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まず、核兵器の廃絶を目指す日本法律家協会(日本反核法律家協会)の自己紹介をします。当協会は、1994年、核兵器廃絶と被爆者援護を目的として設立されました。現在構成メンバーは約400名です。私たちは、核兵器はその強度の暴力性と非人道性が故に国際法を否定するものであると考えています。そして、法律家には、国際法を誠実に実施し、発展させ、核兵器の使用を阻止することに特別の責任があることを自覚しています。私たちは、その自覚の上に、世界と日本の心ある人々と連帯して、法律家の立場から核兵器廃絶と被爆者援護に寄与するための活動をしています。
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さて、米国が広島と長崎に原爆を投下したのは、1945年8月6日と9日でした。原爆投下により、広島と長崎は一瞬にして廃墟と化し「屍の町」が出現しました。その年12月末日までの間に、広島約14万人、長崎約7万人合計約21万人が死亡したと推計されています。そのほとんどが非戦闘員です。しかもその死に様は、生きたまま焼かれるような、どんな医者も手の施しようのない苦痛を伴うものでした。原爆は人間を、戦闘員か非戦闘員かの区別も、敵か味方かの区別もなく無差別に、しかも言語に絶する残虐な方法で殺傷したのです。また、原爆によって、軍事施設か非軍事施設の区別もなくあらゆる建造物も破壊されました。原爆の前では、どの様な建造物も無力だったのです。このように、原爆の第1の特徴は、殺傷の大量性、無差別性、残虐性と破壊の無差別性にあるのです。
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そして、ここで想起していただきたいのは、61年余前の原爆投下時の放射能の影響で、現在も多くの人々が「原爆症」に苦しんでいることです。被爆者の総数は約66万人、現在の生存者は約28万人です。既に多くの被爆者が他界しました。けれども今生存している被爆者も原爆の悪影響を受けているのです。通常は、戦争の終結によって、人々は多くの不幸は背負うものの、武力行使の直接的影響からは解放されますが、原爆被害はそうでなかったのです。かろうじて生き残ることのできた被爆者は、激しい下痢、脱毛、体のあらゆる部位からの出血などの急性症状及び激しい倦怠感を伴う慢性の「原爆症」だけではなく、原発性多発癌、肝臓障害、甲状腺障害などの晩発性の「原爆症」とのたたかいを余儀なくされてきたのです。これらの症状は「内部被爆」によるものと考えられています。放射能の人体に対する影響は、原爆の高熱や爆風などの直接的打撃にとどまらないのです。原爆の第2の特徴はこのような放射能被害の永続性にあるのです。また、この放射能被害の永続性は、被爆者本人だけではなく、世代を超えて継続する恐れがあることも忘れてはならないでしょう。放射能は人間のDNAレベルでその影響を与えるのです。
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このような原爆被害の実相については、被爆者の方たちの証言にあるとおりですが、この証言も被爆の実相のごく一部が語られているだけであり、その全ては到底語りつくすことはできないでしよう。そもそも、原爆被害を語ろうにも、死者たちは語ることができないのです。だからこそ、私たちは、語ることのできない人たちに代わって語り続けなければならないと考えているのです。どうか原爆投下が被爆者に何をもたらしたのかを想像していただきたいのです。当協会も、このような思いで原爆被害の実相を承継し、核戦争阻止と核兵器全面廃絶のために、被爆者の方たちや反核平和を希求する多くの方たちと連帯して、核兵器廃絶条約の早期実現のための行動に取り組んでいるのです。
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ところで、米国は、原爆投下は必要かつ正当なものであるとしています。パールハーバーの報復であり、戦争を早期に終結し、戦争被害者を少なくするために必要な手段であったという理由です。また、大日本帝国の植民地支配を受けていた人々には「原爆投下が植民地支配を早期解放した。」という声もあります。確かに、「本土決戦」が行なわれれば、硫黄島や沖縄の悲劇を凌駕する事態が起きたかもしれません。また、大日本帝国の植民地支配と侵略が多くの国家と人民に多大な犠牲を強いたことは事実です。従って、大日本帝国が行なった行為についての反省と謝罪が必要であることはそのとおりです。私たちは被爆者だけが戦争の被害者であるは考えていませんし、日本国の「戦争責任」と「戦後責任」についても真剣に向かい合わなければならないと考えています。
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しかしながら、私たちは、原爆投下はこのような理由で正当化あるいは合法化できないと考えています。何故なら、原爆投下当時、既に非戦闘員や非軍事施設に対する攻撃や、戦闘員に不必要な苦痛を与える武器使用を禁止する国際法は存在していたからです。戦時下においても、その使用が禁止される兵器や戦闘手段は、戦争法規すなわち国際人道法として定立されていたのです。1899年・1907年のヘーグ条約は「敵兵殺傷のための交戦国の権利は無制限ではない。」ことを確認していますし、交戦国が、人道主義の法と大衆の良心の命令に由来する国際法の原理に服することは国際法の大原則(マルテンス条項)となっていました。当時、人類と国際社会は、戦争を一般的に違法とするまでには至っていませんでしたが、戦時下においても人間が人間に対して行ってはならない非人道的行為があることを認識し、それを国際法規範として定立していたのです。原爆投下が大量・無差別・残虐な殺傷行為であり破壊行為であることはその実相を知る人にとっては明瞭です。米国の対日戦争が「正義の戦争」であるとしても、原爆投下は戦争法規に違反していたのです。また、これは仮定の話になりますが、植民地解放闘争の手段として核兵器を使用することも、国際人道法の下では許されないことなのです。
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しかも、これらの国際人道法は単に抽象的な規範としてではなく「ニュールンベルグ裁判」や「東京裁判」において、枢軸国の戦争犯罪人を裁く根拠規範としても機能していたのです。「平和に対する罪」の被告人は別として、戦争法規に違反したとして裁かれた戦争犯罪者は数多く存在するのです。本来、国際人道法・戦争法規は、戦勝国の将兵であるか敗戦国の将兵であるかで区別して適用されるべきものではなく、戦争法規・国際人道法に違反したかどうかが問われるべきものです。戦勝国が敗戦国将兵だけを裁くとすれば、それは法の名に値しないものとなるでしょう。法が恣意的に運用されたとき、それは「法の支配」ではなく「人の支配」となってしまうからです。人を無差別かつ残虐に殺傷したものは、戦争の勝敗に関わらず裁かれなければならないのです。無差別かつ残虐な戦闘行為を行なったものが戦争に勝利した場合に、その無差別かつ残虐な戦闘方法が何ら問われることがないとすれば、無差別かつ残虐な戦闘方法を禁止する意味はなくなるでしょう。そして、戦争当事国は戦争に勝利することを考え、あらゆる手段を用いることになり、戦争法・国際人道法は、振り出しに戻ることになるでしょう。戦争勝利の究極の手段が核兵器であることは、核分裂や核融合のエネルギーの放出に対抗する方法がないことからして明らかでしよう。核兵器と人道や法は並存し得ないのです。
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このように私たちは、米国の原爆投下は国際法に違反する行為であったと考えています。このことは、広島と長崎への原爆投下が違法ということだけではなく、将来の核兵器の使用やその威嚇についても同様です。現在の核兵器は、広島や長崎に投下された原子爆弾の威力をはるかに超える殺傷力と破壊力の規模になっています。国際司法裁判所は、1996年、国連総会が付託した「核兵器の使用と威嚇は国際法に違反するか否かについて」に関わる「勧告的意見」で核兵器の使用と威嚇は一般的に国際法に違反するとの見解を表明しています。私たちは、核兵器の使用と威嚇は「一般的に」ではなく「絶対的に」国際法に違反するという見解に与するものですが、公式な国際機関である国際司法裁判所の核兵器に関する見解は全世界の国家が尊重すべきであると考えています。核兵器の使用とその威嚇が違法であるとすれば、その開発や実験も保有も違法であり、その全てが禁止されるべきことは論理的必然です。したがって、今後新たに核兵器を開発し実験すし保有することだけでなく、現在の核兵器も廃絶しなければならないのです。
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ところで、核兵器保有国は「核抑止論」をとり、核兵器の必要性と有用性を認めています。核兵器保有国の核兵器は全人類を滅亡させても余りのある状況になっています。いわゆるオーバーキル状態です。核戦争はこの世界の終末を意味しているのです。にもかかわらず核兵器の保有を試みる国家は後を絶ちません。また、米国のように核兵器先制使用戦略を採っている国家も存在します。原爆投下の犯罪性と非人道性、そして国際法違反を知る私たちは、核兵器廃絶は人類の共通の課題であり、そのための国際法秩序の確立を急がなければならないと考えています。1997年11月、コスタリカ政府によって、核兵器政策委員会の手で作成された「モデル核兵器条約」は国連総会の公式配布文書とされました。このように核兵器廃棄条約は、既に国連の課題となっていますが、その条約の制定と締結と批准は未だ現実的日程に上っていません。私たちには、一刻も早く核兵器廃絶条約を成立させる任務が課せられているのです。