2023年11月11日
日本反核法律家協会総会
特別報告
弁護士 井上 正信
昨年の総会で「米中関係と台湾海峡を巡る情勢‐核兵器問題との関係で」と題して特別報告を行った。私はこの報告において、台湾海峡危機は作られて煽られていること、台湾海峡危機が現実となった場合の核兵器使用のリスクについて発言した。
この特別報告の背景は、2021年3月米上院軍事委員会でのINDOPACOM司令官デビッドソンの議会証言をきっかけにして、にわかにわが国で高まった台湾海峡危機と、それを背景にした日米間でのそれに備える日米同盟強化の動きと2022年12月安保三文書策定に至る過程でわが国の防衛政策の大きな転換の始まりであった。
その後の安保三文書閣議決定、23年度防衛予算の成立、24年度防衛予算概算要求から、防衛政策の大きな転換の姿がはっきり見えてきた23年度総会での私の特別報告はその第2弾である。
安保三文書が規定した我が国の安保防衛政策を、自ら「戦後我が国の防衛政策の大きな転換」と述べている。それは反撃能力を対中国抑止力の中心に位置づけ、台湾有事で自衛隊は主として南西諸島戦域において長期間にわたる中国との戦争をする態勢に変貌させる、そのために国家戦略レベルから、司令部レベル、部隊戦術レベルに至るまで日米の軍事一体化を図るという日米同盟を変貌させる内容となっている。
南西諸島を戦域として中国と戦争をする自衛隊への変貌の具体的な姿を見てみよう。
これを実行するため5年間で43兆円の防衛予算を注ぎ込む大軍拡をはかり、23年度防衛予算は22年度比較で1兆4214億円増、24年度防衛費概算要求段階ですでに23年度比較で1兆1384億円増となっている。防衛予算増大の中心は、スタンド・オフ防衛能力、これとセットになっている統合ミサイル防空能力、持続性・強靭性である。これらの防衛予算が、「戦後我が国の防衛政策の大きな転換」を形作るものである。
これらはいずれも中国との長期間の戦争を遂行するため自衛隊に最も必要とされている軍事的能力となっている。多種類、大量のスタンド・オフミサイルの開発備蓄予算と持続性・強靭性予算を合わせると、概算要求額のおよそ半分に達する。
南西諸島を戦域とする中国軍との戦争では、距離の克服が極めて重視される。北海道の陸自部隊を南西諸島へ機動展開するためには2000キロの距離を克服しなければならない。24年度概算要求では、機動展開能力として5951億円がつぎ込まれる。機動展開のための輸送能力の強化と、南西諸島の港湾、空港の能力強化だ。全国の陸自師団・旅団が機動運用化される。
九州・南西諸島では陸自地対艦ミサイル連隊が1個しかなかったが、来年3月までに沖縄うるま市の勝連分屯地へ地対艦ミサイル連隊司令部とミサイル中隊が編成され、24年度には大分県湯布院分屯地へ新たなミサイル連隊を編成する。これにより陸自対艦ミサイル連隊は7個連隊となり、最新の地対艦ミサイル12式SSMを装備する3個連隊は、いずれも九州、南西諸島にだけ配備され、南西諸島有事の備えをとりわけ強化する。
国産スタンド・オフミサイルとして、12式ミサイル能力向上型、島嶼部防衛用高速滑空弾能力向上型、極超音速滑空ミサイル、新地対艦・地精密誘導弾などがあり、それの繋ぎとして米国製海洋発射トマホーク巡航ミサイルと、ノルウェー製空対艦ミサイルJSM,米製空対地ミサイルJASSM‐ERを導入する。単なる国産ミサイルの繋ぎという意味だけではなく、装備の日米共通化による米軍との共同作戦能力を向上させるためでもある。
統合防空ミサイル防衛では、陸上イージスに代えてイージスシステム搭載艦2隻建造予算がつけられている。完成時の予算額は2隻で7900億円となり、史上最も高額のまや型イージス護衛艦の2.35倍だ。現有イージス護衛艦よりもさらに大型で能力が向上し、SM3ブロックⅡA,トマホークミサイル、12式ミサイル、SM6,対潜ミサイルを搭載した、対空・BMD・対艦・対潜能力を持つマルチ戦闘艦となる。
宮崎新田原基地へF35飛行隊を編成し、南西諸島でいずも型護衛艦へ搭載して運用する。
馬毛島は、南西諸島有事での三自衛隊共同の出撃、補給、訓練施設となる。
本年8月日米首脳会談で滑空段階迎撃ミサイル(GPI)の日米共同開発が合意され、早速24年度概算要求に750億円が計上されている。
これらが実現すれば、自衛隊は南西諸島だけからではなく、日本全土どこからでも中国本土の標的を攻撃できる能力を備える。そのために全国に大型弾薬庫を今後10年間で130か所建設するのだ。全国に分散させれば、中国からの攻撃にも生き残れる可能性が高まるし、標的を増やすことで中国軍のミサイル在庫を消耗させるのだ。
中国との戦争では、真っ先に自衛隊の基地(とりわけ防空施設、弾薬庫、兵站施設、港湾、空港等の輸送インフラ、司令部施設)が攻撃される。それを想定して、全国の自衛隊施設を今後5年かけて4兆円を注ぎ込み対爆強化する。
南西諸島での中国軍との戦闘では多数の自衛隊員の死傷を想定している。そのため自衛隊は独自に血液製剤の備蓄に動いており、24年度概算要求へも予算計上された。戦場での兵士の死亡の最大の原因は失血死であり、それを防ぐには負傷後分単位で止血と血液製剤の速やかな投与が不可欠である。自衛隊那覇病院、福岡病院、横須賀病院の立替は、多数の負傷隊員を収容するためだ。
国家戦略レベルから司令部レベル、部隊戦術レベルに至る日米の軍事一体化が飛躍的に高まる
安保三文書の内国家安全保障戦略、国家防衛戦略は米国の同種文書(NSS,NDS)と同じ名称にした。名称だけではなく、その内容も日米間で調整して策定したことは、2022年1月の2+2で合意されたことだ。
司令部レベルでは、24年度防衛予算概算要求で、自衛隊に常設統合司令部を設置し、常設統合司令官以下240名で発足させる。24年度概算要求書では、これにより米インド太平洋軍司令部との調整機能を高めることが記されている。
これを受けて、INDOPACOMは在日米軍司令部を作戦指揮機能を有する司令部にすることが検討されている。台湾周辺を含む極東での日米双方の司令部が我が国で共同作戦を指揮するためである。
日米共同演習の際に設置される軍軍間の調整所は、最前線部隊の共同作戦指揮所となる。
部隊戦術レベルでは、陸自の領域横断作戦と米陸軍多領域作戦は、中国軍と戦うための同じ戦闘構想であり、オリエント・シールド演習において現場部隊レベルでの共同訓練が実戦的に積み重ねられている。
さらに海兵隊遠征前方基地作戦(EABO)と陸自領域横断作戦も同様の戦闘構想であり、レゾリュート・ドラゴン演習で双方の部隊レベルでの共同訓練が積み重ねられている。これらの共同演習は南西諸島において実施されるに至るほど、実際の戦闘に慣熟する訓練となっている。
これらの両部隊による作戦行動は、南西諸島での自衛隊の施設の共同使用、自衛隊と米軍による公共インフラのフル活用を前提にしている。
23年度、24年度防衛予算で実行されようとしている自衛隊の装備は、最先端兵器において米軍と共通であり、日米が共同作戦行動をとる際の装備の共通化は相互に軍事サポートを可能にして、戦術レベルでの日米一体化を可能にする。
単に装備だけではない。輸血用血液まで日米相互運用性を持たせようとしている。米軍が採用している「低力価O型全血」輸血方式を研究している。防衛省内に「防衛省・自衛隊の戦傷医療における輸血に関する有識者会議」を立ち上げて検討が進んでいる。輸血用血液製剤が日米ACSAによる相互融通の対象品目になる。日米同盟は文字通り「血の同盟」になるのだ。
核兵器使用のリスクの高まり
安保三文書のどこを見ても、中国との戦争の場合核兵器が使用されるリスクへの対応が示されていない。これを真剣に検討した形跡はない。あくまでも米国の拡大抑止で防ぐことができるというのであろう。これは日本政府と安保防衛政策を立案する防衛省、国家安全保障局、外務省における、中国との武力紛争でのリアリズムの欠如か思考停止を表している。あまりにも「無邪気に」中国本土を標的に収める反撃能力を保有、行使しようとしているのだ。
しかし米国はこの点を極めてリアルに認識している。
2019年CSBA(戦略予算評価センター)の論文「Tightening The Chain」
(列島線を強化する)は、中国との武力紛争で核戦争の影の下でのエスカレーシ
ョンのリスクがあると述べている。
2023年1月CSISシミュレーション報告書「次の対戦の最初の戦い‐中国による台湾侵攻を想定したウォーゲーム」では、提言の中で「ピュロリックな勝利を避けるために」として、(中国)本土を攻撃する計画を立ててはならない。核保有国とのエスカレーションの重大なリスクのため、国家司令部(大統領、国防長官、統合参謀本部議長の意味)が許可を留保する可能性があると述べている。
ピュロリックな勝利とは、被害が大きく得ることが少ない勝利、割の合わない勝利を意味している。
ウクライナ侵略戦争では、再三にわたりロシア指導部は核兵器使用の威嚇を繰り返している。「イスラエル・ガザ戦争」では、米国はいち早く2個空母打撃軍(原子力空母を中心に、攻撃型原潜、イージス巡洋艦・駆逐艦、補給艦を含む艦隊)を地中海のイスラエル沿岸へ派遣し、第26海兵遠征部隊(第26MEU)2000名を派遣決定するなど、イラン・シリアを軍事牽制している。中東でのイラン・イスラエル戦争に発展し、核兵器が使用されるリスクがあるからだ。
米国は58年第二次台湾海峡危機において、中国本土に対して核兵器使用計画を実行しようとした。その際ソ連が中国支援で核攻撃をし、そのため沖縄が消滅することも辞さない決意をしていたことが秘密解禁文書から明らかとなっている。
80年代ヨーロッパ大陸では、米ソ間で欧州(とりわけドイツ)を戦場にした限定核戦争の現実的なリスクが、欧州市民の大規模な反核運動を引き起こし、INF条約に結び付いた。そのINF条約をトランプ政権は一方的に破棄した。
核兵器大国は、自らの本土を聖域にしながら、戦域・戦場での核兵器使用をも辞さない核態勢をとっている。トランプ政権時代の2019年11月に統合参謀本部が作成した「Joint Pubulication3-72 Nuclear Operations」がそれである。
米国が日本列島を含む第一列島線上に配備しようとしている地上発射型中距離ミサイルは、核非核両用だ。
民主党政権において、外務省の核密約を調査した報告書が発表されたことがあるが、その際の当時の岡田克也外務大臣は記者会見で、緊急事態で米軍の核兵器持ち込みにつき、政治家が政治生命をかけて決断して国民に説明する、と述べた。
安保関連三文書策定への自民党提言(2022年4月26日)は、この岡田外務大臣の発言を引用して、緊急時に核兵器持ち込みと非核三原則についての考え方を踏襲すると提言している。
このことから、台湾有事において日本政府は米国の核兵器の持ち込みに同意すると考えてよい。
これらは米国による拡大抑止力を高める措置であり、実際に核兵器が使用されることは抑止されるとの無責任な楽観論が日本政府内にあると思われる。
米中間の軍事紛争は、歴史上経験のない核保有国間の本格的武力紛争となる。これまで核抑止論・核戦略論には、大量報復戦略、限定核戦争論、カウンターシティー戦略、カウンタフォース戦略、相互確証破壊戦略、最小限抑止戦略など様々な「理論」が生み出されている。これらはいずれも軍人、戦略家、核兵器専門家、安全保障政策専門家などが、「一つの仮定」を基礎に理屈の上で作ったものに過ぎない。
「一つの仮定」とは、政治家・軍人は、すさまじい破壊力の核兵器の応酬で、自らの国家も破滅させることはできないとの仮定である。しかし実際の核兵器使用が抑止されるか検証のしようのない性質のものである。本当に核抑止力により核兵器の応酬を避けることができるかは、だれも予測ができないのだ。そして抑止が破綻すれば、誰もが想像できない破滅的事態を迎えることになる。
安保三文書が実現しようとしている「我が国防衛政策の大きな転換」をリアルに見れば、中国との間で限定的な核兵器使用のリスクを高めるものであるといえる。
我が国の防衛政策の基本となっていた専守防衛は、つぎの3点を内容にした防衛政策である。
軍事大国にならないこと
他国に脅威となる防衛力を保有しないこと
我が国への侵略排除のためであり、他国領域で武力行使しないこと
これは、我が国自身が他国の軍事的脅威となり、安全保障のジレンマの結果我が国を取り巻く安全保障環境を悪化させないための一種の「安心供与政策」であった。
安保三文書の安全保障観はこれを180度逆転させた。我が国を取り巻く安全保障環境の格段の悪化に対して、それに軍事力で対抗するため、専守防衛政策を事実上放棄して大軍拡で備えるものである。その結果我が国の軍拡と防衛政策自体が我が国周辺での軍事的緊張を更に高め、我が国を取り巻く安全保障環境を一層悪化させるものとなっている。これは我が国に対する核兵器使用のリスクを高める結果となる。
日本反核法律家協会は、核兵器禁止条約の締結・批准を求めるとともに、安保三文書により実行されようとしている防衛政策と軍拡予算、日米同盟の軍事態勢の転換を求める活動が求められる。