2023年11月11日
日本反核法律家協会総会
特別報告
内藤 雅義
1、初めに
私は、高知地裁に提訴されながら、管轄の関係で東京地裁に移送された船員保険の事件の代理人をしています。この訴訟は1954年にビキニ海域で行われた水爆実験で被災した漁船員が、その後、罹患し、死亡した原因が水爆実験による放射性降下物による被ばくであるとして船員保険による給付の申請をしたものの、拒否されたとして、行政訴訟となっている事件です。
2、第五福竜丸以外の被災の切り捨て
1954年3月、第五福竜丸の被災をきっかけに原水爆禁止運動がおこり、日本被団協の結成がされたことはよく知られています。しかし、第5福竜丸以外に約1000隻、1万人にも及ぶ漁船員等が、アメリカによる一連の水爆実験の放射性降下物に被災しました。ところが、1955年1月の日米合意で日本政府は200ドル(7億2000万円)の見舞金を受け取ることによって水爆事件被災による賠償請求権をすべて放棄した結果、被災船員達の被害は、切り捨てられ見捨てられたのです。見捨てられた背景には、ソ連の水爆実験、中国建国、朝鮮戦争といった体制対立、原子力の民生利用推進といった事情からこれ以上の原水爆禁止の拡大につながることにふたを閉めたかったのです。被災漁船員達自も漁獲高に応じて収入を得ており、水爆実験が魚の売り上げ不良につながったため、自らの体調不良や同僚の早期の死亡がありながら声をあげらなかったのです。
3、訴訟に至る経過
ところが、1985年原爆被爆者の聞き取りを進めていた高知の高校生らが長崎で被爆した後ビキニで被災後被ばくした船員の母親に出会います。これをきっかけに、高知で高校生たちによる漁船員の聞き取りが行われ、ビキニ被ばく船員の存在が表面化しました。更に2000年ころ、静岡の医師らの支援により、第五福竜丸船員の疾患や死亡への船員保険の適用がされます。また、高知を中心とするマスコミ等を含む情報公開により当時の被災船名が明らかになり、医療調査も行われ、2015年過ぎから、高知で原告らの船員保険申請がされました。不認定となったことから、高知地裁に訴訟が提起され、現在、東京地裁に移送されて係属しています。
4、本件の争点
本件の争点は、船員の病気や脂肪が放射線の晩発性影響であるか、つまり放射線起因性があるかです。船員保険の管轄は、当時の厚生省から社会保険庁を経て、現在船員保険を管轄し訴訟の被告となっている全国健康保険協会(協会けんぽ)に移っていますが、被告は次のように主張しています。
放射線の晩発性影響が認められるには100mSvのしきい線量を超える被ばくをしたことが必要であるが、協会けんぽが委嘱した専門家の報告によれば、1mSvにも達しないので放射線影響とは認められないとしています。
原告側は高知の実態調査と被爆とを結びつけるため、医師、原爆症認定や黒い雨訴訟にかかわった専門家、更に放射能の海洋汚染の専門家などを協力を得て、これまで5通の反論の意見書に加え、アメリカで公開された調査報告等を提出しました。
その中で、強調したのは、本件が水爆実験による放射性降下物、とりわけ放射性物質による持続的被曝であることです。
現在の科学的知見では被ばくした人個人を見て、そのかかった病気(例えば癌)が放射線の晩発性影響であるか、他の原因(たとえば、ウィルスやたばこ)であるのかを区別をすることができません。そのため、被ばくした人を統計的、疫学的に調査して放射線被ばくの影響を調査する手法がとられます。
その疫学調査として世界的な放射線影響の基準とされているのがABCC,今の放影研による広島、長崎の原爆被爆者調査です。ところがこの原爆被爆者調査は、初期放射線、すなわち、原爆の炸裂に伴い光のように一瞬で放出された初期放射線との関係しか評価していません。このことは、放影研自身も認めています。ところが、ビキニ被ばく船員が被ばくしたのは、水爆により生成された放射性物質による被ばくです。放射性物質による被ばくの場合、持続的に被ばくすること、被ばくする放射線の半減期が様々であることといった問題があります。更に放射性物質から発せられるα線やβ線では、飛ぶ距離(飛程)が短いため内部被ばくが初期放射線のにはない内部被ばくが問題となるということです。これらについての疫学調査が行われいないため、実態が分からないということです。結局実態で判断することになります。
広島、長崎との相違として、ビキニでの水爆は3F爆弾といって中性子が多いため半減期が短い誘導放射化物質が生成され、しかも、地表面爆発であったため大量に放射性降下物が生成され、落ちたという相違があります。アメリカの公開文書によれば協会けんぽの報告書では、ごく狭い範囲でしか高線量の放射性物質が降下していないとされたのにこの点について米軍内部で大きな意見の相違がある等、協会けんぽ報告書が依拠した基礎資料に大きな問題があることが明らかになりました。また、一部漁船員の帰国直後の血液など医学的検査データを分析したところ、1000mSvを超える非常に高線量と考えられることや、船員の現在のリンパ球の染色体異常や歯のエナメル質の分析を見ると、500mSvを超える線量を浴びたと考えられるという意見書を提出しました。
更に黒い雨被爆者の放射線影響の原因と考えられる半減期の短い誘導放射化物質による被ばくの重大性を指摘し、ビキニ水爆直後、日本政府が行った俊鶻丸による海洋調査データによって、水爆実験による広範囲の海洋汚染、それが原因となったと考えられる食物連鎖の問題等を指摘しました。
5、最後に
来年、被災から70年を迎えます。切り捨てられ、放置され。多くの船員がなくなりました。残された資料は、必ずしも十分ではありません。しかし、このことを理由に被ばく船員が切り捨てられるのは、正義に反します。原告側としては、高知の実態調査データ、当時の調査データ、アメリカを含む情報公開による公開データ、最新の科学的知見等を総合して、できる範囲で全体像を示すことを通じて、何とか勝訴したいと考えています。注目とご支援をお願いします。
以上