官会議を開いて、まずWHOとその加盟国(国連加盟国)に対し、核兵器の使用に関するWHOの決議について意見があれば、1994610日までに世界法廷に陳述書を提出することができるという決定(「反核法律家」第25頁に全文)をしました。勿論、日本政府にもその決定は送られて来ています。

 

【国連総会での決議の妨害】

 1993年秋の国連総会に向けて、イアラナは、国連において、各国の国連代表部に対し、世界法廷運動を展開しました。5月の世界保健総会の決議の影響もあって、国連内部の特に非同盟諸国の間で世界法廷運動は急速に拡がり、114日の非同盟運動調整ビューロー会議(110カ国)は、全会一致の決議をしました。(「反核法律家」第26頁に全文)。決議は、「いかなる状況において、核兵器の威嚇及び使用が国際法のもとで許されるかにつき、世界法廷に意見を求める」というもので、この決議は、議長国のインドネシアの国連代表により国連総会の第一小委員会(平和・軍縮)に提出されました。これに驚いた核保有国であり安保常任理事国の米・英・仏・中・露のうち米・英・仏の三国は、議長国インドネシアをはじめ、自国の影響下の非同盟国に対し、恫喝的強力な圧力をかけて、決議案の撤回を迫ったのでした。まさに国際的スキャンダルともいうべき不当な干渉が行われたのでした。ついに非同盟国の一部が切り崩され、昨年の国連総会での採決は見送られることになりました。しかし、この決議案の撤回にあたって、インドネシア国連代表は、「核兵器の保有は人類社会と文明に対する空前の脅威である。現在の非人道性と違法性を永続させてはならない」と核保有国を非難した上で、「強調と妥協の精神に鑑み、非同盟諸国は今回最終決議案を推進しないことに決めた」と、苦渋に満ちた撤回演説をしたのでした。

 

【核大国米・英・仏の狼狽と干渉】

 米・英・仏がこのように、なりふりかまわず暴力的ともいうべき干渉と妨害を強行したのは何故か。それは、この世界法廷運動により、世界法廷が核兵器の違法性を宣言することになれば、核超大国は、核兵器の保有が合法であり正当であると主張できなくなることに気がついたからです。米国は、核兵器による戦略体制を完備して世界に君臨しています。政治力と経済力の衰えの目立つ仏・英は、核兵器を保有していることによってかろうじて国連安保理常任理事国のメンバーとしての地位を保持しています。今、核保有国の国際的地位の優位性が、世界法廷運動の前に深刻におびやかされていることがわかったのです。我々は、予想外に大変大きな事業をはじめているのです。

 国連総会での決議をとる運動は、今後毎年の国連総会にチャンスがあるのですから、我々には大きな希望があるわけです。

 

【日本政府の対応】

 日本政府は、世界法廷から、WHOの決議について、本年610日までに陳述書を提出できる、という決定書の送付を受けています。原爆投下の被害を受けた日本の政府は、きっと、「核兵器の使用は国際法上許されない」という陳述書を出すものと、日本国民なら誰しも考えるでしょう。ところが違うのです。去る22日に、世界法廷運動日本センターの構成三団体(核兵器の廃絶をめざす関東法律家協会・日本国際法律家協会・日本原水爆被害者団体協議会)の代表が、細川首相宛の申入書を持って外務省を訪問しました(「反核法律家」第35頁参照)。申入は「日本政府は被爆国政府として、世界法廷に対し、被爆の実相を正確に呈示し、国際法をふまえた陳述書を610日の期限内に提出せよ」という内容です。この問題の担当部局の責任者(外務省総合外交政策局国際社会協力部長)は、「世界法廷に期限内に陳述書を提出するかどうか検討中」というだけで、陳述書の作成準備については一切答えないという対応で、核兵器の違法性を論証する陳述書の作成の意向は殆ど感じられませんでした。むしろ、世界法廷運動のために、昨年ニューヨークを訪問した日本代表団に対し、国連軍縮会議日本代表部の一等書記官が述べた言葉、「日本が脅威を受けたとき、自衛の為に米国の核に頼らざるを得ない場合が出てくる。その万一の場合のために、核兵器の使用の余地を残しておく必要があるから、日本政府が、核兵器の違法性の判断を求めることに賛成することは難しい」(「反核法律家」第215頁参照)というのが、日本政府の方針であると思われます。そういえば、WHOの世界保健総会での前述の決議の採択において、日本政府は棄権しました。広島・長崎の悲劇を忘れた日本政府の行為はまさに日本にとって悲劇的であります。

 

【我々の世界法廷運動】

 こういう状況ですので、世界法廷運動日本センターでは、当面の行動として、我々の手で民間陳述書を作成し、これをWHO、日本政府、WHO加盟国に渡して、世界法廷に提出する陳述書として利用してもらう運動を展開することにしたのです(「反核法律家」第215頁参照)。そして、我々は民間陳述書を完成させて、この49日に開催された世界法廷運動日本センター発足記念集会でこれを発表しました。これを英文に訳したうえで、日本政府、WHO、核保有国、非同盟諸国などに渡します。東京都内に各国の大使館・領事館などがあります。皆さんと一緒に訪問して、世界法廷に核兵器が違法であるという陳述書を提出してもらう大運動を展開したいと思います。これは、地球上から核兵器を廃絶する運動の一環として大きな役割をはたすものと思います。