はじめに
2年前の7月7日、国連は「核兵器禁止条約」を採択している。この条約は、核兵器の使用のみならず、その開発、実験、保有、配備、譲渡などを全面的に禁止し、「核兵器のない世界」を展望している。その背景にあるのは、核兵器のいかなる使用も、「壊滅的人道上の結末」をもたらすので、その使用だけではなく、廃絶することが必要だ、という思想である。「壊滅的な人道上の結末」というのは、対処できないこと、国境を超えること、人類の生存、環境、社会経済的発展、世界経済、食料の安全及び将来の世代の健康への重大な影響、女性や少女への不均衡な影響などを意味している。要するに、地球で生息する人類の営みの根幹を破壊してしまうということである。そして、「核兵器のない世界」の実現は、「世界の最上位にある公共善」だとしている。ひらたく言えば、誰もが最優先しなければならない課題だということである。
この条約の発効は、50カ国の批准後、90日が経過したときとされている。批准とは、署名によって、ひとまず成立した条約をさらに審査し、これに同意を与え、その効力を確定させる行為である。これは内閣の仕事である。
7月6日現在の署名国は70カ国、批准国は23カ国であるから、まだ27カ国足りない。この条約の採択には国連加盟国193カ国のうち122カ国が賛成しているし、昨年の国連総会では、条約の署名・批准を求める決議が126カ国の賛成で採択されているので、紆余曲折はあるとしても、発効することは間違いないであろう。
この条約の早期発効を求める私たちは、日本政府や核兵器保有国の反対や妨害を乗り越えなければならない。その運動を進める上で必要と思われる米国内の状況を見ておくことにする。
米国民は核兵器をどのように見ているのか
米国政府が、核兵器に依存する外交・軍事政策を採っていることは誰でも知っている。世界の核兵器の数は、総数13890発、その内アメリカは6185発である(米国科学者連合(FAS)・5月)。2018年の「核態勢見直し」によれば、使用できる小型核兵器の開発を進め、非核兵器の攻撃にも核兵器で対抗することも想定している。核兵器近代化のための臨界前核実験もしている。トランプ大統領は、核兵器使用にためらいを見せたことはない。では、米国民はどうか、6月24日、米学術誌「原子力科学者会報」が米世論についての調査を発表した(『ニューズウィーク・日本語版』、6月27日)。それによると、米国人の3分の1は、民間人100万人が死亡する核攻撃のケースであっても、北朝鮮に対する先制攻撃を支持するというのである。通常兵器であるか核兵器であるかを問わずあらゆるケースの先制攻撃を支持しており、大規模な軍事衝突は回避すべきだと考える安全保障の専門家の慎重論など、まったく意に介していないという。米国による先制攻撃を、通常兵器から核兵器による攻撃へ引き上げても、「33%が支持か、やや支持」という数字にほとんど変化はない。核攻撃にすると、北朝鮮の民間人の犠牲者は、1万5000人から110万人にハネ上がるが、それを知った後でも核攻撃を支持する人の割合に大きな変化はなかった、というのである。報告書は、この結果は米国民の「核兵器使用に無神経で、敵国が相手なら無実の一般市民を殺すことも厭わない衝撃的な傾向」を表している、としている。そして、一般市民に対して、核戦争についての教育を改めて行う必要があると締めくくっている。
私も、報告書と同様に、「衝撃的な傾向」を有する米国民が3人に1人もいることに衝撃を受けているし、しっかりと再教育をしてほしいとも思う。
ある米国の歴史学者の見解
ところで、2010年11月に出版された「広島・長崎への原爆投下再考」(法律文化社)の中で、米国の歴史学者ピーター・カズニック氏は、「米国の若者の3分の1は、広島が最初の原爆投下地であったことや、米国が投下したことすら知らない。日本人の若者でさえ、そういう傾向が強まっている。また、そういう事実を知っている米国人でさえ、過半数が原爆投下を正当であったと信じている、という調査結果がある」と記述している。この記述と先に紹介した調査結果とは似たような傾向があるといえよう。
要するに、原爆投下がもたらした事態など全く知らない「無知のヴェール」に包まれた人たちがいるということである。
カズニック氏は、人類が、自らを含むすべての種の絶滅の可能性と対峙せざるを得なくなったことを指摘したうえで、トルーマンが、原爆を使用せずに日本を降伏させることが十分可能であったにもかかわらず、また原爆が「滅亡の火」だということを承知しながら原爆を投下したことを、許しがたい以上に信じられないことだとしている。そして、人類の将来を全く考えずに、ただ、手元にある原爆を使った、この人間の愚かさこそが、一刻も早く核兵器を全面廃絶しなければならない最大の理由であるとしている。
「人は持てば使いたくなるものだ」という法然上人の言葉や、「人類は賢くないな核兵器」という川柳を思い出させる指摘である。
全米市長会議での決議
けれども、米国には、そんな悲観的な事情だけがあるわけではない。7月1日、全米市長会議の年次総会は、核兵器禁止条約を改めて支持し、2020年の大統領選の候補者に向けて、核兵器廃絶の交渉で指導力を発揮するよう求める決議を採択したというのである。約1400の都市の市長で構成する全米市長会議は、核兵器禁止条約を歴史的な条約と位置づけ、大統領候補者に、核兵器廃絶の交渉開始を優先的課題とするよう要求し、当選後は、核兵器禁止条約に反対する政府の方針を転換させ、人道上の価値と目標を受け入れるよう要望したのである(『赤旗』7月4日付)。先日、安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合(市民連合)と野党4党および1会派の間で合意された「13項目の共通政策」には、核兵器禁止条約に係わる項目はない。それと比較しても、この全米市長会議の決議には注目したいのである。
まとめ
米国に目を向ければ、このような事態が起きているのである。米国政府の核兵器依存姿勢は継続している。それを疑問に思わない勢力も間違いなく存在している。他方、この市長会議だけではなく、カリフォルニア州、ニュージャージ-州、オレゴン州などでも、核兵器禁止条約の重要性に着目し、連邦政府に署名・批准を求めている。この様な動きは、マサチューセッツ、ミネソタ、ワシントンの各州に広がっている(『赤旗』、7月7日付)。
ロシアと並ぶ、最大の核兵器国において、政府の態度と対抗しながら、「核兵器のない世界」に向けた胎動が起きていることを確認しておきたい。
アメリカの哲学者ジョン・サマヴィル氏は、1980年、核問題について、「人間がこれまで苦闘してきた諸問題の中で、これほどの規模と範囲を持ち、これほど多くのことが賭けられている問題はいまだかつて存在しない。ところがその解決方法は、ほとんどばかばかしいほど単純である。その解決策とは、核による絶滅という客観的に存在する脅威を、その脅威にさらされている全人類に主観的に理解させることである」と言っている(『核時代の哲学と倫理』、青木書店、1980年)。
人は、その行動の前提として、気づき、理解、評価という過程があるという。核兵器の使用がもたらす危険性は、核兵器禁止条約という生成途上の法規範の中で「壊滅的人道上の結末」とされている。これは、「自らも含む種の絶滅」であり「核による絶滅」という指摘と同義であろう。私たちに求められていることは、その脅威を、自ら再確認するだけではなく、多くの人々と共有するための努力であろう。そうすることが、自らと自らにつながる人々の未来のために不可欠であろう。ヒバクシャ国際署名の成功が求められている。