6月17日から19日の日程で、ネパール・カトマンズで「第6回アジア太平洋法律家会議」が開催された。日本からは、学者・弁護士・院生・社会活動家など総勢22名が参加した。会議は、開会式と閉会式および4つの分科会で構成されていた。開会式では、現首相が、閉会式では前首相があいさつをしていた。分科会は、Ⅰ「世界平和と地域平和」、Ⅱ「人権」、Ⅲ「経済発展の権利」、Ⅳ「民主主義を脅かすもの」である。
第1分科会では笹本潤弁護士が基調報告を行い、私が標記の報告を行った。その要旨は以下のとおりである。
問題の所在
現在、約15,700発の核兵器が存在する。これらの核兵器が使用されれば「壊滅的な人道的結末」がもたらされる。
1945年8月、広島や長崎で被爆し、その実相を知っている人々は「原爆は絶滅だけを目的とした絶対悪の兵器」としている。また、今年4月のG7外相会議の宣言は「原爆による甚大な非人間的な結末」と表現している。
核兵器使用による「壊滅的人道的結末」についての共通認識は形成されつつあるが、核兵器廃絶に向けての具体的な取り組みは始まっていない。核兵器国や日本を含む核兵器依存国が、核兵器が国家安全保障に不可欠であるとの政策(核抑止論)を採っているからである。核兵器という「絶対悪の兵器」を、自国の安全保障の「切り札」だとする非倫理性と没論理性に囚われたままなのである。
私は、核兵器の使用を禁止するだけではなく、その製造、実験、配備、移譲、使用を全面的に禁止し、その廃棄を含む法的枠組みを形成したいと考えている。そして、そのための国際交渉を速やかに開始することを求めている。
この報告では、二つの取り組みを紹介する。一つはマーシャル諸島政府の「核ゼロ裁判」であり、もう一つは国連核軍縮公開作業部会(OEWG)についてである。
マーシャル諸島政府の「核ゼロ裁判」
マーシャル諸島は、2014年4月24日、核兵器国9カ国を相手国として、核軍縮交渉を開始しないことの違法性の確認と交渉開始の命令を求めて、国際司法裁判所に提訴した。「国際司法裁判所は、核兵器が地球上のすべての文明と生態系を破壊する潜在力を持つとしている。マーシャル諸島は、『法の支配』に依拠するがゆえにこの裁判を提起した。国際司法裁判所に、この請求が受理可能だとの宣言を求める。」というのである。これが「核ゼロ裁判」である。
この訴えが成功するかどうかは不透明である。国際司法裁判所には強制管轄権がないので、管轄権の有無が最初の論点となる。英国、インド、パキスタンは応訴しているが、他の6カ国は応訴していない。
インドはこの手続中に弾道ミサイルの実験を行い、英国は自国だけに宛てられたに判決は「片手で拍手しろというようなもの」だと主張している。
管轄権についての判決は今年9月頃に予定されている。どのような判決になるのか予断はできない。けれども、マーシャル諸島のような小国が、大国である核兵器国を相手として、このような訴訟を提起したことは、「大小各国の同権」(国連憲章)を基礎とする国際社会において「法の支配」を確立することに貢献するであろう。
国連核軍縮公開作業部会(OEWG)
2015年のNPT再検討会議は最終文書を採択できなかった。しかしながら、「核兵器のない世界の達成と維持に必要な法的措置を熟議する公開作業部会」(Open Ended Working Group)が設置された。
この作業部会は、ジュネーブで、今年2月に第1会期、5月に第2会期がもたれ、8月の第3会期を経て、秋の国連総会で報告と採択がなされることになっている。
ところで、「核兵器のない世界」の実現のために、どのようなアプローチをとることが効果的なのか、現実的なのかなどについては意見の対立がある。核兵器国が納得できる形で進めるべきだという考え方と、核兵器国の協力なしでもできることから始めるべきであるという考え方の違いである。核兵器国が核兵器を廃棄しない限り「核兵器のない世界」は実現しない。他方、核兵器国が核兵器に依存している限り核兵器は永遠になくならないであろう。だから、核兵器国の意向を尊重しようという考え方(日本政府もこの考え方である)は、本気で核兵器をなくすつもりはないのではないかと非難されるのである。
その意見の違いをどう乗り越えていくのかが問われているのである。
私たちに求められていること
「核兵器のない世界」を求めているのは、被爆者や私たちだけではない。核兵器国も、建前としては、「核兵器のない世界」を否定していない。オバマ大統領もしかりである。
そうすると私たちの課題は、核兵器国や核兵器依存国に、現実的かつ具体的一歩をどう始めさせるかということになる。すでに、NPT6条は、加盟各国に核軍縮義務を課している。核保有国も含め、この義務の履行のための交渉を開始し、それを完結させ、それを維持するための法的枠組みを形成することが求められているのである。
そのためには、核兵器使用がもたらす壊滅的人道上の結末を土台とする「人道アプローチ」を再確認し、自衛のためであっても使用を禁止される方法手段があることを想起することである。無差別攻撃を禁止し、残虐な兵器の使用を禁止している国際人道法の核兵器への適用である。
その作業を進めるうえで必要なことは、原爆投下をはじめ、核実験などを含む現実の核被害の実相を知ることであり、核戦争の結末についてのシミュレーションである。
核兵器使用がもたらす結末を容認する法的価値は存在しない。核兵器は法の埒外に放逐されなければならない。核兵器を使用することはもとより、その製造・保有・配備も禁止されなければならない。
現在、私たちは、人類社会の滅亡をもたらす兵器を権力者たちに委ねている。
全世界の民衆が恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する世界を希求する私たちは、このような倒錯した「核の時代」から、一日も早い脱出を目指さなければならない。