訳:森川 泰宏
〔2026年2月28日に開始された〕アメリカとイスラエルによるイラン空爆は、国際法の根本的な原則(fundamental rules)に明白に違反する。この攻撃は、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対する武力による威嚇又は武力の行使を禁止する国連憲章第2条4項に違反し、イランの主権を侵害するものである。アメリカとイスラエルが差し迫った攻撃に対して自衛のために行動しているという、もっともらしい根拠は示されていない。また、体制転換(レジーム・チェンジ)は、国家の政治的独立を尊重すべきという〔自決権の〕原則に正面から反するものであるのだから、武力行使を正当化する根拠とはなり得ない。
2026年1月に数千人から数万人ともいわれるデモ参加者を殺害したことを含め、イランの政権が長年にわたって大規模な人権侵害を犯してきたことは事実である。しかしながら、人道的介入(Humanitarian Intervention)は、それ自体が市民に危害が加えられる暴力行為を伴う可能性があるものの、これが正当化されるとしても、進行中の又は差し迫った大量虐殺を阻止する場合に限られる(※2)。イランにおける現在の状況は、このような事態に該当するものではなく、また、アメリカとイスラエルによる攻撃は、大規模な人権侵害を阻止する目的に限定されておらず、人道的介入という根拠に基づいて国連安全保障理事会(安保理)や国際社会によって容認されているものでもない。したがって、アメリカとイスラエルによる攻撃は、2005年の国連総会首脳会合(世界サミット)の成果報告書に関する国連総会決議において表明された保護する責任(Responsibility to Protect; R2P)の原則に、文言的にも精神的にも合致しない(※3)。
特筆すべき点は、多国間メカニズムの活用や国際法の援用などの実質的な努力をトランプ政権が完全に放棄してしまっていることである、とりわけ、アメリカとイスラエルは、今回の事態を安保理に提起する努力を何ら行っていない。安保理は、〔これに基づく決定が国連全加盟国を法的に拘束する〕国連憲章第7章に基づき、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為が存在する場合、武力行使を含む措置を講ずる権限を有しているのである。
トランプ政権は、その行動自体に加えて、国際法への軽視により、冷戦終結後の約30年間にわたって進行してきた武力行使に関する基本原則の弱体化を加速させている。
武力行使の制限に係る法的枠組みが弱体化する過程は長きにわたっており、21世紀に入ってからは、国際法や国際機関に対する配慮を一層軽視する大国によって行われる大規模戦争の頻発という衝撃によって断続的に進行してきた。その最初の事例がアメリカによる2003年のイラク戦争である。トランプ政権とは異なり、ジョージ・W・ブッシュ政権は、少なくともイラク戦争の国際法上の根拠を示す姿勢は見せたものの、その正当化根拠は虚偽の上に築かれていた。そして、ロシアによる2014年のクリミア併合とこれに続く2022年のウクライナへの本格的な軍事侵攻は、いずれも国際法上の正当な根拠を欠いていた。今世紀には、ほかにも侵略行為といえる複数の事例があり、直近のベネズエラの大統領拉致を目的としたアメリカによる軍事作戦はその一例である。しかし、アメリカによるイラクでの行動、ロシアによるウクライナでの行動、そして、今回のアメリカとイスラエルによるイラン空爆は、武力行使に関する規範の弱体化を示す重大な展開として顕著なものである。
イランの核開発計画に関しては、今回の空爆前に自衛権の主張を基礎付けるような開発段階には至っていなかったといえる。概して、イランは、長年にわたって、将来的に核兵器を保有する選択肢を残すために部分的にウラン濃縮能力を有していると考えられてはいたものの、実際に核兵器の保有を決断したわけではない。そして、イランの核開発計画に効果的かつ検証可能な制約を課す国際合意であり、多大な労力を費やして交渉された2015年の包括的共同作業計画(Joint Comprehensive Plan of Action; JCPOA〔いわゆるイラン核合意〕)から一方的に離脱したのは、第1期トランプ政権時代のアメリカなのである。
イランの核開発計画に関する議論においては、概して、イスラエルが強力な核兵器を保有しているという事実が見過ごされている。長期的な観点からは、一部の国にのみ核兵器の保有を認めながら、他の国に核兵器の保有を認めないことは現実的とはいえない。北朝鮮の場合のような核兵器の現実的な拡散、あるいはイランの場合のような核兵器の潜在的な拡散がもたらす問題に対処する正攻法の解決策は、世界規模の核兵器廃絶に向けて迅速に行動することである。このことは、1996年の〔核兵器による威嚇又は使用の合法性に関する〕勧告的意見において、核兵器不拡散条約(NPT)第6条と関連する国際法に基づき、国際司法裁判所(ICJ)が認めた完全核軍縮の達成という普遍的義務を果たすことにもなる(※4)。
少なくとも部分的な解決策としては、〔特定の地域に限定して核兵器を全面的に禁止する〕新たな非核兵器地帯(NWFZ)を創設することが挙げられる。このような非核兵器地帯は、現在のところ、ラテンアメリカ・カリブ海地域、南太平洋地域、東南アジア地域、アフリカ地域、そして、中央アジア地域の各地域に存在している。このアプローチは、中東地域でも実際に試みられており、NPTと国連の枠組みにおいて、イランの積極的な関与の下、中東非核兵器〔・非大量破壊兵器(WMD)〕地帯を創設する交渉を開始するための真摯な努力がなされてきた。しかしながら、イスラエルとアメリカは、このような努力への参加を拒否している。この事実は、脅威となるイランの核開発計画を阻止するために行動していると主張する両国の立場の正当性を著しく損ねるものである。
このような現在の状況に対し、私たちはどのように対応すべきなのであろうか。まずもって、今回のアメリカとイスラエルによるイラン空爆は、違法な侵略行為として非難されるべきであり、少なくとも、国連憲章の基本原則は、将来にわたって維持されることを目指して擁護される必要がある。その上で、世界が権威主義的ナショナリズムの復活に特徴付けられる大変革期に差し掛かっていることを認識すべきである。多くの国、特に核兵器保有国〔アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮〕のほぼ全ての国において、権威主義的な民族主義勢力が政権を掌握するか、あるいは有力な政治勢力となってしまっている。今、この課題の本質を直視するリアリズムを持ち合わせつつ、より公正で、民主的かつ平和的な脱ナショナリズムの世界を実現するために、新たな思考の様式とアドボカシー及び政治の革新的な在り方が私たちに求められているのである。
*(出典)International Association of Lawyers Against Nuclear Arms(IALANA)Website : https://www.ialana.info/wp-content/uploads/2026/03/IALANAstatementUSIsraelBombingIranMarch2026.fin_.pdf
ウェブサイトのURLについては、2026年3月15日の時点で接続を確認した。〔 〕は訳者が補ったものである。なお、本文中で言及される2003年のイラク戦争時のアメリカによる正当化根拠の問題点等を検討した書籍として、元IALANA会長のC・G・ウィーラマントリーによる『国際法から見たイラク戦争:ウィーラマントリー元判事の提言』(勁草書房、2005年)がある。同書には、イラク戦争の賛否をめぐる各種資料も所収されており、今般の一連の事態と比較して参照することで、現在の危機的状況の評価にも資する面があろう。
【註】