日本が原子力潜水艦を保有することの法的な意味
弁護士 井上 正信
第1 原子力潜水艦保有論がなぜ今
安保三文書で、スタンド・オフミサイル垂直発射管(VLS)を装備した潜水艦の開発保有を打ち出したこと。
防衛力の抜本的強化に関する有識者会議において、安保三文書の決定を一歩進めて、次世代の動力を活用=原子力潜水艦保有に道を開いたこと。
自・維連立政権合意において、次世代の動力を活用したVLS搭載潜水艦保有を合意し、これが原子力潜水艦を意味していること。
韓国が原子力潜水艦保有につき、米国が協力することを合意した。米国の造船所で建造する予定。
小泉防衛大臣が記者会見で、原子力潜水艦保有を否定しなかったこと。
以上の事実から、政府は間違いなくVLS搭載原子力潜水艦保有を政策決定する予定と判断できる。安保三文書の前倒し改定に際に正式決定?
第2 原子力潜水艦保有の法的意味
- 原子力基本法
第2条:原子力利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。
平和目的に限る、自主、民主、公開原則
潜水艦の動力は、軍事秘密となり、公開はされない。燃料となる兵器級HEUをおそらくは米国からの供給となると思われるので、自主原則に反する。安保三文書前倒し閣議決定は、国会審議をスルーしたもので、民主原則に反する。
- NPT第3条
原子力潜水艦の核燃料は兵器級HEU(95%程度)であることから、NPT3条非核
保有国の義務に抵触する?
AUKUSによる豪の原子力潜水艦保有について、NPTの精神に違反との批判あり。
IAEA保障措置協定第14条で「包括的保障措置(CSA)の適用除外」
日本国政府が、その裁量により、この協定に基づく保障措置の適用を必要とする核物質をこの協定に基づく保障措置の適用を必要としない原子力活動に使用しようとする場合には、次の手続きを適用する。
(b)日本国政府及び機関は、当該核物質が当該原子力活動において使用されている間に限りこの協定に規定する保障措置が適用されないことについて取り決める。この取決めは、保障措置が適用されない期間又は状態を可能な限度において示すものとする。この協定に規定する保障措置は、いかなる場合にも、当該核物質が当該原子力活動において使用されないこととなるときは、直ちに再び適用される。機関は、日本国におけるこのような核物質の総量及び組成並びにこのような核物質のいかなる輸出についても随時通報を受ける。
NPT上は可能としても、唯一の戦争被爆国日本が、兵器級HEUを保有することへの国際社会のハレーションとなる。
豪・英・米の協定を参考?
- 憲法9条
攻撃的兵器として憲法9条が禁止する兵器
- 兵器級HEUをどのようにして取得するのか
豪、韓と同様に、米国からの提供
米国への政治的、軍事的従属が一層高まる
日本が独自に濃縮
潜在的核保有国である日本が兵器級HEUを作ることへの国際的ハレーション、国民世論が許すのか?
- 我が国で核兵器保有論が高まる恐れ
通常動力の原子力潜水艦が運用できる火力は限定される。水上艦艇の方がより有効な戦力。通常弾頭では費用対効果が薄いことから、核弾道ミサイル保有論が高まる恐れ。
原子力潜水艦を保有する、米、英、仏、中、露、印は、いずれも核弾道ミサイルを搭載。
第3 軍事的合理性
VLS装備の原子力潜水艦が、どこまで戦力として有効なのか。
水中排水量18750トン・米戦略原潜オハイオ級は、トライデントミサイル24基搭載、
運用構想が不明
原子力潜水艦は、水、食料、乗員のストレスという限界を除けば、水中航続距は無限大。水中速力は通常動力よりも優る。
グローバルナ戦略任務。
隠密裏に敵国の奥深くを攻撃可能、先制攻撃も。
中国海軍の原潜を追尾し攻撃する。
VLS搭載原潜は攻撃型潜水艦ではない
軍事的合理性があるのか
現有の通常動力たいげい型(リチウムイオン電池搭載)では我が国防衛に不十分であることへの検討(費用対効果を含め)がなされていない。我が国周辺(東シナ海、西太平洋)での作戦行動には十分のはず。防衛力整備計画は、22隻体制。原子力潜水艦を何隻保有するのか、戦力化するためには、少なくとも3隻以上が必要。人員不足の海上自衛隊に、原子力潜水艦を運用する余裕があるのか。