これまでの経緯
当協会は、2016年から2018年の3年間、「朝鮮半島の非核化のために」を共通テーマとする意見交換会を連続して開催してきた。それぞれの会議の内容はその都度「反核法律家」で報告してきた(i)。今年もまた同一のテーマで意見交換委を開催したい。ここでは、昨年の意見交換会での問題提起の要旨を採録し、その上で、新たな論点を指摘しておくこととする。
私たちは、一昨年、昨年と「朝鮮半島の非核化のために」をテーマに意見交換会を行ってきました。今年も同じテーマで意見交換会を開催するにあたり、まず一昨年どのような問題提起が行われたのかを要約してみます。2017年から始まろうとしていた「核兵器を禁止し全面廃絶へ導く法的拘束力のある協定」に係わる交渉を前に、朝鮮半島の非核化とは、北朝鮮に核兵器を放棄させれば済む問題ではないこと、日韓ともに米国の核の傘に依存していること、日本の北朝鮮敵視、米国は他国政府を武力で転覆することも辞さない姿勢であることなどを指摘しています。
昨年の問題提起は、「核兵器禁止条約」が国連で採択され、核兵器のない世界に向けて画期的な一歩が踏み出されたものの、トランプ米大統領と金正恩委員長は相互に核兵器使用を公言、安倍首相はトランプに異を唱えず核兵器依存の姿勢は顕著であり、朝鮮半島ひいては北東アジアの非核化を確保しなければ、私たちは「壊滅的な人道上の結末」に直面することになろう、という内容でした。
ところが今年に入って刮目すべき進展がありました。4月27日には南北首脳会談が、6月12日には米朝首脳会談が開催されました。私たちは、これら会談について、朝鮮半島での武力衝突を回避し、対話と交渉による平和的解決をはかり、朝鮮半島の非核化の実現、ひいては核兵器のない世界を実現するための基盤を創設する第一歩になることを期待して歓迎するとの見解を明らかにしました。
現に、朝鮮半島の武力衝突の可能性は低下しています。米韓共同軍事演習は中止され、板門店の共同警備区域の監視所や火薬類・弾薬類はすべて撤収され、軍事境界線を南北に往来できるようになるなどは大きな成果です。北朝鮮は、核・ミサイル実験を停止し豊渓里の実験場を廃棄し、その実験場と東倉里の西海衛星発射場への専門家の立ち入りを認めるとの報道もあり、北朝鮮の核兵器への依存は着実に低下しているといえるでしょう。しかしながら朝鮮戦争の終結宣言はまだなされていない。平和協定が締結されたわけでもない。北朝鮮が保有する核兵器の廃棄についての査察が行われたわけでもない。そういう意味ではまだ道半ばです。
さらに問題なのは、米国は核兵器を低減するどころか、その依存を強めています。この2月に公表されたNPRをみても、北朝鮮に核を放棄しろと言いながら、自らは全く逆の態度をとっているのです。そのトランプ政権と100パーセントともにあるという安倍政権は、トランプ政権の核政策に一切異議を述べようとしていません。唯一の被爆国として核兵器の廃絶を目指すなどという物言いは、リップサービスでしかありません。そして、核兵器国と非核兵器国との橋渡しをするなどという政策は、核兵器のない世界の実現を遅らせる役割しか果たしていないと考えます。
私たちは、核兵器も戦争もない世界を望んでいます。全世界の国民が恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存できる社会の実現です。直接的には、朝鮮戦争の終結と朝鮮半島を含む北東アジアの非核化であり、核兵器禁止条約の早期発効です。もちろん、核兵器がなくなっても世界から戦争や兵器一般がなくなるわけではありませんから、究極の国家の暴力としての戦争や、陸海空その他の戦力をなくすためには、核兵器廃絶にとどまらないたたかいが求められています。そのたたかいの相手とは、恐怖と欠乏をもたらす勢力です。
今、貿易をめぐっての米中対立、韓国大法院の「徴用工判決」をめぐる日韓対立も顕在化しています。自分の欲望に忠実で何が悪いと考えている人たちや、自分の考えの幼稚さに気が付かない人たちがそのプレーヤーになっています。その傾向は、米国と日本だけではなく、世界各地に排除と不寛容をベースとする極右勢力が台頭しています。その背景には、グローバルで野放図な利潤追求と暴力による問題解決の容認があるように思われます。弱肉強食が人類社会のあるべき姿ではないでしょう。弱肉強食を是とする政治的、経済的、社会的勢力との闘争に勝利するために、私たちには不断の努力が求められていると思います。このような問題意識で、今年も意見交換会を行いたいと思います。よろしくお願いいたします。
昨年以来の情勢の変化
昨年の意見交換会以降、次のような情勢の変化が認められる。
1.今年、2月シンガポールで2回目の米朝首脳会談が開催されたが、新たな進展はなかった。けれども、対話の道が閉ざされたわけではない。その後、トランプ大統領は休戦ラインを跨ぐパフォーマンスをしている。北朝鮮の核廃棄を優先させようとしたボルトンは「北朝鮮政策を間違えた」として解任されている。
2.米国は、首脳会談の直前、未臨界核実験を実施している。この実験は核戦力の維持改善のためのものであり、米国核依存政策に変更はない。
3.米国はINF全廃条約から脱退し、ロシアもそれに対抗しており、大国間の核軍拡競争が再燃しつつある。
4.米国はイランとの「核合意」を反故にし、中東における核兵器使用の危険性を高めている。ホルムズ海峡の安全確保のための「有志連合」が呼びかけられている。サウジアラビアの油田に対する攻撃はイランによるものだと言い立てられている。中東での大規模な軍事衝突の危険性に着目しなければならない。
5.米韓の軍事演習は再開され、北朝鮮は短距離ミサイルの発射実験を実施している。南北間の対話が停滞している。
6.日韓の対立は深刻な様相を示している。「徴用工判決」をきっかけとして、経済関係や安保政策の面でも、およそ「友好国」などとはいえない事態になっている。
7.日本国内における「嫌韓意識」の醸成も異常な事態である。
これらの事態は何とも危険で深刻な側面が強い。けれども、トランプ大統領と金委員長の言動からして、朝鮮半島で、米韓と北朝鮮がすぐに戦火を交えるということはなさそうである。問題は、日本政府の態度である。彼らには、朝鮮半島の平和の確立や非核化のために、積極的に努力するなどという姿勢がないどころか、北朝鮮のみならず韓国に対する敵対意識まで煽り立てているのである。安倍政権の特徴は、朝鮮に対する植民地支配の傷跡を直視しないことと、現在の国際人道法の到達点を理解しようとしないことである。1965年の日韓条約と請求権協定によって、全ての問題が解決されたとするのは牽強付会であるし、国際人道法の潮流は、植民地支配や戦争被害者の人権をどう回復し補償するかという方向にある。私たちは、朝鮮半島の平和と非核化を求める上で、日本政府の無知と傲慢な態度を批判し、それに迎合する勢力との対抗を強化しなければならない。
ところで、反核・平和勢力は、決して、手を拱いているわけでも、やられっぱなしということでもない。核兵器禁止条約の批准国・加盟国は核兵器国の妨害にかかわらず32カ国になっているし、国内においては、安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合(市民連合)と立憲民主党、国民民主党、日本共産党、社会民主党、社会保障を立て直す国民会議の各代表は、13項目の「共通政策」で合意し、その中には「東アジアにおける平和の創出と非核化の推進のために努力し、日朝平壌宣言に基づき北朝鮮との国交正常化、拉致問題解決、核・ミサイル開発阻止に向けた対話を再開すること」という項目も含まれている。「核兵器禁止条約」の発効はまだだし、共通政策には「核兵器禁止条約」への言及はないという限界もあるけれど、その積極的側面はきちんと評価されるべきであろう。
朝鮮半島の平和と非核化は、私たちが、北東アジアで平和と友好の雰囲気の中で生活する上で、絶対に必要なことである。
皆さん方の様々な角度からの報告と議論を心から期待している。
なお、今年の報告者は、崔奉泰さん、白充さん、山田寿則さん、中村桂子さん、山根和代さんの5氏の予定である。