台湾海峡危機とわが国の核政策の危険性
弁護士 井上 正信
第1 台湾を巡る米中間の武力紛争と核兵器
中国による台湾武力侵攻の事態には核兵器応酬リスクが付きまとっている。
2023年1月CSISによる台湾を巡る米中間の武力紛争のシミュレーション「次の大戦の最初の戦い‐中国による台湾侵攻を想定したウォーゲーム‐」(※1)は、米国が中国本土を攻撃すれば、核兵器使用のリスクが高まること、中国本土への攻撃ではなく、対艦攻撃に重点を置いたとしても、核兵器使用リスクを伴うことを述べていた。
台湾を巡る米中間の武力紛争では、核兵器使用リスクがあることは、米国の安全保障コミュニティーでは常識に属すると言われている。(※2)
マスコミ等ではなぜか報道されていないが、CSISは、2024年12月に「世界の終末に直面して‐台湾を巡る米中紛争における核抑止とその破綻のウォーゲーム‐」を公表している。(※3)これは2023年1月のシミュレーションシナリオを前提にしたうえで、核兵器を使用の可能性を織り込んだシミュレーションである。
この報告書では、核兵器使用の可能性があることを想定した15回行われたウォーゲームのシミュレーションのうち8回で核兵器が使用され、核の応酬のエスカレーションが生じ、最大で数億人の被害が出たケースもあったとされている。
シミュレーションの一つでは、我が国への核攻撃も行われる結果となっている。その際の核攻撃では、広範囲な核攻撃一部として、多数の航空基地が標的になると述べている。
第2 拡大抑止依存政策のリアル
- 2010年から始まった日米拡大抑止協議(EDD)は、防衛・外務の課長級による実務者協議であった。ところが、2023年5月日米首脳共同声明において、閣僚級に格上げすることを合意し、2024年7月28日閣僚級の日米拡大抑止協議が行われた。これは、同日開かれた日米安全保障協議委員会(2+2)において行われたものであった。その結果、2024年12月27日に日米間で合意されたものが、「拡大抑止ガイドライン」である。
実務者協議から閣僚級に格上げされた意味は極めて大きい。実務者協議では、その結果は日米の防衛政策には直接反映されない。閣僚級協議は、直ちに日米間の同盟調整メカニズムへ反映され、日米同盟における軍事政策、作戦計画となるからである。
では「拡大抑止ガイドライン」とはどのような内容なのか。外務省が発表した拡大抑止ガイドライン作成の公表文では、「同文書は、拡大抑止に関連する既存の日米同盟における協議及びコミュニケーションに係る手続を強化するものです。同文書はまた、抑止を最大化するための戦略的メッセージングを取り扱うとともに、日本の防衛力によって増進される米国の拡大抑止のための取組を強化するものです。」とだけ述べている。(※4)
これだけでも、我が国が武力紛争に直面し、あるいは武力行使を行う際には、米国による核兵器使用威嚇を表明(抑止を最大化するための戦略的メッセージング)が目に浮かぶ。その場合には、当然日米両政府間で具体的な協議のプロセスが進められるはずである。
2025年7月27日中国新聞(共同通信配信)記事が、核使用時の政府間協議の手順を定め、日本政府が意見を伝えることができる規定を明文化した、と報道した。米国が核使用に踏み切る場合を見据え、日本側との調整の在り方や連絡経路を整理し指針に盛り込んだとも報道している。
2024年2月に実施された日米共同統合演習(指揮所演習‐キーン・エッジ23)について、共同通信の記事は驚くべき内容を報道した。台湾有事での中国との戦争を前提にした演習想定で、中国の指導者が日米に核兵器使用をほのめかす発言をし、米側はエスカレーションを危惧して当初は慎重であったものが、防衛省トップの吉田統幕長が「日本防衛のため、米国も核の脅しで対抗してほしい」と繰り返し求めたので、米国もこれを受け入れたというものだ(総会報告書)。
核の威嚇は様々なレベルがある。政府や軍高官による核兵器使用の言及から始まり、核兵器を発射場所へ移動させる、核兵器使用訓練を行う、模擬核ミサイルを発射するなどで、次第に核兵器使用の緊張を高める。キーン・ソード23がどのようなレベルであったかは不明だが、これが事実であれば、拡大抑止ガイドラインの策定を合わせて考えると、我が国は唯一の被爆国でありながら、有事においては実際に米国に核攻撃を積極的に要求するというところまでに至っていることが理解される。(※5)
- 2025年9月19日公表された「防衛力の抜本的強化に関する有識者会議」報告書において、拡大抑止ガイドラインの具体化を進展させるとしている。有識者会議の内容は、すでにその一部が自・維連立政権合意に取り入れられており、我が国の対中国戦争準備が加速される内容である。
その中で拡大抑止ガイドラインの具体化を進展させることは、万一台湾を巡る米中戦争に我が国が当事国として参戦する事態で、核兵器使用のリスクを著しく高めることになるであろう。
第3 核軍縮、核兵器廃絶は切実な急務である
- 台湾を巡る米中戦争のリアリズムがいかなるものか、十分な認識がされていない。2024年12月CSISの核戦争シミュレーションへマスコミが関心を払っていないことに示されている。
安保三文書による防衛力抜本的強化は、北東アジアでの軍的緊張関係を高めることに一役買っている。我が国も問題の一部なのだ。この路線を突き進めば、私達は真剣に核兵器の応酬という悪夢が現実のものとなることを懸念しなければならない。
- 台湾海峡危機を煽らないこと、そのための我が国の防衛政策を転換させること、北東アジア非核地帯などの核軍縮措置を実現させるための外交努力を求めること、核兵器禁止条約の締結・批准を求めることは、私達の平和と安全、そして生存にかかわる課題である。日本反核法律家協会の果たす役割は極めて重要であることを共通の認識としたい。
- 次の戦争の最初の戦い:ウォーゲーミング中国の台湾侵攻
- 「米中核戦争を阻止せよ」(PHP新書 村野将著)
- 241213_Cancian_Confronting_Armageddon.pdf
- 日米政府間の拡大抑止に関するガイドライン|外務省
- この報道につき、記者会見で防衛大臣は否定した。但し、誤報であるとの抗議は行っていない。