核兵器の廃絶をめざす日本法律家協会
 
 
 
 
  意見 >>> 日本反核法律家協会(JALANA)に関する資料

原爆症認定裁判について

弁護士  大久保賢一
1 原爆症とは何か
 日本には、原爆症認定制度があります。原爆症とは、特殊な病気ではなく、広島や長崎の原爆被災者(被爆者)が原爆放射線を原因とする病気にかかり、その治療が必要な状態にあることをいいます。政府が、原爆症であると認定すれば、その被爆者には約14万円の「医療特別手当」が支給されることになります。政府は、現在、約2200名を原爆症と認定しています。このことは、日本政府は、現在も、原爆放射線が被爆者の健康に重大な悪影響を及ぼしていることを公式に認めていることを意味しています。原爆投下は1945年8月ですから、既に62年の歳月が経過しています。にもかかわらず、原爆放射線は被爆者を苦しめているのです。原爆被害は、決して過去の問題ではなく、現在の課題だということを認識してください。
  ここで問題とされているのは、原爆投下による放射線の影響です。原爆により発生した放射線が、現在も、癌や白血病などで被爆者を苦しめているのです。原爆被害とは、投下直後の超高熱と爆風にとどまらず、長期にわたる放射線の悪影響を意味しているのです。原爆は被爆者に永続的な被害を与えているのです。このことは、被爆者にとって、太平洋戦争の終結は戦争被害という不幸の終結を意味せず、新たな病気と貧困と差別の始まりだったことを意味しています。ここに、私たちは、他の戦争被害と原爆被害との違いを見て取ることができるでしょう。この違いを「人間の命は平等なのだから、被爆者を特別扱いする必要はない。戦争被害者はみな同じだ。」という一般論で片付けることは許されないでしょう。私たちは、核兵器の持つ残虐性と非人道性を再確認する必要があるのです。
2 被爆者の意味
 ところで、現在、政府が広島と長崎の被爆者であると認めている人数は約25万人です。その中で、原爆症認定を受けているのは1パーセントにも満たない約2200人だけです。なぜこのようなことになるのでしょうか。25万人の被爆者たち全員が健康を害しているということではありませんが、健康を害している人が2200人だけということでもありません。少なくない人たちが、癌や白血病あるいは各種臓器や器官の機能障害に苦しんでいるのです。にもかかわらず、政府は、これらの被爆者について原爆症と認定しないのです。なぜ認定しないかというと「被爆者がすべて放射能の影響を受けているわけではない」という理由です。政府によると、被爆者ではあるが、放射能の影響を受けた被爆者と受けない被爆者がいるというのです。
 このことを理解するうえで必要な被爆者という概念を整理しておきます。まず、原爆投下によって死亡した被爆者があります。1945年8月6日から12月末日までの死者は21万人と想定されています。そして、生存している被爆者の内、現在、法律上の被爆者とされている人は約25万人です。法律上の被爆者とは次の4類型に該当する人で、且、被爆者として申請している方たちです。(1)広島や長崎で直接被爆した人(直接被爆者)、(2)投下時に市内にいなかったがその後市内に入った人(入市被爆者)、(3)被爆者を市外で手当てした人(救援被爆者)、(4)これらの人の胎児だった人たちです。これらの類型に該当するけれど、被爆者であると申請していない人たちもいることは容易に想像できます。何故なら、被爆者であることを明らかにすることは社会生活をするうえで決して有利にはならず、むしろ不利益を受けることが多かったからです。被爆者という言葉は、このように様々な意味があることを記憶してください。
 ところで、日本政府は、原爆放射線の影響を受けるのは、第1類型の直接被爆者だけであり、しかも爆心地から2キロメートル以内で被爆した人に限られるとしているのです。爆心地から2キロ以上離れたところにいた人(遠距離被爆者)や、爆発後市内に入った人(入市被爆者)や、市内に入らなかった人(救援被爆者)などは、放射能の影響を受けるはずが無いというのです。その根拠は、米国の核実験から得られた数値(シュミレーションを含む)や放射線影響研究所(元々は米国の機関)の研究結果などです。これらの研究によれば、2キロ以上の遠距離には人体に悪影響のある放射線は届かないし、病気を引き起こす確率は低いとされているのです。政府は、このような見解を「科学的な基準」として採用しているのです。そして、この基準によって、被爆者に同じ病気が発症しても、その被爆者が2キロ以内の直接被爆でなければ、原爆症ではないとしているのです。
 しかしながら、2キロよりも遠い距離で被爆した人(遠距離被爆者)や入市被爆者にも、下痢、脱毛、鼻や歯茎からの出血、紫斑などの急性症状が表れたり、極度の倦怠感などの晩発性症状が認められるのです。このことは、現実に被爆者を診察した医師の証言などから明らかなのです。ところが、政府は、現実に被爆者に表れた症状について、感染症や栄養状態や個体差が原因だとして、放射線に起因するとは認めないのです。事実を事実として認めないで、放射能の影響を「受けるはずが無い」としているのです。遠距離被爆者や入市被爆者は、嘘をついて「医療特別手当」を受給しようとしているかのような主張をしているのです。
 このような政府の態度に対して、被爆者は自らの病気は原爆放射線に起因するとして、政府に原爆症と認めるように裁判を提起しています。裁判所は、政府の原爆症認定基準は正しくないとして政府の態度を繰り返し批判していますが、政府はその態度を改めようとしません。更には、政府与党のチームも政府の姿勢を批判していますが、政府当局は頑として態度を改めないのです。政府は、裁判所の判決や与党の意見も無視しているのです。このように信じられないことが日本では起きているのです。
 日本政府のこのような理不尽な態度の背景には、日本政府の核兵器に依存する姿勢があると思われます。日本政府は「唯一の被爆国として核兵器廃絶に努力する」としていますが、他方では、米国の「核の傘」に依存する安全保障政策をとっています。米国の核兵器が日本の安全のために役立っているとしいうのです。そして米国は、よく知られているように、核兵器は国家の安全保障にとって必要不可欠であり、場合によっては核兵器の先制使用も辞さないという態度です。核兵器が必要なものであるとの姿勢です。そのような日米両国政府にとって、核兵器が、長い年月の間、人間に対して悪影響を与え続ける残酷な兵器であることが明らかになることは避けたいことでしょう。このような背景事情があるが故に、政府は原爆被害をできるだけ限定したいのです。
  原爆症認定裁判にはこのような背景事情があることを理解してください。
  そして、核兵器の人体に対する悪影響を再確認してください。
  核兵器は人類と共存できないのです。