●§§§§§日本反核法律家協会長崎総会特別報告●§§§§§
2002/8/9

核廃絶の流れに全面対決する「核態勢見直し」

弁護士  井 上 正 信  




 今年の原水禁大会の資料、発言、新聞記事などを見るとブッシュ政権の核態勢の見直し(NPR)の内容がかなり正確に認識されてきていると思います。これは94年のクリントン政権時代の核態勢の見直しの時と比べてみても大きな違いがあります。反核運動が当時と比べて発展してきていることのあらわれだと思います。この点をまず、踏まえておきたい。

 核態勢の見直しも含めてできるだけ正確に詳しくご理解いただきたいと思ってレジュメをだしましたが、できましたら参考文献の一つでも二つでもお読みいただけたらと思います。
 まず、NPR報告は秘密報告ですから全体像は分かりませんが、Global Securityというシンクタンクが抜粋版というかたちでホームページに載せています。これは非常に正確なものだと思います。その翻訳文が原水協の情報資料16およびピースデポの「核軍縮と非核自治体・2002」に出ています。解説としては新原さんの前衛の論文より講演記録の方が詳しい。また、梅林さんの『在日米軍』は非常にいい本ですから必ず読んでください。


●T 新版NPRの位置付け ●

 まず、ブッシュ政権のNPRの位置付けですが、94年のクリントン政権のNPRとの比較が必要です。
クリントン政権の核態勢の見直しのときは、戦略核の三本柱の一つである陸上発射のICBMをなくすかもしれない、あるいは先制使用政策を放棄するかもしれないという期待感がありました。しかし、結局軍部押し切られて、冷戦時代の戦略をそのまま引き継いでしまいました。具体的には戦略核の3本柱(陸上発射のICBM、潜水艦発射のICBM、戦略核爆撃機)と先制使用政策を維持し、核兵器に軍事戦略の主要な役割を負わせることです。
 さらにそれだけではなく、ソ連崩壊後の新しい状況の中で核兵器の役割を拡大するというところに踏み込み、具体的には、大量破壊兵器と、米国がならず者国家と称する非核兵器国を核攻撃の標的に含めました。これを拡散対抗戦略とかならず者ドクトリンとか、Lead and Hedge戦略ともいいます。リードというのは戦略核兵器を削減する、具体的には、STRATU条約の数までに削減するという前提で94年NPRをつくりましたが、他方で削減した弾頭を温存するというhedge(両賭け、あらかじめ逃げ道を作っておく)戦略を採用しました。核備蓄管理計画というものを作りました。未臨界実験などもその一環です。これそのものがブッシュ政権に採用されてくるわけです。

 94年NPR以降のアメリカの軍部が採用する核戦略があり、96年2月9日に統合参謀本部が統合戦域核作戦ドクトリンという非常に権威の高い作戦文書を作って統合軍司令官宛てに流しています。その内容は非国家的主体、いわゆるテロリスト集団、を核攻撃の標的に含めるものです。このドクトリンでは6種類の標的群を核攻撃の標的として並べており、大量破壊兵器を保有する非国家的主体、その訓練センターといったものも挙げるのです。これが現在のブッシュ政権の戦略にも引き継がれています。
 ブッシュ政権の核態勢の見直しというのが非常に強調されていますが、90年代以降の一貫したアメリカの核戦略、軍事戦略の継続を踏まえた発展であるというところを押さえておく、決して9.11を踏まえて出てきたものではないということに注意する必要があると思います。
 ブッシュ政権のNPRは、9.11の直後の2001年10月1日に公表されたQDR(4年毎の国防見直し)と一体のものです。その下敷きとなるのが、クリントン政権時代の2000年5月30日に統合参謀本部が作成した「Joint Vision 2020」という2020年を目標にしたアメリカの軍事ドクトリンです。9.11以前にQDRのレポートはほぼできており、9.11が起きて若干の修正がなされたが、基本的な中身は変わっていません。ですから、「ブッシュ政権の新しい核戦略は、9.11があったから新しくできた」という見方をすると間違ってしまう。

ブッシュ政権の核戦略は21世紀のアメリカの安全保障戦略として90年代以降徐々に形成されてきたものです。その特徴は、安全保障の対象として非対称的脅威−具体的にはならず者国家、テロリスト集団、大量破壊兵器、サイバー攻撃など-を打ち出したことです。
ちなみに、脅威概念は興味深い変化をしています。90年代まではソ連が脅威、ソ連崩壊後はならず者国家とあわせて不確実性ということをしきりに強調しています。1991年に出たNATO新戦略概念を読みましたが、いたるところに不確実性という言葉がでてきます。一体何を敵としようとしているのかさっぱり分からない。「とにかく不確実なんだ、それが脅威なんだ」と言っている。これは99年に出た新版にも引き継がれています。この不確実性というものが非対称的脅威という形で形成されてきたと私は思っています。

21世紀の戦略の中身ですが、軍事戦略としては特定の地域国家を想定した脅威対応型(ソ連崩壊後はいわゆる「ならず者国家」とりわけ中東と朝鮮半島)はもう時代遅れだということで、能力対応型に変わった。どこにどういう敵がいるか分からない、アメリカがいつどこからどんな攻撃を受けるか分からない。敵が誰か特定することもできない。しかし、何が起ころうともアメリカは速やかに対応できる軍事的能力を持つべきだというものです。
 そのために、軍事態勢は前進プレゼンスを今まで以上に重視する。いつどこで何が起こるか分からないから常に前進配備が必要だというわけです。とりわけ日本を非常に重視してきています。

 それから、緊急対応能力、長距離戦力投射能力−地球の裏側にでも迅速にアメリカの兵力を投入できる能力−、宇宙の軍事支配といったものが、軍事戦略として重視されます。

 軍事ドクトリンとしては核兵器と通常兵器を統合する。そして、超小型核兵器を開発して使い易い核戦力を構成しようとしています。

 ミサイル防衛に代表されるように、防御を抑止力として位置付け、軍事技術を重視するという特徴もあります。軍事技術は軍事における革命(RMA)、つまりハイテク技術、とりわけ情報・通信技術を軍事に応用する。そのために必要なインフラを構築する。
軍事における革命(RMA)は、今回の核態勢の見直しも含めたブッシュ政権の軍事戦略の大きな柱の一つになっています。RMAは90年代から本格的に取り組まれ、例えば96年に統合本部が出した文書「ジョイントビジョン2010年」、97年のクリントン政権の4年毎の国防見直し(QDI)でも強調されています。ブッシュ政権ではこれがさらに強調されるようになり、後で触れますが新しい3本柱の一つに据えられるようになりました。

 RMAを強調してきた背景は2つあります。
@ 非対称的脅威と呼ばれるテロリスト集団、あるいは新興国家、あるいは旧来の友好国が突然敵対国に変わるというようなことも含めた非対称的脅威に対応する軍事戦略をつくる。
A 敵がいつどこでどういう攻撃するか分からないから、それを迅速に探知・対応するためにハイテク技術が必要。アメリカは、21世紀を通じて最も得意とするハイテク分野を活用して絶対的な軍事的優位を継続しようとすることを露骨に述べています。


 ● U 新版NPRの内容 ●

 ブッシュ政権の核態勢見直し(NPR)の内容ですが、第一の特徴は、レポートの大半で新しいトライアド(三本柱)を強調し、その内容の説明に費やしていることです。
・第一の柱・・・核兵器と非核兵器の攻撃能力を統合する。この柱の中に旧来の三本柱を含んでいます。これにより通常兵器と核兵器の敷居をなくし、統合軍事司令官が使い易い核兵器をつくっていくというところに繋がっていく。

そのため使い易い核兵器の開発と核爆発実験の再開を狙い、既存の核戦力を維持しつつ、かつそれを近代化していく。
・第二の柱・・・防御手段を抑止力に位置付ける。
能動的受動的防衛手段というのがありますが、能動的防御手段とはミサイル防衛計画です。これを三本柱の一つに入れるということは、それまでの相互確証破壊戦略(MAD)−米ソが互いに弱点を抱えているから互いに攻撃できないようにするという戦略−をミサイル防衛によって正式に放棄するということです。そのためにABM条約からの脱退ということになるわけです。
・第三の柱・・・防衛インフラの整備
 クリントン時代のような核政策のもとでは、新しい核兵器が必要になっても技術者がいない、施設も古くなり使い物にならなくなったということで、新しい研究者を養成する、新しい施設をつくることを三本柱の一つにしています。

 第ニの特徴は、「見せかけの軍縮」です。アメリカは2002年5月にロシアと攻撃的兵器削減条約を結び、2012年までに戦略核を1700発から2200発に削減するとしました。しかし、これは本来2007年に発効しなければならないSTARTU条約を5年先送りにしたに過ぎない。また、運搬手段や削減された弾頭を廃棄しません。後で述べますヘッジ戦略として温存するということです。MXミサイルピースキーパーなどのミサイル本体も廃棄せず、「人工衛星の打ち上げに使うよ」などとして温存しようとします。あるいはミサイルサイロも破壊しません。さらにこの条約には検証措置もありません。ABM条約の廃棄の代わりとしてはあまりにもお粗末です。
 核態勢の見直しは、核戦力を作戦配備戦力と迅速対応戦力に区分しています。迅速対応戦力は、いざとなったら短期間に作戦配備できる核弾頭のことです。その結果2012年段階でどうなるかという推計を核問題に関する年報を毎年出しているアメリカのシンクタンクNatural Resource
Defense Council が出しており、ピースデポの本でも紹介しています。この表を見ると、2002年に戦略核と非戦略核の合計が10656発、2012年には9980発で、減っていないんです。まさに「まやかしの核軍縮」です。

NPRの大きな特徴のひとつは柔軟性をもたせてあることです。いつどこでどんな紛争が起こるか分からない、どこでどんな敵がアメリカを攻撃するか分からない、ロシアの民主化過程が崩壊しナショナリストが政権を取って敵対的な国になるかも知れない、中国が超大国になりアメリカの敵になるかも知れないなど、あらゆることを想定していおり、いつでも柔軟に対応できるようにしているからです。つまり、2000年5月のNPTの最終文書にある不可逆性の原則の正反対、可逆性を残すという柔軟性の原則を採っているのです。

核兵器保有の永続化を狙っていることも特徴の一つです。このNPRレポートにはっきりと書いてあるのは、例えば戦略原潜(SSBN)と戦略原潜から発射される大陸間弾道ミサイルの新しいものを2029年頃に配備する、そのための研究・計画をする。また、現在のB52、B1、B2戦略爆撃機が旧式化するので2040年頃に次世代のものを配備すると、もう既に研究に入るということを言っているわけですね。半世紀後に新しいものを配備すると言うのですから、まさに「核兵器よ永遠なれ」です。

地域紛争での核兵器の先制使用を公然と述べていることも特徴の一つです。「核戦力の規模の決定」という項目では、アメリカが核戦力規模を決定するためのアメリカが巻き込まれる地域紛争を3類型に分けています。
@ immediate (直近の)
具体的にイラクのイスラエルやその他の隣国に対する攻撃、北朝鮮の韓国攻撃、台湾海峡を巡る中台紛争を挙げている
 A potential (潜在的な)
 B unexpected (予測ができない)
いわゆる「ならず者国家」の北朝鮮、イラン、イラク、リビア、シリアは3類型のどれにも当てはまり、中国は1,2類型、ロシアは第3類型になるとしています。
 なぜこれらがアメリカの核戦力規模の決定になるかというと、アメリカの核戦力の標的政策というのがある。敵と想定する国のどこを攻撃するか。例えば軍港、軍用空港、軍事工場、橋、コンビナートなど様々なものを標的にするが、標的の強度を計算し、核弾頭はいくつ必要という計算を積み上げていった結果出てくるものが核戦力の規模です。
私たちが有事立法との関係で注目しなければならないのは、朝鮮半島と台湾海峡です。アメリカはここで核戦争を想定しているのですから。北朝鮮はNPT加盟の非核兵器保有国ですが、それに対して核攻撃するというわけですね。

柔軟性については、先ほどお話ししたように、不可逆性の原則を否定したわけです。

消極的安全保障政策の放棄も特徴の一つです。クリントン時代は国際公約として核兵器国と共同してアメリカを攻撃しない限り非核保有国を攻撃しないと約束してきたし、1995年のNPT再検討延長会議の時も国連安保理の決議までしています。ところが、ここでそれを完全に放棄しました。3類型のいずれにもあてはまるとされたイラク、リビア、シリア、北朝鮮などNPTに加盟している非核保有国です。

また、実戦で使用し易い新型核兵器を開発しようとしています。このレポートの中で核戦力の新しい能力を明確にしてきています。HDBT攻撃というのは地中深く埋設された強化された標的−イラクの地下司令部あるいはアフガニスタンの洞窟の奥深くに潜んだアルカーイダなど−や、移動標的を攻撃する−中国の新型の陸上発射の弾道ミサイルなど−ことを考えています。
彼らは、通常爆弾で例えば生物化学工場を攻撃すると飛び散るから非常に怖いが、核兵器の持つ強力な熱線がすべて焼き払ってしまう、あるいは放射能で中和するかも知れないなどという議論をして、だから核兵器で攻撃しようというわけです。
そして、精密誘導兵器の技術を使う、弾残留放射線などの副次的被害を低減するなど、使い易い小型核兵器を開発しようとしています。

 そのためには核爆発実験が必要だ。いま核爆発実験を再会するには2、3年かかるが、1年以内に短縮しようということも述べています。

 先ほど述べたように、新しい三本柱の一つである防衛インフラの整備は、新しい研究者を養成しないと新型核兵器はつくれない、つまり核兵器能力を残すために核兵器を作る、研究する、実験するという倒錯した考え方です。そのために先進的概念チームと称する新しい新型核兵器を開発するチームを作ろうとしています。

 また、核戦力の近代化、現有戦力の近代化についても縷々述べています。

 もう一つの特徴は、戦術核兵器には一切触れていないことです。先に紹介したNatural Resource Defense Councilの表でも戦術核兵器の数は変わっていません。NPRで触れていないからでしょう。しかし、超小型核兵器の開発をしようとしているのですから、戦術核兵器の数は増えるかもしれません。
 これは日本にとって重要な問題です。地域紛争で核戦争を起こそうと思えば、戦術核兵器が日本に持ち込まれるわけですから、この問題を重視していく必要があると思います。

 ブッシュ政権の核態勢の見直しの特徴を私は次の様に整理しています。これまでアメリカ政府が公式見解では主張できなかったこと、あるいはあいまいにしてきた問題を公式の政策として決定したと。
例えば・・・
@ 1997年11月にクリントン政権は大統領決定指令60(PDD60)という核戦争指令を決定した。これはレーガン政権以来18年ぶりの改定と言われています。ワシントンポスト紙は、アメリカは大量破壊兵器で攻撃された際の報復として核兵器を使うと言っているが、大量破壊兵器を保持している者に対して先制的に使うかどうかはあいまいなままだと解説していた。
A アメリカは公式には消極的安全保障を述べてきたが、ペンタゴン文書では大量破壊兵器で武装した非核兵器国である「ならず者国家」に対しては核攻撃するとも言っている。
その軍部の主張をそのままブッシュ政権の公式の政策にもちあげてきたということになります。
核兵器と通常兵器を統合運用して使用するということは、既にクリントン時代の
戦域統合核作戦ドクトリンなどには当然のこととして出ていました。ですから、アフガニスタンに対して中央軍が攻撃する時に、私は、当然核使用計画は持っていると思いましたが、現にその通りになったわけですね。核兵器の使用の選択肢も残していましたから。これを公式政策に引き上げてしまったというように考えれば、分かりやすいと思います。


 ● V 核態勢見直しと日本 ●

 日本との関係はどうなるのか。有事法制はアメリカがアジアで、中東で、世界中で起こす戦争を日本が軍事的に支援する、攻撃を受ければ日本も一緒に戦う、集団的自衛権を行使することを可能にするための法制です。アメリカが日本周辺で起こす戦争は、核兵器の使用も常に選択肢にある。場合によっては先制使用する危険性が非常に高くなる。それを日本が一緒になって戦う、そのために国民を動員するという法制度ですからとんでもないものです。
ですから、反核運動としてもこの有事法制には真正面から取り組んでいかなければならないと考えています。
私たちの立脚点はNPT最終文書とICJの勧告的意見であり、常にここから出発しなくてはいけない。NPT最終文書はアメリカも日本も含めて合意している文書ですから。NPTの13項目プラス2項目についてどうするのか、日本政府にも問い詰めていかなくてはなりません。

 最後に、戦略と運動論ですが、まず私たちが今まで培ってきた反核運動の力量と到達点は、これによっていささかも揺らいでいないと確信を持つことだと思います。
戦略的には、新アジェンダ連合、中堅国家構想、非核地帯構想がどう動いていくかが重要になってくるし、戦術的あるいは運動論的には、NGOとして、2005年にNPT再検討会議、今年の国連総会を重視する必要があると思います。日本政府の政策変更を求める運動、イラク攻撃をさせないことも重要ですし、北朝鮮のKEDOの促進とそれに合わせた日本との国交回復も必要でしょう。