1 はじめに
当協会は、2016年~2020年にかけて、毎年「朝鮮半島の非核化」をテーマとし、総会に併せて意見交換会を実施してきた。この間、朝鮮半島を巡る核問題は大きく変遷しているが、核兵器廃絶のためには、朝鮮半島を含む北東アジアの非核化と平和の確立が重要な意味を持つことは変わらない。そこで、本年においても、従前の議論を踏まえ、現在の情勢のもと、朝鮮半島の非核化をいかに実現するか、意見交換会を実施したい。
2 当協会におけるこれまでの議論
2016年から2018年の意見交換会においては、核兵器禁止条約の採択(2017年)、南北首脳会談、米朝首脳会談の実現(2018年)という、朝鮮半島の非核化に向けた大きな前進があったものの、核兵器の使用可能性を排除せず互いに相手が譲歩することを求める米朝の姿勢が崩れることはなかったこと、日本も米国の核の傘に依存するどころか、米国の先制不使用宣言に反対し阻止する等、核抑止論を堅持し続けていることなどを分析し、非人道兵器である核兵器を許容する姿勢を批判してきた。
2019年、2020年は、中距離核戦力(INF)全廃条約からの米国の撤退とロシアの条約履行義務停止宣言、イラン核合意からの離脱、米韓軍事演習と北朝鮮のミサイル実験の再開、徴用工判決を契機とした日韓関係の悪化、米中関係の悪化などの非核にとっては過酷な状況に加え、新型コロナウィルス感染症の蔓延という世界的パンデミックに見舞われながらも、一部の大国が軍拡競争に走っている。北朝鮮との非核化に向けた交渉も、2019年2月のハノイにおける米朝会談での決裂以降、非核に向けた対話は遠ざかっている状況である。そのような中で、北東アジアの非核化を実現するために日本に求められることは、核兵器禁止条約に参加し、若い世代も含めた対話を重ねることで信頼関係を築き、憲法9条の理念に基づき非核化を実現することであることを議論した。
3 朝鮮半島非核化を巡る情勢
2021年1月22日、核兵器禁止条約が発効した。長年にわたる被爆者と市民社会の努力がいくつもの政府を巻き込んだ結果である。1996年に国際NGOによって作成されたモデル核兵器禁止条約は、翌1997年にコスタリカ政府により国連事務総長に届けられ、国際連合加盟国に配布され、2007年にはコスタリカ及びマレーシア両政府の共同提案としてNPT運用検討会議第1回準備委員会に改訂版が提出された。2011年には、国連第一委員会が核兵器禁止条約の交渉開始を求めた決議が127ヵ国の賛成で採択され、核兵器禁止条約が国連で議論されることになった。このように、被爆者と市民社会の運動から政府をも動かし、ひいては、世界で核兵器を禁止する歴史的な条約としてついに結実したのである。核兵器を明確に違法とし、核兵器国にも参加の道を開きながら全世界の核兵器の全廃を目指す核兵器禁止条約は、間違いなく核兵器の存在しない世界を実現するための大きな前進である。しかし、核兵器国のみならず、戦争被爆国である日本政府は、核抑止論に拘泥し、核兵器禁止条約への参加を拒んでいる。核兵器のもたらす破壊的な非人道的結末を経験した日本こそ、率先して同条約に参加し、核兵器の全廃を目指すべきである。
また、北東アジアをめぐる核廃絶の動きは停滞したままである。バイデン政権は4度にわたって北朝鮮に交渉を試みたとされているが、北朝鮮は米国との核交渉に応じる姿勢はない。その大きな原因は、2018年の米朝会談以降、北朝鮮の豊渓里の核実験場の破壊、東倉里のミサイル発射台の廃棄表明、核実験及び大陸間弾道ミサイル(ICBM)実験の自制などの歩み寄りに対し、米国が制裁措置の緩和等十分な歩み寄りを見せなかったことにある。
他方、金正恩総書記は、2021年7月27日の老兵大会での演説において、核兵器については触れず、対外関係の改善を優先したものと報道されている。北朝鮮だけでなく、全世界において未だに新型コロナウィルス感染症の拡大が収束せず、甚大な被害をもたらしている中、核兵器を含めた軍拡に突き進もうとする核兵器国の姿勢は異常というほかない。未曽有の危機に瀕している今こそ、隣国、他国の苦難に思いを馳せ、非人道兵器である核兵器に財を投じるのではなく、この危難を共に乗り越えるべく、全世界が手を取り合って協力することが必要である。
4 本年の意見交換会について
われわれ反核法律家協会は、核兵器禁止条約の発効を心から歓迎する声明を発表し、核フォーラム「解説・核兵器禁止条約」の実施等によって、その理念と内容の普及を図ってきた。また、国際司法裁判所(ICJ)による勧告的意見から25周年を迎えた2021年7月8日には、国際反核法律家協会(IALANA)主催のICJ勧告的意見25周年企画にビデオメッセージを送るとともに、JALANA独自企画として、佐々木猛也国際反核法律家協会共同会長による報告「世界法廷運動 被爆地広島と日本の法律家の果たした役割」、山田寿則理事による報告「1996年核兵器勧告的意見から25年―2017年核兵器禁止条約との比較検討―」を主とするICJ勧告的意見25周年企画を実施した。
われわれが望む核兵器も戦争もない世界を実現するためには、長年の反核運動の成果である核兵器禁止条約への署名・批准を広め、同条約に基づいて核兵器の違法性を確たるものとし、核兵器国をも巻き込んで非核化を実現する必要がある。
そのためには、まずは北東アジアの非核化と平和を確立することが不可欠である。そこで、本年の意見交換会でも、引き続き、北東アジアでの非核化と平和の確立を実現するために、われわれがなすべきことを議論したい。
核兵器の廃絶を求めるにあたっては、被爆者の言葉は極めて重要である。生活、健康、家族、そして命とあらゆるものを奪われ、偏見と差別によって人間としての尊厳も奪われ、苦しみながら生き抜いてきた被爆者の語りは、核兵器の非人道性を明らかにすることで、核廃絶のために大きな意義を持つ。
被爆者は、日本国内だけに限られない。強制連行等によって日本に在住し、被爆した朝鮮人は、7万人に上るとされている。しかし、日本の戦争責任との関係で、アジア諸国において、核兵器の投下によって戦争、すなわち日本の加害から救われた、とする認識が強く、被爆者への支援も不十分で、核兵器の非人道性が強調されてこなかった。
そのため、在韓被爆者をはじめとする在外被爆者は、日本に対する救済を求めて裁判に訴え、勝訴判決を重ねて国外においても被爆者健康手帳の取得、各種手当を受けることができる権利を勝ち取った。
さらに、近時、在韓被爆者が日本の被爆者と交流をすることにより、原爆に対する意識が変わりつつある。原爆投下を正当化する意識を徐々に変容させ、在韓被爆者は、その正義の回復を求め、米国政府に対して賠償を求めるに至っている。
日本反核法律家協会では、2016年以降の意見交換会において、崔鳳泰弁護士による120年戦争という問題提起、白充弁護士による北朝鮮への偏見に対する告発等、朝鮮半島の非核化を考える上で、日本による加害の歴史認識を深めることは避けて通ることはできないことを確認し、相互の信頼関係を構築してきた。その成果の一つとして、2020年意見交換会に韓国原爆被害者協会会長のイ・ギュヨルさんと、日本被団協代表委員の田中熙巳さんをお招きし、同日付で両団体が共同声明を発表するに至った。同声明では、日韓の被爆者が核兵器のない世界を作るための歴史的使命を有していることから、新たな連帯の試みを進めていること、そして日韓両政府に対し、核兵器禁止条約の批准と、平和的な対話を通じて原爆被爆者の正義を回復させるための協議に応じることなどを求めている。
このような変化は、加害国日本への制裁という意識が残りその非人道性が必ずしも十分認識されていないアジア諸国において、核兵器の非人道性を強調し、非核化を実現するためには極めて重要である。
そこで、本年の意見交換会においては、パネリストに朝鮮人被爆者の問題に取り組んできたジャーナリストの坂本洋子さん、韓国の原爆被害者を救援する市民の会の市場淳子さん、韓国で被爆者はじめ慰安婦や徴用工らを含む戦争被害者の正義回復に尽力してきた弁護士の崔鳳泰さんをお招きしパネルディスカッションを実施することを予定している。コメンテーターは、核フォーラムで核兵器禁止条約の解説を行っていただいている山田寿則理事が務める。
これまでの意見交換会での議論を踏まえ、様々な角度から改めて朝鮮半島を含む北東アジアの非核化を実現するため、活発な討議を期待する。