青山学院大学名誉教授
新倉 修
はじめに
核兵器の使用と国際刑事法について、包括的な検討をしていただいた山田寿則氏に感謝を申し上げます。コメントを付けるように依頼された時点では、十分準備できるつもりでしたが、ウィーンで犯罪防止刑事司法委員会の第33回集会が5月13日から17日まで開かれ、16日に2つのサイドイベントで報告者として発言を準備する必要があり、そのサイドイベントの主催者と発言内容についての打合せや発言内容の見直し・資料のチェックなどに時間を使わざるを得なくなりました。また、事前に山田氏の発言原稿をいただいていたのですが、十分な検討もコメントの準備もできず、しかもシンポジウムの当日にウィーンから帰国することになり、ズーム会議方式での参加も難しくなり、主催者の寛容な対応に甘えて、文書で、しかもかならずしも考え抜いた内容でないコメントを出すことをお許し下さい。ウィーンでの2つの発言:「死刑と誤判」・「福島原発事故と環境をめぐる諸問題」に続いて、「核兵器の使用と国際刑事法」という重要なテーマに向き合ったこの1週間は、私にとっても極めて濃密なヒューマン・ネットワークの重要性を感じさせる体験でした。
国際刑事法と核兵器の使用
コメントの都合上、与えられたテーマの並び順を代えさせていただきます。山田氏の報告にも鋭く指摘されていますが、核兵器の使用という問題が、国際刑事法、とりわけ包括的な規定をもち、かつ、現実に適用する可能性をもち、ある意味において実効性のある国際法の仕組みに重要な一翼を担う国際刑事裁判所規程(いわゆる「ローマ規程」1998年採択、2002年発効、2007年日本の加入)においては、明文の規定がありません。その意味では、ローマ規程を中心にする国際刑事法にとっては、核兵器の使用は、明文の規定にある「既知の問題」ではなく、明文の規定のない「まだ検討の余地のある問題」に属します。
また、核兵器の使用という極めて重大な局面に属する問題についても、きわめて複雑かつ広大な問題群を含み、わかりやすい単一の問題ではないという事情も考慮しなければなりません。要するに、いわば未知の領域に属する複雑な問題を議論する場合には、「ツッコミどころ満載」の答えをして、混乱を招いたり、誤解を生んだり、不消化になったりする危険はできるだけ避けなければなりません。このような事情から、まず国際刑事法についての私の理解を述べ、そのうえで核兵器の使用という複雑な問題群について国際刑事法の視点から必要な検討を加えることにします。
国際刑事法とはなにか
まず、国際刑事法とは、国際法の一分野ですが、ほかの国際法とちがうのは、よくしられている国内法のたとえをひきますと、民事法(契約法、つまり私的自治の原則に立つ法規群)の系統ではなく、公法(公的機関である政府=国家機構のさまざまな活動に関係する法規群で、このように分類すると、刑法や刑事訴訟法、刑事施設及び被収容者の処遇に関する法律=行刑法も含まれます)の系統に属します。要するに、国際連合憲章(国連憲章)も国際司法裁判所規程も、またジェノサイド条約も核兵器禁止条約も、いずれも古典的な意味での国際法といわれる「民事法系」あるいは「自治にもとづく法規群」に属し、いわば同等な当事者(基本的には国家間の関係ですので、当事国が当事者ですが、非国家機関である団体・グループも当事者性を認められることがあります。)間の取り決めという性格をもち、基本的には「合意が法をつくり、当事者は合意した範囲において責任を負う」というルールに従います。これに対して、ローマ規程などは、重大な国際犯罪を行った個人(国家元首を含むすべての個人ですが、現在までのところ、企業や会社、テロリストグループなどの集団を対象としていませんが、かならずしも必然的に排除されているのではなく、便宜的にまだ対象としていないと理解されています。)に対してその刑事責任を問い、究極的には刑罰という不利益処分を科すことを予定している「公法的な性格の法規群」に当たります。このような区別をするのは、性質の違うものを一緒くたにして議論して混乱を招くことを避けるためです。
実は、戦争をすること自体は、かつての国際法では違法ではなく、したがって戦争を開始した、戦争中の行為について法的な問題があるという認識すらなかった時代があります。これが変化するのが、戦争に関する国際法がつくられる19世紀末から20世紀初頭にかけて、戦闘行為に関する規定をつくり、兵器(毒ガスやダムダム弾)の禁止が提唱され、第1次世界大戦を経て1919年のベルサイユ条約(227条)で、戦争を開始したドイツ皇帝ウイルヘム2世が「国際道義と条約に対する最高の罪を犯した」として日本を含む5カ国の裁判官によって構成する特別法廷で戦争責任を追及することを決めたが、オランダ政府が退位したドイツ皇帝の引渡しに応じなかったため、実現しませんでした。
第2次世界大戦後には、ニュルンベルク裁判と東京裁判で、戦争犯罪人(A平和に対する罪、B通常の戦争犯罪、C人道に対する罪)が特別の国際法廷で裁かれるようになった。ローマ規程は、旧ユーゴスラビアに関する国際裁判所(1993年~20)やルワンダに関する国際裁判所(1994年)などを経て、1998年にローマで国際刑事裁判所設立条約が採択されて、2002年に発効しました。
国際刑事裁判所は、国際会議で採択された条約に基づく国際機関であり、条約を批准した締約国が参加する締約国会議が、裁判所を構成する裁判官・検察官・書記を選任し、運営方針や財政などの骨格を決め、条約の改定を行うことができるという仕組みになっています。対象として取り扱う「重大な国際犯罪」は4つあり(ローマ規程5条~8条および8条の2)、①集団殺害犯罪(ジェノサイド罪)、②人道に対する犯罪、③通常の戦争犯罪、④侵略犯罪です。これらの犯罪に当たる場合であっても、国際刑事裁判所自体は、関係国の国内法による処罰を優先する(補完性の原則)ので、関係国すなわち、犯罪が行われた行為地の国、犯罪を行った行為者の所属する国、犯罪の被害者の所属する国がそれぞれの国内法による処罰を実施する場合には、国際刑事裁判所は関与しないことになります。しかし、核兵器の使用による国際犯罪という問題が生じる場合には、それぞれの国内法による処罰が行われる可能性は低いと想定されますので、補完性の原則にこだわる必要はないかもしれません。
問題は、核兵器の使用がこの4つの犯罪のどれに該当するのかという点にあります。それは、4つの犯罪の一つ一つについて定められている犯罪規定(国内法である刑法にいう犯罪規定に関する各本条)に合致するかどうかで決まります。
まず、集団殺害犯罪ですが、これは基本的にはジェノサイド条約(1948年採択、1951年発効)の規定に、文民の保護に関するジュネーブ条約(1949年採択および1977年の追加議定書)に基づいて補充された内容になります。この規定が適用できるかどうかについては、山田氏が詳細に検討していますので、それに譲ります。あえて補足的なことを言えば、集団殺害犯罪は、ナチスドイツのユダヤ人やロマ(ジプシー)に対するホロコーストに由来する事態を想定して提案された犯罪類型ですが、一定の民族を根絶やしにする行為が犯罪規定の中核にあることは確かですが、逆に言えば、実際に一定の民族を根絶やしにしなければ犯罪にならないというわけではなく、その一部であっても、その周辺に位置する行為であっても、集団殺害犯罪として処罰できる仕組みになっているので、核兵器の使用との関係では、核兵器の使用にまつわる周辺的な行為のどの部分が含まれることになるのか、慎重な検討が必要になります。とりわけ核兵器の小型化によって、核兵器の使用が局地的なものに限定されたり、民族全体・ある国民全体ではなく、その一部に対する攻撃として使用される場合に、ローマ規程に定める集団殺害犯罪の規定に合致するかどうかを検討する必要があります。
このほかにコメントを付けるべき点があるかもしれませんが、もう時間がありませんので、この程度でご海容いただければ幸いです。シンポジウムのご盛会をお祈りいたします。
ご清聴ありがとうございます。