モントリオール世界市民社会会議に参加して
君島東彦:北海学院大学
1999年12月7日から11日まで、カナダ・ケベック州モントリオールで、「世界市民社会会議」(World Civil Society Conference)が開催された。ちょうどわたしは、勤務先の北海学園から派遣されて昨年9月から12月までアルバータ州のレスブリッジ大学で客員教授をつとめていたので、大陸を横断してモントリオールへ飛び、日本反核法律家協会の代表としてこの会議に参加した。
T モントリオール会議の位置づけ
この会議は、1995年に報告書 "Our Global Neighborhood" (「地球リーダーシップ」NHK出版)を出したグローバル・ガバナンス委員会(Commission on Global Governance)の活動を受けて、国連大学が企画・準備したものである。1996年9月に東京の国連大学本部で、世界のNGOのリーダーおよび研究者からなる運営委員会が組織され、この運営委員会が会議を準備してきた。運営委員長は Cyril Ritchie (Federation of International Institution in Geneva, Switzerland)、功刀達朗(国際基督教大学教授)が委員会の中心的なメンバーとして尽力した。会議は、 ”Building Global Governance Partnerships” (「グローバル・ガバナンスのパートナーシップを構築する」)をテーマとして掲げた。
この会議を的確に位置づけるには、まずグローバル・ガバナンス委員会とその報告書をみておく必要があるだろう。冷戦後、そして湾岸戦争後の1992年、ドイツのウィリー・ブラント元首相やスウェーデンのカールソン首相などのイニシアチブで、グローバル・ガバナンス(地球的統治)−国連の改革・強化はその重要なテーマとして含まれる−について検討し、改革案を提言する有識者の委員会−グローバル・ガバナンス委員会−がつくられた。そしてこの委員会が1995年に出した報告書"Our Global Neighborhood"はかなり注目されるものとなった。
グローバル・ガバナンスという概念・言葉は、1990年代に国際政治学、国際関係論の分野でよく使われるようになったものである。1992年にジェイムズ・ロズナウ(James N. Rosenau)らの編集で出た"Governance without government: order and change in world politics" (Cambridge University Press)という本のインパクトは大きいと思われる。この本は90年代の世界にみられる"Governance without government"「政府なき統治」を分析したものである。いまの世界社会を見ると、世界政府(ガバメント)はないが、しかしある種の「統治=ガバナンス」=国際的政策形成・政策協調は存在しており、この状態を「政府なき統治」と捉えたわけである。これ以降、グローバル・ガバナンス(地球的統治)という言葉は国際政治学・国際関係論の分野で好んで使われるようになった。1995年には "Global Governance"という学術雑誌も創刊されている。
グローバル・ガバナンス委員会はこのような知的理論的背景のもとで組織され活動した。ここで1995年の報告書の詳細に触れることはできないが、報告書は平和・安全保障、開発・貧困、環境、国連改革、国際法の強化などの地球的問題群に対する包括的な処方箋といった性格のものである。この報告書に対しては、21世紀初頭の国際社会を考える際の出発点になるという積極的な評価がある一方で、いまの世界政治経済を衝き動かす原動力の分析、真の構造変革の視点が欠けているという批判があり、評価は様々である。いずれにしても、モントリオールの会議は、グローバル・ガバナンス委員会の仕事を一応の前提としているようであった。
また、モントリオールの会議は、1990年代の世界会議を総覧するものとしても位置づけられる。1990年代を通じて、環境、人権、開発、人口、女性などの地球的問題群について、国連主催で様々な世界会議が開かれた。すなわち、世界子どもサミット (ニューヨーク、1990年)、環境と開発に関する国連会議(リオデジャネイロ、1992年)、世界人権会議(ウイーン、1993年)、人口と開発に関する国際会議(カイロ、1994年)、世界社会開発サミット(コペンハーゲン、1995年)、世界女性会議(北京、1995年)、人間居住に関する国連会議(イスタンブール、1996年)、世界食糧サミット(ローマ、1996年)などである。これらの会議は、政府間会議とNGOフォーラムという二元的構成をとり、政府代表とNGOが対抗ないし協調しつつ議論を深めた。そして90年代の最後に、国連が主催できず、市民社会が自力で開催したハーグ平和アピール市民社会会議 (ハーグ、1999年)がある。モントリオールの会議は、これらの世界会議の関係者(政府、国際機関、NGOの三者すべて)を一堂に集めて、相互に議論・交流させることを1つの目的としていたようである。
90年代の会議はいずれも、それぞれの問題にこれからどう取り組むべきか、その課題と方法を示す宣言、行動計画、行動綱領などを取りまとめている。これら90年代の世界会議の提言を受けて、今年2000年にはニューヨークの国連本部で3つの重要な会議が開催される。「ミレニアム・サミット」(9月)、そして「ミレニアム国連総会」(10月開会)である。これらの一連のミレニアム会議において、90年代世界会議の提言のフォローアップ、達成度の検証が行われる予定であるが、モントリオールの会議は90年代世界会議とミレニアム会議をつなぐ中継ぎの役割を果たす意図も持っていたと思われる。
U 会議の内容
会議の参加者は、90年代世界会議のそれぞれに関わったNGO関係者、国際機関職員、政府関係者など全部で300人ほどであった。日本人の参加者は7人ほどいた。運営委員会メンバーの功刀達朗氏、長年環境問題に取り組んできた参議院議員堂本暁子氏(パネリストとして)、開発NGOオイスカ・インターナショナルの渋谷弘延氏、国連開発計画へ出向中の外交官ノロ・モトヨシ氏、開発NGOを研究テーマとする明星大学人文学部の毛利聡子氏、アルバータ大学で研修中の外交官ナカノ・ウイチロウ氏、それにわたしである。
7日夕方の歓迎レセプションのあと、8日の午前中にまずコフィ・アナン国連事務総長のスピーチで会議は本格的に始まった。アナン事務総長の話は、ハーグ平和アピールのときと同じような話で、90年代の出来事を振り返り、ハーグで採択された「公正な世界秩序のための10の基本原則」の第5原則、すなわち新しい外交=政府、国際組織、市民社会のパートナーシップの意義を再確認・強調するものであった。「グローバル・ガバナンスのパートナーシップを構築する」をテーマとして掲げたモントリオール会議の全体が、ハーグの第5原則の意義を再確認・強化するものといえよう。アナン事務総長の話のあと、グローバル・ガバナンス委員会のメンバー、ワンガリ・マタイ氏(ケニアの環境運動家)の話し、国連大学副学長ラメシュ・タカー氏の話などが続いた。
午後は、300人の参加者すべてが16の小グループに分かれて、グループごとに一定のテーマについて議論した。わたしは「市民社会と安全保障理事会:新しい関与?」をテーマとするグループに参加して、NGOは安保理にどのように関与しうるかについて議論した。多くのNGOが経済社会理事会の協議資格を持っているが、安保理についてもそのような関与が可能ではないか。安保理の恣意的な介入―ある地域紛争には介入し、ある紛争には介入しない―に対抗するため、世界全域の紛争のレベル・危険度についてNGOが絶えず監視し公表するなど、非常に興味深い意見が出された。
9日の午前中のセッションでは、功刀達朗氏とマーサ・シュワイツ氏(西南大学)の「NGOの行為規範」に関する報告が面白かった。モントリオールの会議にあわせて、功刀氏とシュワイツ氏の共編による本が国連大学出版部から出されているが、これはNGOの行為規範―NGOを規制する国内法やNGO自身の自主的なルールなど―の代表的なものを集めた本である。最近、スイスのダボス会議―毎年世界の財界リーダーが集まる「世界経済フォーラム」―で、経団連会長の今井敬氏が「NGOはだれの利益を代表しているかわからず、機関としての正統性に欠ける」と述べたことに端的に示されるように、NGOは選挙によるコントロールを受けないので政府とは違って民主的正統性に欠けるという指摘がしばしばなされる。これに対するNGOの側の反論は、自律、自主的なルール、徹底した情報公開・透明性の確保による社会的コントロールというものである。NGOは自己の民主的正統性を「補填」するために行為規範が必要になるといえる。わたしはこのような文脈で功刀氏とシュワイツ氏の報告を聴いた。
9日の午後も前日と同じように16の小グループに分かれて議論した。わたしは「政府との連携を構築する(地雷禁止、国際刑事裁判所など):更なる提案」というテーマのグループに加わった。このグループのリーダーは世界連邦運動のビル・ペイス氏で、参加者全員が議論するというよりはビル・ペイス氏の話を聴くことが中心になった。ビル・ペイス氏からは国際刑事裁判所NGO連合についてなかなか興味深い話が聞けた。
このモントリオール会議は「グローバル・ガバナンスのパートナーシップを構築する」というテーマを掲げているが、このことの意味を少し、敷衍しておく必要があるだろう。90年代世界会議をみれば明らかであるが、90年代にはNGOの活動が活発になり、90年代が進むにつれて政府の側が゜NGOの台頭を脅威と感じ始めたということがある。政府とNGOとの間には緊張関係がある。また他方で、上述の今井氏の発言にみられるように、財界もNGOに対して注意深い態度を維持している。このように、NGOと他のアクターとの間に緊張、摩擦が潜在的にあるので、これらのアクター相互間の連携・協力関係をつくりだすことが現在の課題になっているといえる。モントリオールの会議はまさにこの課題に取り組んだわけである。
10日午後、会議を終えるにあたって、「モントリオール・メッセージ」を採択すべく、運営委員会が起草した草案―A4判1頁の簡素なもの―が配布され審議されたが、議論は全く収拾がつかず、結局会議の場では「モントリオール・メッセージ」は採択されなかった。とりわけ、経済的弱者や女性など世界社会の「周辺」に位置する人々の権利を擁護するNGOから異論が出された。この出来事は、より公正な世界社会をめざそうとすれば、政府、国際機関、NGO相互の関係は「パートナーシップ」よりももっと緊張をはらんだものとなるということを示唆していよう。
V ミレニアム(千年紀)NGOフォーラムについて
9日の夜に、オプションとして、今年5月22日−26日にニューョークの国連本部で開催されるミレニアムNGOフォーラムについての説明会があった。ミレニアムNGOフォーラムの運営委員長テチェステ・アデロム(Techeste Ahderom)氏が、集まった10人ほどの参加者にフォーラムの目的、要領について説明した。彼の説明によれば、ミレニアムNGOフォーラムは、90年代世界議を総合し、それらの宣言、行動計画、行動綱領の達成度を検証し、フォローアップすることを目的としている。9月のミレニアム・サミット、10月のミレニアム国連総会に先駆けて達成度の検証、フォローアップを行い、NGOフォーラムの成果をサミットと国連総会へ提出するとのことである。NGOフォーラムは、90年代世界会議を反映して、全部で6つのテーマを掲げている。
1 平和・安全保障・軍縮
2 貧困の根絶
3 人権
4 持続的な発展、環境
5 グローバリゼーションに立ち向かう:公正、正義、多様性の実現
6 国連・国際機関の強化と民主化
これら6つのテーマについてセッションとワークショップが持たれるが、運営委員長によれば、これらの6つのテーマ内で専門家同士が議論をするのではなくて、むしろ6つのテーマを横断して違った分野の人々と議論することをめざしているとのことであった。90年代の世界会議を総合し、異分野のNGOの交流・相互学習を試みるようである。いわばNGOの世界における「学際性」の追求といえよう。
ニューヨークの国連本部で開催されるため収容能力の限界があり、参加者は全部で1400人に制限せざるをえず、参加希望者が1400人を超えるときには参加者の「選考」をするという。その際、地理的なバランスを考慮して、アフリカ250人、アジア・太平洋200人、ヨーロッパ・北アメリカ250人、西アジア100人、ラテンアメリカ・カリブ海地域200人、国際的NGO250人、その他の招待者という数字が暫定的に設定されている。
12月9日の説明会のときには、準備は遅れ気味だと運営委員長は話していた。わたしとしては、ミレニアムNGOフォーラムができるだけ有意義なものとなるよう、積極的に関与していきたいと考えている。なお、ミレニアムNGOフォーラムのホームページは、
http://www.millenniumforum.orgである。
(注) モントリオール会議の位置づけを含めてグローバル・ガバナンスについて、功刀達朗「国連と民主的ガバナンス」深瀬忠一・浦田賢治ほか編『恒久世界平和のために−日本国憲法からの提言』(勁草書房、1998年)267頁は有益である。
千年紀フォーラム
テーマ会議案 : 「平和・安全保障・軍縮」作業グループ
千年紀フォーラムには、当協会からは浦田、君島両氏が参加します。以下は、6つのテーマ会議の
1つ「平和・安全保障・軍縮」の会議案ですが、まだ確定したものではありません(編集部抄訳)。
5月22日(月)
10:00− 開会式 全体会議 国連総会会議場で開催
16:30− 作業グループ #1.1 武力紛争の原因を取り除くこと(第1部)。
このテーマの全般的な概要については23日10時からの全体会議で行う。
第1部の主題は、紛争の原因としての武器とミリタリズム、非軍事化、平和の促進と組織された宗教の役割、暴力の文化との闘いと平和の文化の推進−すべての人に対する平和教育、社会的経済的不正義と貧困との闘い、紛争の原因としての人権侵害−性差別を含む−に対する保護など。
5月23日(火)
10:00− 対話型全体会議−平和、安全保障、軍縮
この「対話型全体会議」(簡単な紹介と最大限のコメント及び討論)は、平和・安全保障・軍縮の作業グループへの参加を予定していない人にその概要を知らせるもので、スケジュールの都合上23日に行われる。
11:30−13:00 作業グループ #1.2 武力紛争の原因を取り除くこと(第2セッション)。
提案されているトピックス……紛争と女性。紛争・難民と子ども−少年兵を含む。少数民族保護。紛争と環境。紛争の原因としての資源の欠乏。紛争と麻薬取引。
その他。
紛争と経済発展……軍事予算と健康・教育費の関係。
人間の安全保障……人間の安全保障とは何か、それはどう達成できるのか?
16:30− 作業グループ #1.3 紛争の予防と解決;人道的介入;平和維持
紛争の警報・予防・転換についての実践と新アイデア。紛争の仲介・早期警報・紛争解決・和解と転換のための政府と市民社会によるさらに効果的な行動。市民社会と全紛争当事者の和平交渉への参加。武力行使に至らない人道的介入の基準の明確化。武力行使による人道的介入の基準。安保理での拒否権行使を減らすための措置。予防展開の拡大。市民社会顧問の平和維持部隊への登用。常設国連警察および平和維持部隊の設置。紛争予防と平和維持の能力をもつ地域的安全保障組織の世界的ネットワークをどう構築するか?。
5月24日(水)
11:30− 作業グループ #1.4 核軍縮の促進
警戒体制の解除。核実験禁止。核分裂物質のカットオフ。貯蔵の安全管理。核分裂物質や核廃棄物の長期的処理。核保有国にNPT第Y条の義務を遵守させるには? 完全核軍縮に至る道筋は? 核研究・開発施設の削減と廃絶の必要。核軍縮の主要な障害と障害を除くために何をすべきか? 核兵器(禁止)条約の採択。NPT体制へのさらなる支持をどうとりつけ、NPT侵害者への制裁を強化するか? イスラエル、インド、パキスタンをどう核管理体制に取り込むか? 国土防衛および戦域ミサイル配備計画の状態と効果。全世界的ミサイル警戒システム;ABM(対弾道ミサイルの制限に関する)条約の維持。軍事用ミサイルの拡散・保有・生産を世界的に管理することができるか?
5月24日(水)
16:30− 作業グループ #1.5 他の兵器の軍縮促進
軍事予算・兵器生産・移譲の削減、小火器の移譲の削減、銃規制
(以下略)
5月25日(木)
11:30− 作業グループ #1.6 平和への全体的視野からのアプローチ; 第1部;紛争予防と削減 作業グループ #1.7 平和への全体的視野からのアプローチ;
第2部;#2 ハーグ平和アピール……「21世紀の平和と正義を求めるハーグ・アジェンダ」(「反核法律家」32号に掲載)は、戦争の根本的原因 と戦争の廃絶に取り組み、暴力の文化から平和の文化へ転換をめざしている。ハーグ・アジェンダの現在の位置。次のステップ。市民社会組織・政府・個人はハーグ・アジェンダのプログラムを前進させるために何ができるか?。
5月25日(木)
11:30− 作業グループ #1.8 裾野を広げ、共に活動を主要なテーマは裾野を広げること。「平和・安全保障・軍縮」に対する市民社会の支持をどう広げるか、マスコミが取り上げるようにするか?。