核兵器の廃絶をめざす日本法律家協会
 
 
 
 
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モデル核兵器禁止条約(MNWC)について

明治大学講師 山田寿則
I はじめに
 筆者は、2009年5月19日に開催された、ICNND日本NGO連絡会主宰の連続セミナー第2回「核兵器の非合法化と核兵器条約」において、モデル核兵器禁止条約について報告を行なった。本稿は、そこでの報告に基づき、モデル核兵器禁止条約について紹介・解説するものである。なお、当日配布したレジュメは同連絡会のHPに掲載される予定である。本稿とあわせて参照されたい。
II MNWCの起草から今日まで−どのような背景から主張され、どのように受けとめられているのか
 MNWCとは、世界法廷運動アボリション2000の活動に参加する市民社会が考え、起草したものであり、コスタリカやマレーシア等これに賛同する諸国が国家間会合の場で提起している核廃絶条約案である(単に、核兵器条約と訳される場合もある)。1997年4月に核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、国際反核法律家協会(IALANA)、および拡散に反対する技術者と科学者の国際ネットワーク(INESAP)の名前で発表され、同年10月にはコスタリカにより国連に提出された(A/C.1/52/7)。2007年には、これらのNGOが、再びその改訂版を作成し、同年コスタリカとマレーシアがNPT準備委員会に作業文書(NPT/CONF.2010/PC.I/WP.17)として提出するとともに、国連総会にも提出している(A/62/650)。また、これらNGOは、MNWCについて解説した書籍を1999年と2007年に刊行している(2007年版の邦訳として浦田賢治編訳『地球の生き残り 解説モデル核兵器条約』日本評論社がある)。
1996年に国際司法裁判所(ICJ)は、国連総会からの要請に応えて、核兵器の使用・威嚇の合法性に関する勧告的意見を出し、核兵器の使用・威嚇は、国際法(国際人道法)に一般的に違反するが、国家の存亡そのものが危険にさらされている自衛の極端な状況においては、核兵器の威嚇または使用が合法であると違法であるかについて確定的に結論を下すことはできないと結論した。つまり、一般的に違法だが、自衛の極端な状況下ではわからないとしたのである。しかし、ICJはこれに続けて、全員一致で、核軍縮交渉を誠実に遂行しかつ完結させる義務があると結論づけた。国連総会は、これを受けて、毎年、この勧告的意見をフォローアップする決議(マレーシア等が提出)を採択している。そこでは、ICJが核軍縮交渉完結義務を全員一致で認めたことを強調するとともに、核兵器禁止条約の早期締結に至る交渉の開始を呼びかけている。
ICJの示した核軍縮交渉完結義務は、核不拡散条約(NPT)の第6条を踏まえたものである。同条は、「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉することを約束する」と規定する。マレーシアとコスタリカは、この規定を背景として、2000年と2005年のNPT再検討会議において、NPT当事国が核兵器禁止条約の早期締結に至る交渉開始に合意するよう提案している。
国連総会でもNPTの会合でも、核兵器禁止条約交渉開始の合意はまだ得られていない。前述の通り、2007年には、コスタリカとマレーシアが、2010年開催のNPT再検討会議に向けて、MNWC改訂版そのものを作業文書として提出し、NPT第6条の核軍縮義務を履行するための検討を諸国に呼びかけている。また、国連総会にもMNWCを提出した。
このようなMNWCの主張に対して、核兵器国は、依然として消極的・否定的な立場をとっているが、他方で、核兵器国の国内や国際機関の中には、核兵器条約を検討することを支持する動きがないわけではない。たとえば、米下院では、1998年以来、数度にわたり核兵器条約を支持する決議案が提出されており、英下院でも、2000年以来、数度にわたりいわゆる早朝動議の形式で、議員が核兵器条約を支持する意見表明を行っている。
これらはいずれも院内での議員の見解表明にとどまり、議会それじたいの意思表明にはつながっていないが、英仏も加盟する欧州連合の欧州議会においては、NPT再検討会議に際して核兵器条約に言及する決議が採択されてきている。とくに、2009年4月24日に採択された決議(賛成271反対38棄権29)においては、キッシンジャーらの呼びかけ、モデル核兵器条約、ヒロシマ・ナガサキ議定書およびグローバル・ゼロのようなキャンペーンに励まされたこと、英仏政府による核軍備削減のイニシャティブを歓迎すること、さらに、核兵器のない世界に向けての核軍縮を約束したオバマ米大統領によるプラハ演説に強く励まされたことに言及した上で、欧州理事会に対して10項目の勧告を行なっている。その最初に、NPT再検討会議に関する欧州理事会の共通の立場(Council Common Position)の見直しと更新を行い、核兵器条約の提案に含まれている、結果としての完全核軍縮という目標に取り組む(commit)ことが挙げられている(1項(a))。
MNWCを支持する声は、オーストラリアからも生じている。2009年4月8日、フレイザー元首相(自由党)らの元軍人を含む超党派のグループが、豪紙に寄稿し、核使用・威嚇は人道法違反であり、安全を保障しない。保有国は核攻撃対象になりうる等と指摘し、抑止を受け容れることは大量の死と放射能汚染を認めることで、非道徳的だと非難した。そのうえで、実効的で実際的な核廃絶方法は核兵器条約であると指摘し、遅滞なく誠実に交渉し締結に至るべきだと提言している。
また、潘国連事務総長は、2008年10月24日に核軍縮に関する提案を行い、NPT当事国に対して第6条の核軍縮交渉義務の履行を呼びかける中で、MNWCが良い出発点となると評価している。
III MNWCの内容
 MNWCは、核兵器の全面廃絶を目指して起草された条約案であり、主に次のような特徴を持つ。
第1に、MNWCは、核兵器の使用・威嚇を禁止するだけでなく、関連する核物質や核施設を含めて、その開発、実験、生産、貯蔵、移譲を禁止し、その廃棄を義務づける、核兵器の完全な廃絶を規定する条約案である。なお、核エネルギーの平和利用については、条約本文では禁止せず、選択議定書により禁止している。
第2に、MNWCは、完全廃絶に至るロードマップを明示している。条約実施を5段階にわけ、核兵器、運搬手段、核物質、核施設など関連項目ごとに廃絶に向けとるべき措置を規定しており、条約発効後15年を目処に完全廃絶を予定している。各段階の期限は一定限度で延長することも可能であり、ある程度の柔軟性を備えている。また、核兵器や核物質を予防的管理下に置くことで、中間段階で生じる核使用への懸念に対処している。
第3に、MNWCは、義務を当事国に課すだけでなく、個人や団体にも義務を課し、とりわけ核兵器に関連する活動への関与については犯罪として当事国が処罰することになっている。
第4に、当事国による条約履行を検証する仕組みとして、核兵器禁止機関を設立する。この機関は、国際監視制度を運用し、当事国からの申告を受け、通常査察を実施し、一定の場合には抜き打ち査察(チャレンジ査察)を実施する。
第5に、市民が条約の検証に参加することが奨励されている(社会的検証、市民による検証)。個人には条約違反を核兵器禁止機関に通報することが求められており、そのような個人の保護を条約は当事国に義務付けている。
第6に、条約の有効期限は無期限であり、脱退も明示的に禁止されている。また、条約本文については留保を付すことは禁止されている。したがって、何らかの条件をつけて条約に参加することは認められていない。また、発効の要件は、全核兵器国および核能力国を含む65カ国とされており、発効のハードルは高く設定されている。ただし、この条件が満たされていなくとも、自国について発効を認める場合は、先行的に発効が認められるという規定もあり、柔軟な対応も予定されている。
IV MNWCによるアプローチの特徴
 MNWCによる核廃絶の取り組みにはどのような特徴があるのだろうか。
第1に、条約案の形式をとることで、核廃絶に向けた具体的プランを提示する試みであるといえる。従来から、核廃絶に向けては漸進的アプローチと包括的アプローチの対立が指摘されてきた。MNWCは、核廃絶にいたる具体的プランを提示することで、この対立を乗り越えようと試みているといえる。このようなMNWCを提示した段階で、次に問題になるのは、ではどうやって条約締結にいたるかという問題である。条約の内容を議論するとともに、条約実現に向けた行動計画の議論を求めているとみることができる。
第2に、核廃絶義務と廃絶に向けて誠実に交渉しこれを完結させる義務(誠実交渉・完結義務)は、すでに存在しているとの立場に立っている点である。MNWCを提示してこれについて議論することを諸国に求めることは、この現行義務の存在を再確認することであり、その履行を要求することであるといえる。
第3に、上記の点と関係するが、MNWCは諸国による核廃絶義務や誠実交渉・完結義務の履行を評価する基準としての役割を果たす可能性があるという点である。とすれば、MNWCについての議論は諸国に委ねるだけではなく、市民社会においても議論を通じて共通理解を深め、評価基準として共有することが必要となるだろう。
V MNWCの課題―まとめにかえて
 MNWCには次のような課題があると思われる。
まず、MNWCの主張者たちは核廃絶義務や誠実交渉・完結義務の存在を前提として議論しているが、核兵器国を含めてこの認識は十分に共有されているのだろうか。2000年のNPT再検討会議で合意されたいわゆる13項目の措置には、核兵器国が核兵器廃絶に取り組む「明確な約束」が含まれている。2010年の再検討会議ではこれを再確認するとともに、さらにその先へと進むことが必要となるだろう。ヒロシマ・ナガサキ議定書(平和市長会議のHPを参照)のような追加議定書の採択や、再検討会議の決議の採択などを通じて、核廃絶義務、誠実交渉・完結義務の制度化をすすめることが必要ではないだろうか。
つぎに、このような制度づくりだけではなく、核兵器条約を実現するための実質的議論を推し進める必要がある。たとえば、核抑止論からの決別をどう実現するか、安全保障における核兵器と通常兵器の関係をどのように評価するか、原子力の平和利用をどのように位置づけるかなど、議論すべき課題は多い。
最後に、MNWCには、被爆者救済規定が欠如している点を指摘しておきたい。近年の対人地雷禁止条約やクラスター爆弾禁止条約には、被害者救済規定が設けられてきている。MNWCにおいても、被爆の実態を踏まえた救済規定が置かれてしかるべきだと考える。それは、核兵器の非人道性を永久に記憶にとどめ、被爆体験を人類の体験として継承する必要があると考えるからであり、また、核兵器開発の技術・知識の根絶の困難さやきわめて長期の核物質管理の必要性からすれば、核兵器の非人道性・絶対悪として位置づけを繰り返し確認する作業こそが、核兵器の再開発を防止する方法だと考えるからである。さらには、核兵器廃絶そのものが被爆者の根本的救済につながるとするなら、それを実現する条約の中に被爆者の被害を記念・追悼する規定を置くことが、被爆者救済の第1歩となるのではないだろうか。くわえて、核の脅威を人類の常識とするという教育的観点から、核被害情報の公開を核兵器国に義務づけることも考えられるだろう。