●§§§§§日本反核法律家協会長崎総会特別報告●§§§§§
        2002/8/9           


核フォーラムの活動について

明治大学 山 田 寿 則




◆T はじめに ◆

 核フォーラムは1997年から今日まで足掛け6年間にわたり活動を続けておりますが、残念ながらその活動内容はあまり知られておりません。そこで今回、報告の機会を頂いて、核フォーラムの活動について紹介させて頂くことになりました。もっとも、活動を開始したころの記録は十分には残っておらず、私が知りうる範囲での報告となることをご容赦いただきたいと思います。


◆U これまでの経緯 ◆

核フォーラムの活動は、1997年春に始まりました。8月を除く毎月1回の月例会として活動を続けています。
IALANA他が作成した「モデル核兵器条約案」の検討と翻訳の作業するために、憲法学者、核化学者、国際法研究者らが集ったことが直接のきっかけです。ご存知のように、この「条約案」は、1996年にICJが出した核兵器勧告的意見のなかで核軍縮交渉の誠実な追及と完了の義務が示されたことを受けて、その作成作業が開始されたものですから、核フォーラムの淵源は、溯れば、ICJの勧告的意見であるということができるかと思います。
核フォーラムは、話題提供者による報告の後に参加者による質疑・応答、議論をおこなうという形式で進めています(その提供された話題のうち主なものについては別掲1参照)活動の当初は「モデル核兵器条約案」の検討と訳出が中心でしたが、核フォーラムの参加者の多くが、松井康浩・前会長の喜寿記念論文集『非核平和の追求』への執筆・出版にも参加したことや、その時々の時事的話題をとりあげるより幅広い議論の場を望む声もあり、1998年頃からは提供される話題も多岐にわたってきています。
2000年には、核フォーラムの参加者が、長崎で開催された「核兵器廃絶・地球市民集会ナガサキ」第5分科会(核兵器廃絶条約)にコーディネーターやパネリストとして参加し、核フォーラムでの議論を同分科会の討論に生かすことができました。
2001年には、ハーグ平和会議記念として早稲田国際会議が開催されましたが、この会議にも核フォーラム参加者が、スピーカーや提出ペーパーの執筆者として参加し、同会議での議論に貢献することができたと思います。


◆ V 活動の成果の公刊 ◆

 核フォーラムの活動成果としては、すでに述べたように「モデル核兵器条約案」の翻訳などがありますが、核フォーラムでの話題提供を元に、話題提供者が後に論考として公表したものまでを含むと、別掲2のようになります(但し、このリストは、報告者(山田)が知る限りのものであり、包括的なものではありません)。
本年は、ジョン・バロース著『核兵器使用の違法性−国際司法裁判所の勧告的意見』をようやく公刊することができたことを付記しておきたいと思います。
なお現在は、IALANA他が編集した『安全保障と生き残り』の翻訳・出版作業を継続しています。これは、1997年に翻訳した「モデル核兵器条約案」の改訂版に対して寄せられた反響をまとめたものです。これに「地球市民集会ナガサキ」での成果(報告と質疑応答など)を付け加えて刊行する予定です。


◆W 最近の話題から ◆

2002年度は、9・11事件以後の核兵器問題というテーマを掲げて、9・11以後に生じている、あるいは生じるであろう核兵器に関わる諸問題をとりあげる方針を定め、これまでに別掲1にみるような話題が提供されました。
とりわけ、国際法研究者の側からは、9・11事件を契機に武力行使に関わる国際法が変質したがという話題が提供されており、以下、この話題を中心に紹介したいと思います。
9・11のテロ事件とその後の米国によるアフガン攻撃を国際法からどう評価するかについては活発に議論がなされています。
まず、テロ事件の評価については、米国国内法上の犯罪であることは間違いないが、自衛権行使の要件である「武力攻撃」に該当するかが争点となります。国連憲章51条では、自衛権発動の要件を「武力攻撃が発生した場合」と規定しているものの、武力攻撃を行う主体については言及がありません。従来、自衛権行使は国家対国家の関係で理解されてきましたが、今回のテロ事件のように非国家主体による「武力攻撃」についても自衛権発動が可能かどうかが問題となります。なお、「テロ」の包括的・統一的な定義は国際法上存在しておらず、ハイジャックや人質行為などの個別のテロ行為について抑止するための条約が個別に作られているにすぎません。このようにテロを国際犯罪として処罰する体制が不備であることも、自衛権によるテロへの対応をとる要因となっているとも考えられます。ご存知のように米国はアフガンへの軍事行動を自衛権によって正当化しています。
つぎに、その米国によるアフガンへの軍事行動の評価が問題となります。国連憲章51条には明記されていませんが、自衛権発動の要件としては、武力攻撃の発生の他に、均衡性と緊急性(必要性)という要件が存在しています。これは国際慣習法上確立している要件であると考えられています。米国の自衛権行使を批判する論者の多くは、米国の行為がこの均衡性と緊急性の要件を満たしていないことに根拠を見出しています。他方、湾岸戦争における多国籍軍のように安保理決議による授権が、より望ましい方式であることを示唆する論者も存在します。もちろん、自衛権の正当な行使であること支持する者も米国を中心に存在します。
こうして、9・11事件と米国の対応についての学説上の評価は、一応の整理がなされるようになってきました。例えば、最上敏樹教授は軍事力の行使についての学説の3類型を示し、@第1類型として、条件を満たせば自衛権を適用できるかもしれないが、今回の場合は適用できないとする説、A第2類型として、9・11の衝撃の大きさに鑑み「拡張された自衛権」とみなして正当化することも不可能ではないが、できる限り多国間主義的に対処することが望ましいとする説、Bなんら問題なしに自衛権で正当化できるとする説、と分類しています(法律時報74巻6号)。
但し、注意すべきは、諸国の間からは、米国による自衛権行使を真っ向から批判する声は聞こえてきていないという事実です。米国によるこのような自衛権解釈が今後国際社会の中で定着していくものなのかどうか、注視していかなければならないと思います。また、対テロ戦争における米国による自衛権の援用は、従来の自衛権解釈を明らかに拡大するものです。第2次世界大戦後の国家による部旅行行使の根拠としては自衛権がほぼ唯一のものであったことを考えると、自衛権の拡大解釈は、武力行使の根拠の拡大でもあります。核抑止の効かないテロ組織という存在を相手とするために、核兵器の限定的使用や先制使用が議論されている今日、武力行使根拠の拡大は、核兵器使用の可能性の拡大にもつながってくる問題だと言えると思います。



別掲1 核問題フォーラムで提供された主な話題
※ ※ 報告者の知る範囲での再現である。
◆1997年◆
・ ・IAEAの保障措置と化学兵器禁止条約の実施措置
◆1998年◆
・ ・松谷訴訟判決の解説
・ ・モデル核兵器条約草案の検証制度について
・ ・核兵器使用の違法性−勧告的意見を再び読む
・ ・モデル核兵器条約・1998年版改定案について
・ ・放射線人体実験をめぐって
・ ・核物質について
◆1999年◆
・ ・北朝鮮ミサイル発射とその波紋
・ ・核兵器使用の規制について−軍事目標主義の観点から
・ ・IALANA政策文書草案の検討
・ ・モデル核兵器条約草案の検討
・ ・国際司法裁判所による、核兵器威嚇または使用に関する勧告的意見について
・ ・日米間の核密約問題 沖縄の「核密約」
◆2000年◆
・ ・米英共同未臨界核実験について
・ ・緊急事態に関連する国際および外国法規についての質問
・ ・原子力軍艦の日本寄港をめぐる法的諸問題
・ ・原子力事故早期通報条約の原子力潜水艦への適用について
・ ・被爆者援護について
・ ・核兵器廃絶・地球市民集会ナガサキ第5分科会の報告
・ ・核兵器と自衛権
・ ・ハーグ平和会議100周年記念のための予備報告書(グリーンウッド)の検討
・ ・最近のユーゴ問題−国際司法裁判所におけるカナダとの関係について
・ ・長崎・京都原爆訴訟と原爆症認定制度
・ ・コスタリカ訪問報告
◆2001年◆
・ ・国際人権法の視点から見た核兵器の使用・威嚇
・ ・劣化ウラン弾について
・ ・無防備地域とは何か
・ ・トライデント裁判 英高等法院の法廷意見(2001年3月30日)の検討
・ ・横須賀入港阻止訴訟について
・ ・日米TMDをめぐる国際法上の問題点
・ ・ウィラマントリー判事の反対意見について
・ ・松谷訴訟について
◆2002年◆
・ ・米国によるタリバン・アルカイダ兵の処遇について
・ ・テロ事件と国際法 −9.11を境に国際法は変質したのか
・ ・モスクワ条約の成立について
・ ・エネルギー・環境研究所・核政策法律家委員会報告書「力の支配か法の支配か?」の紹介と検討

別掲2 核フォーラムに関連した成果
◆1997年◆
¨ ¨ 浦田賢治偏『モデル核兵器条約』日本反核法律家協会
◆1998年◆
¨ ¨ 山田寿則「モデル核兵器条約草案の概要」原子力産業新聞1998年3月12日
◆1999年◆
¨ ¨ 小倉康久「原発への攻撃をめぐる国際法規」原子力ニュース20巻10号
¨ ¨ 浦田賢治偏『松井康浩弁護士喜壽記念 非核平和の追求』(日本評論社)1999年
◆2000年◆
¨ ¨ 小倉康久「核兵器使用の規制について−軍事目標主義の観点から−」明治大学社会科学研究所紀要第38巻第2号
◆2001年◆
¨ ¨ 小倉康久「ウィラマントリー判事の反対意見について」反核法律家41号
¨ ¨ 日本反核法律家協会翻訳出版委員会『仮訳 トライデント裁判 高等法院の法廷意見(2001年3月30日)』日本反核法律家協会
¨ ¨ 伊藤勧訳『ウィラマントリー判事の反対意見(仮訳)』日本反核法律家協会
¨ ¨ 山田寿則・小倉康久「下田事件とICJ勧告的意見の比較的考察」(早稲田国際会議で口頭報告とぺーパー)
¨ ¨ 宮原哲朗「日本における被爆者の日本の裁判所における闘い」(早稲田国際会議で口頭報告とぺーパー)
¨ ¨ 山田寿則「核兵器廃絶地球市民集会ナガサキに参加して」反核法律家39号
¨ ¨ 山田寿則・小倉康久「下田事件判決と核兵器勧告的意見の比較考察(1)」明海大学教養論集13号
◆2002年◆
¨ ¨ ジョン・バロース著(浦田賢治監訳、山田寿則・伊藤勧共訳)『核兵器使用の違法性−国際司法裁判所の勧告的意見』早稲田大学比較法研究所叢書27号
¨ ¨ 城秀孝「戦略攻撃兵器削減に関するモスクワ条約の成立について(紹介)」(インタージュリスト139号、2002年8月1日
予定
¨ ¨ IALANA他偏『安全保障と生き残り』(Security and Survival)の翻訳・出版