核兵器の廃絶をめざす日本法律家協会
 
 
 
 
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「核不拡散と核軍縮に関する国際委員会」への要望書

2009年1月
核兵器の廃絶をめざす日本法律家協会(日本反核法律家協会)
日本反核法律家協会は、「核不拡散と核軍縮に関する委員会」に、核兵器廃絶の早期実現の願いを込めて、この要望書を提出します。
第1 要望の趣旨
1.被爆の実相と被爆者の証言を判断の基礎においてください。
2.核兵器の非人道性、犯罪性および違法性を確認してください。
3.核兵器廃絶を「究極の課題」とするのではなく、早期実現に向けた具体的「行動計画」を明確に提起してください。
4.「行動計画」の中に、「核兵器条約」の実現を、期限を設定して、提起してください。
5.「核兵器条約」の制定に向けての「誠実な交渉」を早急に開始するよう各国政府に呼びかけてください。
第2 要望の理由(概要)
1.「核兵器の廃絶をめざす日本法律家協会」(略称・日本反核法律家協会・JALANA)は、核兵器の廃絶と被爆者の援護を目的とする法律家団体です。構成員は約400名。国際反核法律家協会(IALANA)の構成員でもあります。私たちが、上記の要望をする理由の概要を述べます。
2.広島、長崎への原爆投下は、瞬時にして、多くの人々を無差別に、かつ残虐に殺傷しました。被爆者は、現在も、原爆放射線の影響で、癌、白血病、甲状腺異常、肝機能障害、白内障などで苦しめられています。現実に使用された核兵器が人間にもたらしたかの確認は、核兵器問題を考える上での原点です。被爆者は、核兵器によって「この世の地獄」を味あわされたのです。そのことを知らずに核兵器問題を語ることはできないでしょう。ぜひ、被爆者の証言を聞いてください。
3.核兵器の使用は国際法に違反するとの東京地方裁判所年判決(1963年)、および国際司法裁判所の「勧告的意見」(1966年)を想起してください。国際司法裁判所は、「核兵器の使用とその威嚇は、国際法に一般的に違反する。」としています。また、核兵器の完全軍縮に向けての「誠実な交渉」の開始を勧告しています。今問われていることは、この勧告的意見の現実化です。核兵器の使用と威嚇が、国際法違反であることを前提とする議論が求められているのです。国際司法裁判所の勧告的意見を活用してください。
4.核兵器保有の正当化の根拠は「核抑止論」です。これは、敵対する国家に対して核兵器攻撃を行う場合があるという威嚇により、相手国とその民衆に恐怖心を覚えさせることによって、自国の政治的意思を貫徹しようとする論理です。核兵器国は、威嚇と恐怖の交錯を前提とし、核兵器を国家安全保障の「守護神」としているのです。「この世の地獄」をもたらす「悪魔の兵器」が「守護神」とされているのです。この倒錯した思考との決別が求められているのです。「核抑止論」からの決別を期待します。
5.既に、「モデル核兵器条約」が国連に正式討議文書となっていることに留意してください。米国下院は、「歓迎する」との決議をしています。国連事務総長も核兵器廃絶の「良い出発点」になると評価しています。この「モデル核兵器条約」からモデルがとれ、「核兵器条約」が早期に実現するよう尽力してください。
6.平和市長会議などNGOsによって、2020年という期限を区切って核兵器をなくそうという運動も進められています(2020ビジョン)。核兵器保有国の元高官からも核兵器廃絶の声が上がっています。核兵器廃絶の機は熟しているのです。ぜひその機運を励ましてください。
7.「核不拡散と核軍縮」にとどまらないで、「核兵器 廃絶」を早急に実現するイニシアチブの発揮を要望します。
第3 要望の理由(詳論)
1.自己紹介
核兵器の廃絶を目指す日本法律家協会(日本反核法律家協会)は、1994年、核兵器廃絶と被爆者援護を目的として設立されました。現在、構成メンバーは約400名です。国際反核法律家協会の構成団体でもあります。私たちは、核兵器は強度の暴力性と非人道性を伴う、国際法を否定する兵器であると考えています。そして、法律家には、国際法を誠実に実施し、発展させ、核兵器の使用を阻止することに特別の責任があることを自覚しています。私たちは、その自覚の下に、世界と日本の心ある人々と連帯して、法律家の立場から核兵器廃絶と被爆者援護に寄与するための活動をしています。

2.原爆被害の実相
(1)米国が広島と長崎に原爆を投下したのは、1945年8月6日と9日でした。原爆投下により、広島と長崎は一瞬にして廃墟となり「屍の町」が出現しました。その12月末日までに、広島約14万人、長崎約7万人合計約21万人が死亡したと推計されています。そのほとんどが非戦闘員です。しかもその死に様は、生きたまま焼かれるという、どんな医者も手の施しようのない苦痛を伴うものでした。原爆は人間を、戦闘員か非戦闘員かの区別も、敵か味方かの区別もなく無差別に、しかも言語に絶する残虐な方法で殺傷したのです。また、原爆によって、軍事施設か非軍事施設の区別もなくあらゆる建造物も破壊されました。原爆の前では、どのような建造物も無力だったのです。このように、原爆の第1の特徴は、殺傷の瞬間性、大量性、無差別性、残虐性と破壊の無差別性にあるのです。
(2)そして、ここで想起していただきたいのは、63年余前の原爆投下時の放射線の影響で、現在も多くの人々が「原爆症」に苦しんでいることです。被爆者の総数は約66万人と推定され、現在の被爆者手帳の所持者は約27万人です。既に多くの被爆者が他界しました。けれども生存している被爆者も原爆の悪影響を受けつづけているのです。通常は、戦争の終結によって、人々は多くの不幸は背負うものの、武力行使の直接的影響からは解放されます。しかし、原爆被害者はそうでなかったのです。かろうじて生き残ることのできた被爆者は、激しい下痢、脱毛、体のあらゆる部位からの出血などの症状を呈する「急性症状」および激しい倦怠感を伴う「慢性症状」だけではなく、原発性多発癌、肝臓障害、甲状腺障害などの「後遺障害」とのたたかいを余儀なくされてきたのです。これらの症状は放射線の「内部被爆」によるものと考えられています。原爆の人体に対する影響は、超高熱や超爆風などの直接的打撃にとどまらないのです。原爆の第2の特徴はこのような放射線被害の永続性にあるのです。また、この放射線被害は、被爆者本人だけではなく、世代を超えて継続する恐れがあることも忘れてはならないでしょう。放射線は人間のDNAレベルでその影響を与えるのです。
(3)このような原爆被害の実相については、被爆者の方たちの証言にあるとおりですが、この証言も被爆の実相のごく一部が語られているだけであり、その全てを語りつくすことはできないでしよう。そもそも、原爆被害を語ろうにも、死者たちは語ることができないのです。だからこそ、私たちは、語ることのできない人たちに代わって語り続けなければならないのです。どうか原爆投下が被爆者に何をもたらしたのかを想像していただきたいのです。

3.原爆投下の正当化理由
(1)ところで、米国は、原爆投下は必要かつ正当なものであったとしています。パールハーバーの報復であり、戦争を早期に終結し、戦争被害者を少なくするために必要な手段であったという理由です。また、大日本帝国の植民地支配を受けていた人々には「原爆投下が植民地支配を早期解放した」という声もあります。確かに、「本土決戦」が行なわれれば、硫黄島や沖縄の悲劇を凌駕する事態が起きたかもしれません。また、大日本帝国の植民地支配と侵略が多くの国家と人民に多大な犠牲を強いたことは事実です。従って、大日本帝国が行なった行為についての反省と謝罪が必要であることはそのとおりです。私たちは被爆者だけが戦争の被害者であるは考えていませんし、日本国の「戦争責任」と「戦後責任」についても真剣に向かい合わなければならないと考えています。
(2)しかしながら、私たちは、原爆投下はこのような理由で正当化あるいは合法化できないと考えています。何故なら、原爆投下当時、既に非戦闘員や非軍事施設に対する攻撃や、戦闘員に不必要な苦痛を与える武器使用を禁止する国際法は存在していたからです。戦時下においても、その使用が禁止される兵器や戦闘手段は、戦争法規すなわち国際人道法として定立されていたのです。1899年あるいは1907年のヘーグ条約は「敵兵殺傷のための交戦国の権利は無制限ではない」ことを確認していますし、「交戦国が、人道主義の法と大衆の良心の命令に由来する国際法の原理に服すること」は国際法の大原則(マルテンス条項)となっていました。当時、国際社会は、戦争を一般的に違法とするまでには至っていませんでしたが、戦時下においても人間が人間に対して行ってはならない非人道的行為があることを認識し、それを国際法規範として定立していたのです。原爆投下が大量・無差別・残虐な殺傷行為であり破壊行為であることはその実相を知る人にとっては明瞭です。米国の対日戦争が「正義の戦争」であるとしても、原爆投下は国際人道法(戦争法規)に違反していたのです。
(3)しかも、これらの国際人道法(戦争法規)は、単に抽象的な規範としてではなく、「ニュールンベルグ裁判」や「東京裁判」において、「連合国」が「枢軸国」の戦争犯罪人を裁く根拠規範としても機能していたのです。「平和に対する罪」の被告人は別として、戦争法規に違反したとして裁かれた戦争犯罪者は数多く存在するのです。本来、国際人道法(戦争法規)は、戦勝国の将兵であるか敗戦国の将兵であるかで区別して適用されるべきものではなく、戦争法規に違反したかどうかが問われるべきものです。戦勝国が敗戦国将兵だけを裁くとすれば、それは法の名に値しないものとなるでしょう。法が恣意的に運用されたとき、それは「法の支配」ではなく「力の支配」となってしまうからです。人を無差別かつ残虐に殺傷したものは、戦争の勝敗に関わらず裁かれなければならないのです。無差別かつ残虐な戦闘行為を行なったものが戦争に勝利した場合に、その無差別かつ残虐な戦闘方法が何ら問われることがないとすれば、無差別かつ残虐な戦闘方法を禁止する意味はなくなるでしょう。そして、戦争当事国は戦争に勝利することを考え、あらゆる手段を用いることになり、国際人道法(戦争法規)は、振り出しに戻ることになるでしょう。戦争勝利の究極の手段が核兵器であることは、核分裂や核融合のエネルギーの放出に対抗する方法がないことからして明らかでしよう。核兵器と国際人道法(戦争法規)は並存しないのです。

4.原爆投下の違法性国際司法裁判所の勧告的意見
(1)このように私たちは、米国の原爆投下は当時の国際法に違反する行為であったと考えています。1963年、東京地方裁判所は、「原爆投下は国際法違反」と判決しています。そして、私たちは、広島と長崎への原爆投下が違法ということだけではなく、将来の核兵器の使用やその威嚇についても国際法違反であると考えています。国際司法裁判所は、1996年、国連総会が付託した「核兵器の使用と威嚇は国際法に違反するか否かについて」に関わる「勧告的意見」で「核兵器の使用と威嚇は一般的に国際法に違反する。」との見解を表明しています。私たちは、核兵器の使用と威嚇は「一般的に」ではなく「絶対的に」国際法に違反するという見解に与するものですが、公式な国際機関である国際司法裁判所の核兵器に関する見解は全世界の国家が尊重すべきであると考えています。核兵器の使用とその威嚇が違法であるとすれば、その開発や実験も保有も違法であり、その全てが禁止されるべきことは論理的必然です。したがって、今後新たに核兵器を開発し、実験し、保有することだけでなく、現在の核兵器も廃絶しなければならないのです。
(2)また、国際司法裁判所は、「厳重かつ効果的な国際管理の下において、あらゆる側面についての核軍備の縮小撤廃に導く交渉を誠実に行い、かつ完結させる義務がある。」と勧告しています。しかしながら、この「誠実な交渉」は遅々として進んでおらず、いつ「完結」するのか全く予測がついていません。この遅れの理由の背景にあるのは、核兵器の必要性と有効性を認める「核抑止論」です。「核抑止論」は、核兵器の使用とその威嚇が国家安全保障に必要かつ有効であるという思考です。「我が国に敵対行動をとれば、核兵器による反撃を行い、大量殺戮と破壊で報復するぞ」という威嚇により、相手国とその民衆に恐怖心を植え付けようという戦略です。ここには、戦時下だけではなく、日常的に相手国とその民衆に恐怖心を与え続けることによって、自国の政治的意思を貫徹しようとする「心理作戦」を見て取ることができます。このような思考と行動は、国際社会に威嚇と恐怖が交錯する不安定な状況をもたらし続けるでしょう。人類の破滅をもたらすであろう「悪魔の兵器」が、国家安全保障の「守護神」とされているのです。私たちは、「核抑止論」を乗り越え、威嚇と恐怖が支配する国際秩序ではなく、公正と信義に基づく国際社会を確立したいと考えているのです。そして、私たちは、あなた方も同様の志向をしておられると信じています。

5.現在の状況と「核廃絶」の流れ
(1)そして、この「核抑止論」の下で、まだ地球上には26,000発の核弾頭が存在しています。核兵器が全人類を滅亡させても余りある状況は何ら改善されていないのです。オーバーキル状態が続いているのです。核戦争はこの世界の終末と人類という種の絶滅を意味しているのです。にもかかわらず核兵器の保有を試みる国家は後を絶ちません。また、米国のように核兵器先制使用戦略を採っている国家も存在します。私たちは、オバマ政権の下でこの政策の転換が行われることを期待しています。その期待は、皆さん方と共有できると信じています。
(2)原爆投下の犯罪性と非人道性、そして国際法違反を知る私たちは、核兵器廃絶は人類の共通の課題であり、そのための国際法秩序の確立を急がなければならないと考えています。「核兵器条約」の一日も早い実現を求めているのです。1997年、コスタリカ政府によって、「モデル核兵器条約」が国連総会の討議文書として配布されました。1999年には、米国下院において、この「『モデル核兵器条約』を歓迎し、核兵器条約の早期締結に至る多国間交渉を開始するよう強く求める決議」が採択されています。2007年、マレーシア政府とコスタリカ政府によって、改訂版も提案されています。潘基文国連事務総長は、昨年、この「モデル条約」が核兵器のない世界への「良い出発点」になると述べています。このように「核兵器条約」は、既に国連の課題となっていますが、その条約の制定と締結と批准は未だ現実的日程に上っていません。私たちは、「核兵器条約」が、国際社会において、現実的かつ具体的な課題として、早急に議論される必要があると考えています。そして、あなた方に、そのことに対する貢献を強く期待しているのです。
(3)今、世界では、 核不拡散や核軍縮にとどまらず核兵器の廃絶に向けた動きが活発になっています。平和市長会議などによる「2020ビジョン」の活動は継続していますし、各国議員による核兵器廃絶の動きも顕著になっています。2008年だけでも、1月には、キッシンジャー氏ら元米国高官4氏による2度目の「核兵器のない世界」への提言。2月にはノルウェー政府による「オスロ軍縮会議」の開催。6月には英国の外相・国防相経験者4氏が「すべての核保有国が核軍縮の義務を果たすべきだ」と提言。7月にはイタリアのダレ―マ元首相ら5氏が「核兵器のない世界を目指して」を発表。9月にはあなた方の委員会「核不拡散と核軍縮に関する国際委員会」が創設されています。オバマ大統領は、その選挙政策で「核政策の中心的要素はすべての核兵器を廃絶することだ」と公約しました。12月には期限を区切った核兵器廃絶協定をめざす新たな運動「グローバルゼロ」が始まっています。

6.期待と要望
(1)私たちは、このような核廃絶の流れの中で設立されたあなた方の活動に大きな期待を寄せています。私たちは、自らの経験に基づいて、「人類と核兵器は共存できない」、「被爆者は私たちで終わりにして欲しい」、「核兵器を一刻も早くなくしてほしい」と希望しているヒロシマ・ナガサキの被爆者の声を、人類の未来社会を創造する上での原点にしなければならないと考えています。あなた方はこの被爆者の叫びをどのように受け止めるのでしょうか。ヒロシマ・ナガサキは過去のことではないのです。人類社会の現在と未来の問題なのです。あなた方の任務は人類の未来をどのように導くかということと深く係わっているのです。
(2)人類は、核兵器の威嚇とそれがもたらす恐怖の下でしか生きられないのでしょうか。「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」(日本国憲法前文)の実現は不可能なのでしょうか。あなた方は、その問いに答えなければならない立場にあるのです。私たちは、あなた方が、「全人類が、核兵器の恐怖から免れ、平和のうちに生存する権利」を確立するために大きな役割を果たしてくれるものと信じています。
(3)もちろん、核兵器を廃絶するためには、核兵器保有国の政治的意思が必要です。核兵器国の核軍縮および核廃絶への意思なくして「核兵器条約」の制定も現実の核兵器廃絶もできないことはそのとおりです。その意味で、あなた方は、核兵器保有国の意思形成にどのような影響を及ぼすことができるのかが問われているのです。そのためには、まずあなた方一人ひとりが、核兵器を必要かつ有用なものと考えるのか、それとも危険かつ無用なものと考えるのか、についての確固たる信念を持つことが求められているのです。あなた方は、その信念を選択した上で、その見解を全世界に公表すべきなのです。
(4)核保有国の意思と参加なくして核兵器廃絶はできないとしても、「核抑止論」に基づく核政策をとる政府との妥協点を模索するだけでは、核廃絶はできないのです。わたしたちは、あなた方が、「核不拡散・核軍縮」を出発点とすることに異議はありません。けれどもそこから更に前進し、「核兵器廃絶」の地平に向うことを心から期待しているのです。「核兵器廃絶」を展望しない「核不拡散」は、核兵器をもつ国ともたない国の差別を固定するだけです。「核兵器廃絶」を目標としない「核軍縮」は、「核兵器廃絶」を永遠の彼方に放逐することになるでしょう。
(5)核兵器国の意思を変えることができるのは、その国の国民と世界の世論です。あなた方の行動もその一翼を担うことになるのです。核兵器国に核兵器廃絶を提案するのか、それとも、核兵器国の意向と核兵器廃絶の願いとの妥協点を探るのか、そのいずれを選択するのかによって、あなた方の思考と行動に対する評価は決定されるのです。

7.結論
i 被爆の実相と被爆者の証言を判断の基礎においてください。
ii 核兵器の非人道性、犯罪性および違法性を確認してください。
iii 核兵器廃絶を「究極の課題」とするのではなく、早期実現に向けた具体的「行動計画」を明確に提起してください。
iV 「行動計画」に、「核兵器条約」を、期限を設定して、実現することを提起してください。
V その制定に向けて「誠実な交渉」を早急に開始するよう各国政府に呼びかけてください。
これらが、私たちのあなた方に対する要望であり期待です。ぜひこの要望を受け止め、私たちの期待に応えてください。あなた方の誠実な対応を期待しています。