1月16日、核兵器廃絶日本NCO連絡会主催の標記講演会(i)に参加した。核兵器は本当になくせるのかどうか、ICAN事務局長のベアトリス・フィンさんの話を聞きたかったからである。ICANは、核兵器廃絶国際キャンペーンのことで、昨年のノーベル平和賞の受賞団体である。ベアトリスさんは、35歳のスウェーデン人で、二人の子の母。国際関係論や国際法を学び、ジュネーブ安全保障政策研究所(GCSP)や婦人国際自由平和連盟(WILPF)などで仕事をしてきた。2014年からICANの事務局長の任にあり、核兵器禁止条約の作成と採択に貢献し、ノーベル平和賞の授賞式でスピーチしている人である。なお、以下の記述は、彼女のスピーチの順序どおりではなく、私なりに受け止めたものである。
彼女は、核兵器によって私たちの生存が脅かされているという。その実例として、ハワイでミサイル攻撃の警報(誤報)が出されたとき、多くの人がお互いにサヨウナラをいい、子どもたちを抱きしめるために家に急いだというエピソードを紹介していた。そのような一瞬にして全てが破壊される恐怖から免れるために、私たちには声をあげる権利があるし、政治的意思を形成し、政策を実施させなければならないというのである。
彼女は、今ほど核戦争の危機が高まっているときはないという。トランプ大統領と金委員長が、私たち全員を殺す力を持っているからだ、という理由である。そして、長崎以降、核兵器が使用されなかったのは政治リーダーが聡明だったからではなく、単に運がよかっただけだ。核兵器が使用される確率がゼロではない限り、何時か使用されることになる。核によるアルマゲドン(最終戦争)では、予告なしに空が落ちてくることになるし、刃(やいば)が降ってくることになる。言葉による戦争はいつか武力による戦争に変わるかもしれない、と核戦争の恐怖を説いていた。
他方では、最も核兵器のない世界に近づいているともいう。核兵器禁止条約による核兵器の違法化は、核兵器廃絶の一歩となる。核兵器違法化は、核兵器依存の政治的正当性を失わせるし、核兵器を力のシンボルではなく、恥の象徴とすることになるというのである。
そして、核兵器禁止条約は、核兵器武装国や依存国が何といおうとも、現実なのだ。核兵器武装国の姿勢を変えることは困難かもしれないけれど、大勢の人が価値観を共有し、政府に働きかけることによってそれは可能となる。それが民主主義の在り方だというのである。
彼女は、日本政府に対して、広島・長崎を繰り返していいと思っているのだろうかと疑問を呈し、核兵器廃絶のリーダーになってもらいたいと期待している。そして、私たちには、「皆さんが首相のボスなのです。皆さんの声を無視するようなボスを取り換えるという選択肢はあるのです。」と檄を飛ばしていた。
不安や恐怖の反対語は希望だ。希望で危機に打ち克とう。政治家が何かをしてくれるのを待つのは止めよう。テーブルが空くのを待つのではなく、自分たちでテーブルを作ろう。核兵器が私たちを終わりにする前に、私たちが核兵器を終わりにしよう。一瞬に、全てを破壊される恐怖から免れよう、と結んだ。
彼女もあちこちで、核兵器廃絶など非現実的だとか、非合理的だとか、今の課題ではないとか言われているようである。これらのことに対する彼女の答えははっきりしている。核兵器禁止条約は存在しているのだから現実でしょ。核兵器に依存することとそれを廃棄することとどちらが人類社会にとって合理的かといえば廃棄が合理的であることは明々白々でしょ。核抑止論を言い出した人物は詐欺師じゃないの。現状を座視することは核を温存することになるでしょ、というのである。
彼女の論旨は明快である。核兵器は危険この上ないものであり、現実に人々に恐怖と不安をもたらしている。だったら、自分たちで、それをなくしましょう。なくすことに反対する政治指導者は取り換えましょう、というのである。私は、彼女の提案に諸手を挙げて賛成する。
安倍首相は日程を理由に彼女と面会しなかった。東欧を歴訪していた首相が帰国したのは17日午後4時である。午後5時には表千家の初釜式に参加し、午後7時には私邸に帰宅したという。その時、ベアトリスは日本にいるので、会うことは不可能ではない。もちろん会うかどうかは首相の裁量である。けれども、首相は絶対に会いたくなかったであろう。北朝鮮の核やミサイルがああだこうだと説明したところで、彼女に「あなたはトランプさんに北朝鮮に対する核攻撃をして欲しいのですか」と問い返されるからである。「俺は持つお前は持つな核兵器」という論理は、絶対に彼女の同意を得ることはできないであろう。
核兵器の使用は、その下にいる全ての人たちの日常を瞬時に奪うだけではなく、救援を困難にし、健康と環境を害し続けることになる。私たちは、「相互確証破壊(MAD)」という狂気から脱出しなければならない。「人類は賢くないな核兵器」などという川柳が詠まれる状況を変えなければならない。
彼女のスピーチは、私に、改めて、「核兵器のない世界」の実現に向けてのエネルギーを注入してくれた。彼女を招聘し私たちに彼女の肉声を聞く機会を提供してくれた連絡会の皆さんに感謝したい。ありがとうございました。