ハーグ平和集会の成功

 1.ハーグ゙市民社会会議の概観

ハーグ「市民社会会議」の概観

平和アピール運動の成果を見る

 

浦田賢治 ・ 早稲田大学教授  IALANA副会長

 

ハーグ平和アピール運動(略称・HAP)は、「アジェンダ基本原則10項目」を取りまとめ、515日、ハーグでの「市民社会会議」の閉会大会で、これを,コフィ・アナン国連事務総長、ノール・ヨルダン女王、シェイク・ハシナ首相(バングラデシュ)及びヴィム・コク首相(オランダ)らに手渡した。その基本原則の第1項目には、日本国憲法第9条が規定しているように、世界諸国の議会が政府の行為によって戦争が起こることのないように宣言すべきであると書きこまれた。このことによって、憲法9条がいまや世界の平和運動の新しい旗印になった。この点は、ハーグ平和アピール運動の大きな特徴である。また, 核兵器廃絶条約締結交渉を直ちに開始すべきであるとも述べた(6)。こうしてハーグ平和アピール運動は、いまでは、これらの基本原則を実施する段階に入っている。

 

ハーグ平和アピール運動(HAP)は全く非営利事業である。事務局は12日、次のとおり発表した。その財源は、約40パーセントが財団からの寄付、20パーセントがオランダを含む政府資金、20パーセントが会議登録料、10パーセントは個人からの寄付、8パーセントはハーグ平和アピール運動を主唱した団体からの寄付、そして2パーセント以下が企業などからの収入(一種の寄付)である。コーラ・ヴァイス女史の人的繋がりによる寄付が大きな貢献をした。また、1966年にこの運動を始めたとき、4つの調整団体は、少なくとも200万ドルの支出を見こんだが、これを大きく超える支出はなさそうである。4団体は自前の機器や人材を活用したので、受け取った寄付から、事業経費など一切差し引いていない。会長も事務総長も、ならの報酬も旅費なども得ていない。「ハーグ平和アピール」事務局では300名を超えるヴォランチアが働いた。雇用された者の中で、年間50000ドルを超える報酬を得た者は誰もいない。

 

事務局は最終日に、次の事実を公表した。約10000人がこの会議に出席し、そのほとんどが4日間会議に出た(6月16日付け事務局発表では、9000人を超える参加者となった)。この会議では、100カ国を超える諸国からきた代表たちによって、400を超える企画(討議、作業部会、その他の活動)が催された。その中には、平和の文化を示す企画が多数あった。事務総長ビル・ペースは、この会議の核となる文書は二つ、すなわち会議プログラム及びアジェンダ会議版であると強調した。80ぺージに及ぶ会議プログラムには、700を超えるNGO,市民社会、及び国際機関が提起した文字通り数百のプログラム、提案、行動、キャンペーンが含まれている。12ページに書きこまれたアジェンダには、基本項目、主要な行動,及び50にのぼる課題が示されている。会議中の討議を反映した提案などが、調整委員会及び組織委員会に届けられた後、これを整理して会議報告書を作成するとともに、アジェンダの最終版を作って,これを全世界に配布することになっている、というのである。

 

若者と南側諸国からの参加があったことを強調して、次の発表がなされている。1500名の若者が参加し、「平和と正義のための若者アジェンダ」の作成に取り組んだ。カシミール、インド,及びパキスタンの参加者が、初めてカシミールに関する合意に達した。エチオピアとエリトリアからの参加者が、エチオピア・エリトリア問題で対話を行った。キプロスのトルコ系青年とギリシャ系青年が、「キプロスにおける平和を目指すタイム・テーブル」行動計画を立案した(616日付け通信による)

 

ハーグ平和アピール運動(HAP)は、622日からロシアのセント・ピータースバーグで開かれる政府間会議に代表団を派遣する。この会議には、HAPが非政府組織3団体の一つとして、常設仲裁裁判所及び国際赤十字委員会とともに、出席する。このことは、市民社会が政府と同等の権利を有するパートナーとして参加する初めての出来事である。また、「ハーグ・アジェンダ」は、「国連国際法の10年」が終わる今国連総会に対して、今年1117日、正式に提出される。これに前後して「ハーグ・アジェンダ」は、来る10月に、ソウルで開催されるNGO国際会議、同じく10月に開催される赤十字及び赤弦月運動の国際会議、また20006月にニューヨークで開かれるNGO千年紀会議,その他多数の国際会議に提出されることになったいる。

 

HAP「市民社会会議」(51215日)を概観する上で、私の印象に強く残った幾つかの事柄を指摘しておこう。まず,HAPの組織者が,あらかじめ認識していることである。例えば、ハーグに集った平和運動の代表たちが追求する諸目標―― 核兵器反対のキャンペーンをするために、戦争廃絶を呼びかけること、また「平和の文化」を創造することを呼びかけることーーは、対人地雷や小火器の規制の場合とは違う困難さ,非効率さがあるということである。ビル・ペースは、会議に先立ち、次のように述べた。国連(UN)が会議を開けないから、非政府組織(NGO)でやらざるを得ないのだ。もうひとつの理由は、安全保障理事会(15国)の分裂状態――とりわけ5つの常任理事国(P5)の意見の不一致である。特に昨年12月の米英によるイラク空爆、及び今回のNATOによるユーゴ空爆は,平和の仲裁者としての世界機構のまとまりを崩してしまった。特に、米国による15億ドルの会費滞納で、国連は財政的困難に陥っている。他方、ワシントンは、自分勝手である。都合のいいときには、空爆をする。国際刑事裁判所でも、クリントン政権は一時これを支持したが、後にこれを変えた、と憤慨している。

 

HAPの「会議」には、12カ国の外相、NGOおよびノーベル平和賞受賞者たちが集まった。ユーゴ空爆問題に対応するため、すでにロシアを含む8カ国外相会議が始まっていた。HAPの組織者たちは、NATO加盟国であるオランダのハーグに集うことと,ここで平和のアジェンダを決めることの間に漂う、一種のアイロニーを認識していた。したがって、全世界から集まる代表たちが、武器取引の停止、紛争の解決、人権実現の強化をすすめる行動志向的な提案を持参してくることを、コーラやビルは期待していたのである。

 

この市民社会会議の構成は、次の3つに区別される企画で組み立てられた。(1)開会集会及び閉会集会――これらは、調整委員会と組織委員会で作った。(2)コア・プログラムーー4つの柱の全体会議は、調整委員会と組織委員会で作った。だが,その他のプログラムは,それに止まらず、いろいろな団体が企画し,実施したものを含んでいる。(3)グローバル・プログラアムーー参加団体が自主的に企画し,実施したものである。例えば、「ジャパンデー集会」(13日及び14日)も、その一つである。(4)周辺の集会――青年たちなどを含め,会場内外で各参加団体が任意に作ったものがある。例えば、国際反核法律家協会(IALANA)日及びの臨時総会や、世界連邦運動(WFM)のオリエンテーション集会などである。

 

12日(水曜日)午前9時半から1時まで、2200名が入るウイリアム・アレキサンダー・ホールと800名が入るヴァン・ゴッホ・ホールで,さらに大講堂スタテン・ホールの2ヶ所の特設スクリーンに1000名が見入るなかで、開会集会が行われた。コーラ・ワイスは、開会演説のなかで、核兵器問題について次のように述べた。すなわち、世界規模の世論調査で最近、今世紀最大の出来事は何かと尋ねたところ、答えはヒロシマ、ナガサキへの原爆投下であった。なぜなら、それは人間が仕出かすことができる非人間性というものを劇的に示したからである。すべての国会議員、外務大臣,軍人たちは、ヒロシマを訪問すべきである。現在なお,ヒロシマに投下された爆弾の75万倍に相当する核兵器が存在する。核兵器廃絶の緊急性をわれわれに思い起こさせるために、われわれは広島,長崎両市長と、「あなたがたの人間性を忘れないで欲しい」と語り掛ける、ノーベル平和賞受賞者ジョセフ・ロートブラット教授を歓迎する。われわれには、地球上から核兵器を永久に追放する条約が必要である、と述べた。ここに示されたのは、ヒロシマ・ナガサキの原体験の反省から出発し、いま緊急に核兵器廃絶条約締結を要求する日本の反核運動の立場が普遍的だということではなかろうか。

 

だが、「平和を目指して団結し、コソボ問題で分裂した」と、翌日の新聞論評は書いた。ミロシェヴィッチ大統領は国際社会の要求を受け入れなければならないと、オランダ外相ジョチアス・ヴァン・アーツセンは強調した。だが、空爆の即時中止を訴えたIPPNW共同代表マリー・バンヌ・シュッフォルドは、ロシアは今後数ヶ月の空爆を許容しない、もしこの危機が続けば核兵器による威嚇さえし兼ねない,と警告した。

 

この市民会議の討議を取りまとめて,5月15日発表された「基本10原則」は,「核兵器廃絶条約の締結を目指す交渉が直ちに開始されるべきである」と明記した(第6項目)。「21世紀の平和と正義のための課題」(略称:アジェンダ;5月、市民会議版)は、行動計画を含む「軍縮及び人間の安全保障」という柱の中で、「核兵器廃絶のための国際条約を交渉し、批准すること」(第44項)をあげた。特に、NPT6条に基づく法的義務を遵守するために、すべての国家は5年以内に核兵器禁止条約を交渉し、完結する必要があると記した。

   これに続けてアジェンダは、国際反核法律家協会(IALANA)オランダが追求してきた方策に触れている。すなわち、NPT6条に基づく法的義務を遵守できない国家は、国際司法裁判所により裁かれる結果を招くことになる。なぜなら、1996年の国際司法裁判所による核兵器に関する勧告的意見によれば、この義務は、完全核軍縮に至る交渉を指しているからであると説明している。このプロジェクトは、今後とも検討され、進められると思われる。

 

   ところで、ハーグの市民会議に先立ち、NPT再検討会議を準備する今年1999年第3回予備会議がニューヨーク国連本部で、5月10日から2週間の予定で開かれた(議長はコロンビアのカミロ・レイズ大使)。この会議の任務は、来年西暦2000年に開催予定のNPT再検討会議に対して提出する、手続き及び実体の両面での提案あるいは合意文書を作成することであった。初日に、NGOから、13の意見表明があった。最初に、もしNPTを救済するつもりならば、それが遵守されてきたか、歴史的視野にたって審査する委員会を設けて、1999年中に報告書をだせという主張がなされた。次に、地域的不拡散では、南アジア、中東、北朝鮮、ベラルースが取り上げられた。インドの核実験からちょうど1年後にあたる今日、インドのCTBTへの加盟促進を訴える意見もあった。太平洋の先住民は、地方,国家、地域、国際団体が核時代における環境と健康の問題に取り組むことを提起した。核廃絶への道では、核部隊の警戒解除や、核兵器のない世界を作るフォーラムを設置することなどが提起された。また、全般かつ完全な軍縮という概念が核軍縮を遅らせる理由にされてはならないことが強調された。そして、「核兵器、及び倫理と法」というテーマでは、「各国家は、自らがしてほしいように、他に対して行え」という相互主義の考え方が提示された。

   この会議で,非同盟諸国は、核軍縮特別委員会の設立を主張した。これら諸国は、ジュネーヴの軍縮会議で,期限を切った核兵器廃絶条約を作成する委員会の設立を主張してきた。これに対して日本政府代表は、南アフリカ、カナダと並んで、軍縮会議が、第一段階として、核軍縮の諸課題について交渉する委員会を設立するという主張をしたに止まった。

 

   「市民社会の会議」の指導者たちは、一方では日々,イーメールで,こうした情報を収集しながら、他方では、ハーグに集まった草の根運動の活動家に対して、しかしそれだけでなく,政府や国際機関の代表者たちにも、核廃絶運動の課題について,さまざまに語りかけた。こうした「新しい外交」という考え方で作成されたものの一つが,「モデル核兵器禁止条約」である。その1999年版が出来上がっていて、今年9月の国連総会に提出されると思われる。核兵器廃絶を目指す「新しい外交」または「民主的外交」というものの意味と問題点について、日本及びアジア太平洋のレベルでさらに立ち入って検討することが必要ではなかろうか。

                                               最後に、ジャパンデー集会の成果と課題を、どのように捉えればよいか、という問題に触れておきたい。

主催者側の見方で言えば、まず、ハーグ平和アピール運動(HAP)4つの団体から、会長または事務総長が,われわれの要請を受けて、すべて出席してくださったことがある。日本では,到底ありえないことであろう。次に、植木光教氏(世界連邦運動日本協会会長、参議院議員)、土井たか子氏(元衆議院議長)、太田昌秀氏(前沖縄県知事)、広島,長崎両市長が同席して、スピーチをしてくださった。これも、ハーグならではのことである。さらに、オーバービー博士は「第9条というこの偉大なガンジー主義の英知を高く評価する」と題した講演を行った。、また、マガロナ教授(国立フィリピン大学,国際法)も、日本とフィリピンの現状を踏まえた講演を行った。憲法第9条を世界に広げるという課題は、私の講演草稿の副題で指摘したとおりである。この課題を,国内外の友人の皆さんと相談しながら、今後一緒に追求していきたいと思う。特に、日本の法律家たちの報告があった。法律家グループが、英文の報告冊子を千部も作成・持参し、これを全会場に配布して、ハーグ会議の参加者たちに強く訴えかけたことは、すばらしい集団的とりくみであった。このことは、国際会議に臨む日本代表団のあるべき姿をしめしたモデルとして、また教訓の一つとして、ここに記録するに値する。さらに、日本の草の根の運動を進めてきた活動家や理論家たちが「リレートーク」を行った。その数は、時間の制約で押さえられたが、それでも30名に及んだ。「核廃絶を含む軍縮と人間の安全保障:平和憲法を世界に」と銘打って開かれたジャパンデー集会は、大きな成果をあげたが、それとともに将来に向けて取り組むべき新しい課題を,人々に良く見えるようにしてくれたのではなかろうか。この意味で、アジンダの日本版やアジア版をつくること、それを実施することが大事な仕事になっている。

                                (終)