核兵器の廃絶をめざす日本法律家協会
 
 
 
 
  意見 >>> 国際反核法律家協会(IALANA)に関する文書

「人道の誓約」における「法的ギャップ」(legal gap)とは法の欠缺ではなく法の遵守のギャップと解すべきである(*注)

ジョン・バロース(IALANA国連オフィス内核政策法律家委員会事務局長)
ピーター・ワイス(IALANA共同会長)
(訳:森川 泰宏)

 「新たな人道性の時代―受け入れがたいものを禁止する」と題するベアトリス・フィン〔ICAN事務局長〕の最近の論稿(1)は、「核兵器の禁止と廃絶に向けた法的ギャップ(legal gap)を埋めるための効果的な措置を追求する」と謳われる「人道の誓約」[訳注@]の署名者による関与の在り方について言及している。この誓約は2014年12月にオーストリアにより提唱され、いまや100か国以上の支持を得ている。また、フィンは、核兵器が「根本的に国際人道法の原則に違反している」ことは明らかであるとも述べている。

 核兵器の使用がすでに違法であるのならば、この「法的ギャップ」という概念をどのように理解すべきなのだろうか。我々の見解では、ここでいう法的ギャップとは〔法の欠缺という意味のギャップではなく〕核不拡散条約(NPT)6条に従った核兵器の廃絶に成功していないという意味での法の遵守のギャップ(compliance gap)と解すべきである。同条は「核軍備の縮小に関する……効果的な措置」について誠実な交渉を追求することを要求している。

 「軍備管理に関する国際法における交渉の役割」と題する論稿(2)において、ポール・ディーン〔国防総省法律顧問補佐〕は、核軍縮を効果的にするためには核武装国が法的文書の交渉に参加しなければならない、という明白かつ不可欠な点を説得的に論証している。我々は、2015年4月に発表した「核軍縮―その前途を示す」と題する論稿[訳注A]において同様の議論を行った。

 しかしながら、ディーンは、NPTの発効から45年を経た現在でも、米国は、核軍備の撤廃に関する多国間交渉の開始に条件反射的に反対してはいるが、核分裂性物質カットオフ条約のような部分的措置を追求していることから、NPT6条を十分に遵守している、という誤った議論を展開している。NPTは、同条約で認められた核兵器国に対し、無期限に核兵器を保有する権利を付与することを断じて意図するものではない。

 加えて、いかなる意味においても、法的ギャップという概念は、現在、核兵器の使用が法的に許容されているという意味合いで理解されるべきではない。核兵器は、戦争の影響から文民を保護し、不必要な苦痛から戦闘員を保護し、また自然環境を保護する国際法の基本原則に従って、絶対に使用することができないのである。最近、赤十字国際委員会はこの分析を確認している[訳注B]。ディーンが指摘するように、1996年の国際司法裁判所の勧告的意見は、核兵器の使用が全面的に違法になると判断することはできなかったが、その意味するところは、上記の国際法の基本原則に反することなく核兵器を使用することは不可能だということである。多くの状況において、核兵器の使用は、国際刑事裁判所のローマ規程に定義される人道に対する犯罪を構成することになると思われる。

 核武装国とその同盟国はこの法的事実を受け入れていない。このことは、核兵器の使用が合法か否かは〔使用時の〕状況次第だろうとするディーンの主張と、国防総省により出された2015年6月版の軍事マニュアル(Law of War Manual)[訳注C]とによって示されている。同マニュアルでは、「核兵器の使用には戦争法が適用される」ことを認める一方で、「米国は核兵器それ自体の使用を禁止する条約規則を受け入れていない」ことから、「核兵器は米国にとって合法的な兵器である」と主張している。国防総省が現行の国際法の下での核兵器の使用について〔慣習国際法を含む〕十分な分析を行っていないことは、慣習国際法―これは条約ではない―の存在と拘束力とを一貫して確認してきた連邦最高裁判所以下の米国の裁判所の見解と合致しないものである。

 あらゆる状況での核兵器の使用を条約で禁止することは、現行の核兵器使用の違法性を法典化することになるであろう。不文法から制定法になり、また慣習国際法から条約になることは、一般的な法の発展形態である。当該条約に加入することにより、核武装国と核の傘の下にある国は、明確に核兵器使用の違法性を受け入れることになると思われる。このことから、核兵器の使用の明示的な禁止は、法の遵守のギャップを埋めるために交渉される法的措置に含まれるべきである。しかし、その一方で、人道の誓約の支持者は、〔核兵器の使用を禁止する規範に法の欠缺はないのだから〕核兵器の使用はすでに違法であることを強調すべきなのである。

(*注) John Burroughs / Peter Weiss, Legal Gap or Compliance Gap?, Arms Control Today, Vol.45 October 2015.

(1) Beatrice Fihn, A New Humanitarian Era: Prohibiting the Unacceptable, Arms Control Today, Vol.45 July/August 2015. available at http://www.armscontrol.org/ACT/2015_0708/Features/A-New-Humanitarian-Era-Prohibiting-the-Unacceptable.
(2) Paul Dean, The Role of Negotiation in International Arms Control Law, Arms Control Today, Vol.45 September 2015. available at http://www.armscontrol.org/ACT/2015_09/Feature/The-Role-of-Negotiation-in-International-Arms-Control-Law.
【訳注】
@ 原文については、オーストリア外務省のウェブサイト(「人道の誓約」のURL「オーストリアの誓約」のURL)で閲覧可能。「オーストリアの誓約」の邦訳については、さしあたり長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)によるもの日本赤十字社によるものとがある。2014年12月に開催された第3回核兵器の人道的影響に関する国際会議において発表された「オーストリアの誓約」が2015年NPT再検討会議の会期中に「人道の誓約」に改称され、これに併せて若干の文言修正がなされた。
A International Association of Lawyers Against Nuclear Arms (IALANA), Nuclear Disarmament: The Road Ahead, April 2015, available at http://en.ialana.de/fileadmin/ialana/Daten/english/ND_Road_Ahead_April_2015.pdf. 邦訳については本誌84号(2015年)27−31頁。なお、JALANAのウェブサイトでも閲覧可能。
B たとえば、赤十字国際委員会の日本語ウェブサイトにある(資料)「核に関する4つの観点」を参照のこと。
C 国防総省のウェブサイトで閲覧可能。

ウェブサイトのURLについては2015年11月30日の時点で接続を確認した。本文中の〔 〕は訳者が補ったものである。

初出・機関誌「反核法律家」86号(2016年1月)