はじめに
私たちは、一昨年も昨年も「朝鮮半島の非核化のために」をテーマとして意見交換をしてきた。
私の2016年の意見交換会への問題提起は次のとおりであった。
2017年から「核兵器を禁止し全面廃絶へ導く法的拘束力のある協定」(核兵器禁止条約)についての交渉が開始されようとしている。しかしながら、朝鮮半島では、厳しい緊張関係が続いている。北朝鮮は核実験とミサイル発射実験を継続しているし、米韓の軍事訓練も行われている。朝鮮半島の非核化とは、北朝鮮に核兵器を放棄させればそれで済むということではない。韓国も日本も米国の核の傘に依存しているからである。日本は北朝鮮を敵視しているし、米国は他国の政府を武力で転覆する国家である。
朝鮮半島の非核化のためには、北朝鮮がどのような論理で動いているのかを確認する必要がある。また、韓国側の言い分も知る必要があるだろう。朝鮮半島の平和と安定は、双方の敵対的ではない民衆レベルでの意思が尊重されるべきだと思うからである。 そして、何よりも、現在の朝鮮半島の国際法上の状況をどのように理解すればいいのか。また、北東アジアを非核地帯とするためにどのような努力がされてきたのかを概観することが求められるであろう。更に、沖縄における米軍基地拡張に反対する戦いと朝鮮半島の非核化の戦いとは通底するであろう。(この意見交換会の成果は「反核法律家」2017年春号通巻90号参照)
2017年への問題提起は次のとおりである。
国連で「核兵器禁止条約」が採択され、「核兵器のない世界」に向けて画期的な一歩が踏み出された。他方、朝鮮半島での核兵器使用の現実的危険性が高まっている。トランプ米国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は、相互に核兵器の使用を公言しており、安倍首相はトランプ大統領に何の異議も唱えていない。もちろん、彼らの眼中に核兵器禁止条約などはない。彼らにとって、核兵器は禁止されるべきものではなく依存すべきものなのである。私たちは、「核兵器のない世界」の実現が先か、新たに核兵器が使用されるのが先かという岐路に立たされているかのようである。朝鮮半島ひいては北東アジアの非核化を確保しなければ、私たちは取り返しのつかない「壊滅的人道上の結末」に直面することになるであろう。私たちは、全力を挙げて、朝鮮半島そして北東アジアの非核化に挑戦しなければならない。(この意見交換会の成果は「反核法律家」2018年春号通巻94号参照)
その後の進展
「反核法律家」94号の発行は2018年2月15日である。その後、刮目すべき進展があった。4月27日には南北朝鮮首脳会談が、6月12日には米朝首脳会談が開催されたのである。
協会は、これらの会談に先立つ4月16日、次のような声明を発している。
韓国と北朝鮮の首脳会談(南北首脳会談)が来る4月27日に、アメリカと北朝鮮の首脳会談(米朝首脳会談)が5月末までに開催されることが決まった。昨今、北朝鮮の核実験・ミサイル発射、アメリカ・トランプ政権による新核戦略指針「核態勢の見直し」(NPR)の公表等、朝鮮半島での核兵器の使用も含む武力衝突の恐れが懸念されてきた。今回の南北・米朝首脳会談開催は、朝鮮半島での武力衝突を回避し、対話と交渉による平和的解決を図り、「朝鮮半島の非核化」の実現ひいては「核兵器のない世界」を実現するための基盤を創設する第一歩である。私たちは、南北・米朝首脳会談の開催を歓迎し、その成功に期待する。
そして、米朝首脳会談の後の6月29日には、次のような声明を出している。
私たちは、この共同声明を高く評価する。「ちびのロケットマン」、「狂った老いぼれ」と罵りあい、核兵器の応酬までちらつかせていた二人が対話のテーブルにつき「新たな米朝関係の構築」と「朝鮮半島の完全な非核化」を「完全かつ迅速に実行に移すことを約束」したのである。その具体化のために、工夫と時間が必要なことは避けられないとしても、共同声明に盛り込まれた目標は評価されるべきである。新たな米朝関係の構築は、最後の冷戦状態を解消し、世界の平和と繁栄につながるからである。そして、朝鮮半島の非核化は、北東アジアの非核地帯化や「核兵器のない世界」の一歩となりうるからである。
現在の状況
これら一連の首脳会談の成果として朝鮮半島での武力衝突の可能性は低下している。米韓共同軍事演習は中止され、板門店の共同警備区域の監視所や火器類、弾薬はすべて撤収されている。今後、軍事境界線を訪れる人は南北を往来できるようになるという。多くの血が流される危険性が低下したことは、大きな成果である。
また、北朝鮮は核・ミサイル実験を停止し、豊渓里の核実験場を廃棄している。その実験場と東倉里の西海衛星発射場への専門家の立ち入りを認めるとの報道もある。北朝鮮の核兵器への依存は着実に低下しているといえよう。北朝鮮への不信をベースにした報道がなくなっているわけではないけれど、確かな進展を見て取れるであろう。
しかしながら、朝鮮戦争の終結宣言はまだされていないし、平和協定が締結されたわけでもない。北朝鮮が保有する核兵器の廃棄についての査察が行われたわけでもない。そういう意味では、道半ばなのである。
更に問題なのは、米国は核兵器を低減するどころか、その依存を強めていることである。この2月に公表された核態勢見直し(NPR)は、非核兵器攻撃に対する核兵器による反撃や低出力の核兵器の開発などを提起している。昨年末には未臨界核実験を行い、INF全廃条約からの脱退も宣言しているところである。北朝鮮の核兵器廃絶には強硬な態度をとりながら、自らは全く逆の態度をとっているのである。
そのトランプ政権と「100パーセントともにある」安倍政権は、トランプ政権の核政策に一切異議を述べようとしていない。唯一の被爆国として核兵器の廃絶を目指すなどという物言いはリップサービスでしかない。そして、核兵器国と非核兵器国との橋渡しをするなどという政策は「核兵器のない世界」の実現を遅らせる役割しか果たしていないのである。
私たちの課題
私たちが求めている世界は、核兵器も戦争もない世界である。全世界の国民が、恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存できる社会の実現である。直接的には、朝鮮戦争の終結と朝鮮半島を含む北東アジアの非核化であり、核兵器禁止条約の早期発効である。
もちろん、核兵器がなくなったからといって、世界から戦争や兵器一般がなくなるわけではない。究極の国家の暴力としての戦争や陸海空その他の戦力が廃絶されるためには、核兵器廃絶にとどまらない戦いが求められている。その戦いの相手方は、恐怖と欠乏をもたらす勢力である。
今、貿易をめぐる米中の対立や韓国最高裁の「徴用工判決」をめぐる日韓の対立も顕在化している。自分の欲望に忠実で何が悪いと考えている人たちや、自分の考えの幼稚さに気が付かない人たちが、そのプレーヤーになっている。
その傾向は米国と日本だけではない。世界各地に排除と不寛容をベースとする極右勢力が台頭している。その背景には、グローバルで野放図な利潤追求と暴力による問題解決の容認があるといえよう。弱肉強食が人類社会のあるべき姿ではないはずである。
弱肉強食を是とする政治的、経済的、社会的勢力との闘争に勝利しなければ「核兵器のない世界」も「恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存できる社会」も実現しないのである。
私たちには不断の努力が求められているのである。
このような問題意識のもとで、各パネリストの皆さんの、熱い報告と討論をお願いするところである。