(1)昨年総会よりも少しさかのぼって、オバマ大統領のプラハ演説以降の核廃絶関連の動きを概観しておく。
・2009年7月9日。G8ラクイラ・サミットで「不拡散に関する声明」が発表された。NPTに基づいて核兵器のない世界へ向けた諸条件をつくることを約束。
・同年9月24日。国連安全保障理事会首脳級特別会合で「核軍縮・核不拡散に関する決議」(1887号)が採択された。NPT締約国に対し、「核軍備の縮小に関する効果的措置について、および厳重かつ効果的な管理のもとにおける全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を呼びかける」と明記。
・2010年1月27日。オバマ大統領一般教書演説。「米国の国民にとって最も危険な脅威に直面している」、「核兵器の拡散を抑止し、核兵器のない世界を追求する戦略をとる」。
・同年2月1日。米国、「4年ごとの国防見直し」(QDR)公表。@イラク・アフガニスタンにおける勝利。A米国への直接攻撃からの防衛、潜在的敵国の抑止、B抑止が失敗した場合の行動。C全志願兵制の維持と強化などを戦略的優先課題としている。アジア・太平洋では、在日米軍の長期的プレゼンスを保証し、グァムを地域のハブにする二国間の再編ロードマップの合意を実施するとしている。
・同年4月6日。米国、「核態勢の見直し」(NPR)を公表。@核拡散とテロを防止する。A国防戦略における核兵器の役割を低下する。B縮小した核戦力レベルで抑止と安定を維持する。C地域における抑止力を強化し、同盟国を安心させる。D安全で、確実有効な核兵器備蓄を維持する、などとしている。
・同年4月8日。米ロ、「新START」条約署名。核弾頭の上限、運搬手段の上限、発射基の上限などについて合意。
・同年4月12日。核安全保障サミット開幕。テロ組織が核兵器を入手しないよう、4年以内に核物質の管理・安全性を強化する方策の確立について協議。
・同年5月3日からNPT再検討会議開幕。5月28日、「最終合意文書」採択。
・同年8月6日。菅首相は、「米国の核抑止論は必要」と公言。
・同年9が。米国は「未臨界核実験」を再開。
(2)最終合意文書の評価
上記のような経緯からして、NPT再検討会議の最終合意文書は、核兵器廃絶をめぐる情勢の到達点と課題を明らかにするものといえよう。この最終合意文書をどのように評価するか。私たちは「核兵器のない世界」に近付いたのか。これが検討課題である。結論的にいえば、「前進はしたが、ゴールは遠い」ということである。少し、詳しく述べておこう。
私たちは、09年総会の方針に基づいて、NPT再検討会議に向けて「意見書」を用意した。それは、次の5項目である。
@)2020年までに核兵器を廃絶すること。
A)「核兵器禁止条約」に向けての交渉を即時に開始すること。
B)核兵器の使用及び使用の威嚇の違法性を再確認すること。
C)非核兵器国への核兵器使用を禁止すること。
D)「非核兵器地帯」を拡大することなどである。
この私たちの「意見書」に最終文書はどこまでこたえたのか、それが問題である。
@)「核兵器のない世界」の実現に期限を設けることについて
最終文書は、「核兵器のない世界」を実現、維持する上で必要な枠組みを確立する必要性を強調し、国連事務総長が提案する「核兵器禁止条約」についても留意している。加えて、「核兵器国は、国際の安定と平和や、減じられることなく強化された安全を促進する形で、2000年再検討会議の最終文書に盛り込まれた核軍縮を加速させることを誓約する」としている。
しかしながら、これらの核軍縮の履行状況については、2014年の準備委員会に報告するように求められ、2015年の再検討会議で次の措置を検討するとされているだけである。要するに、「核兵器禁止条約」に言及し、核軍縮の促進も誓約されているが、「核兵器禁止条約」の交渉開始に直接触れられているわけではないし、核軍縮の履行も報告事項であり、次なる措置は次回以降に先送りされているのである。
A)「核兵器禁止条約」について
「核兵器禁止条約」(Nuclear Weapon Convention=NWC)は、核政策法律家委員などが提唱したモデル核兵器条約を基にして、コスタリカとマレーシアの政府が国連に提起している条約案である(1997年に提出、2007年に改定版)。この点についての最終文書の態度は、「確固たる検証システムによって裏打ちされた、核兵器禁止条約もしくは相互に補強しあう別々の条約の枠組みの合意を検討すべきであるとの国連事務総長の軍縮提案に留意する」などとしているが、いつまでに交渉を開始するかということについては触れていない。核兵器国の抵抗は頑なだったのである。けれども、ここでは、「核兵器禁止条約」について留意されたことは、前進として評価しておきたい。
B) 核兵器の使用と使用の威嚇の違法性再確認について
核兵器の使用及び使用の威嚇は、一般的に、国際法に違反する。ただし、国家存亡の危機など極端な自衛の状況においては、合法とも違法とも言えない、というのが国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見である。けれども、私たちは、勧告的意見の「ただし書き」は間違いだと考えている。自衛の手段といえども、無差別かつ残虐な兵器の使用は国際人道法に違反すると考えるからである。
このことについて注目されるのは、最終文書が、「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすことに深い懸念を表明し、全ての加盟国がいかなる時も、国際人道法を含め、適用される国際法を遵守する必要性を再確認する」としていることである。この文言の持つ意味は大きい。核兵器が非人道的兵器であり、その使用は国際人道法に違反することを含意しているからである。
C) 非核兵器国に対する核兵器使用の禁止について
非核兵器国に対して核兵器を使用しないという約束を「消極的安全保証」という。核兵器を先制使用しないとするのが「先制不使用」であり、核攻撃に対する反撃としてのみ核兵器を使用するというのが「唯一目的」といわれるものである。これらのことについての最終文書の態度は次のとおりである。まず、消極的安全保証については「核兵器の完全廃棄が核兵器使用を防止する唯一の保証であることを再確認し、核不拡散体制を強化しうる、明確かつ法的拘束力のある安全の保証を核兵器国から供与されることに対する非核兵器国の正当な関心を再確認する」としている。
また、「NPT加盟国である非核兵器国に対し、核兵器の使用を行わないという 条件付きあるいは無条件の安全の保証を供与するという、核兵器国の一方的宣言に留意するとした安保理決議に留意する」としている。何とも持って回った言い方であるが、非核兵器国の「正当な関心」といい、「核兵器国の一方的宣言」について触れていることは、この問題について後退はしていないというところであろう。
D)非核地帯の拡充について
非核地帯条約とは、その地域内において、核兵器の製造、実験、配備、使用などを禁止し、核兵器国にこの地域での核兵器の使用禁止を求める条約である。
このことについての最終文書は、「非核兵器地帯においては安全の保証が条約に基づいて供与されることを認識し、各非核兵器地帯のために設定された各議定書を想起する」としている。なお、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)との関連では、核兵器の完全かつ検証可能な廃棄を求めるとともに、「6カ国協議への強固な支持を再確認するとともに、外交的手段を通じてこの事案が包含する諸問題に対する十分かつ包括的な解決を達成することを誓う」(他の地域的諸問題)とされている。非核兵器地帯条約の必要性と有効性に触れているといえよう。 |