7月16日、日本民主法律家協会で、広渡清吾東大名誉教授の「安倍政権へのオルタナティブ」と題する講演があった。サブタイトルは「個人の尊厳を擁護する政治の実現を目指す」である。
先生は、「安全保障法に反対する学者の会」のメンバーとして、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)の結成を呼び掛け、その「市民連合」のイニシアチブで、野党共闘を実現させた方である。
先生は、このプロセスの中で、平和主義、民主主義、立憲主義の相互の関係を考えたという。改憲手続きを踏めば9条の改正はできるのだから、平和主義は民主主義や立憲主義という制度的原理では守れないのではないか。だから、平和主義そのものを擁護する国民多数派の形成が核心ではないのか。民主主義や立憲主義なしに平和主義を守れるのか。民主主義や立憲主義は平和主義の前提ではないのか。歴史的経験からすれば、民主主義や立憲主義は平和主義を存立の要件としているのではないか、などと考えたのだという。多分、多くの人々も似たような悩みを抱えているのではないだろうか。
そして、先生はこれらを「三位一体」として理解する必要があるとしたうえで、鍵になるのは立憲主義の理解である、という。
先生は「国家設立の目的は、ピープル(people)の個人の尊厳と幸福追求権の保障である。これは憲法内容を限界づける。国家創設の社会契約である憲法は、個人の尊厳と幸福追求権と本質的に両立しえない権力を国家に与えることはできない。ピープルの殺傷を必然にする戦争をする権力、そのための軍隊を設置する権力は国家に与えられない。」、「憲法9条は、このような立憲主義の帰結と個人の尊厳の保障を原理とする。憲法改正権力(民主主義)もまた、このような意味の立憲主義に限界づけられる。」というのである。先生はこれを原理的立憲主義としている。
なるほど、このように理解すれば、9条の改正は、平和主義にも立憲主義にも民主主義にも反することになる。私は、いいね!をクリックしたいし、原理主義万歳といいたい。
先生は、更に「個人の尊厳」について論を進める。「個人の尊重」を規定する憲法13条と「人間の尊厳は不可侵である。その尊重と擁護はすべての国家権力の責務である。」(ドイツ基本法1条1項)と対比して、峻厳さにおいて差異はあるが、論理は相似している、という。日本国憲法には「個人の尊重」(13条)と「個人の尊厳」(24条)はあるけれど「人間の尊厳」という言葉はない。他方、「人間の尊厳」という言葉は、国連憲章や世界人権宣言やいくつかの重要な条約の中で「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である。」などという形で用いられている。ここでは、人間(人類社会の構成員)の尊厳と平和とが原理的に関連付けられているのである。
ところで、私は「人間の尊厳」と「個人の尊厳」とは違うと思っている。なぜなら、次のような見解に同意しているからである。「戦争は互い敵側の人間を殺すことを当然とする国家の作用である。それは、『人間の尊厳』に対する明白な侵害である。そのような非人間的な仕事に耐えられない者がありうるとの考慮から良心的兵役拒否という制度が設けられている。良心的兵役拒否者は『個人の尊厳』が保障されるかもしれないが、自分の同胞が敵側の人間を殺すという事態を漫然と眺めていることになる。それも奇妙な話だろう。彼が真に自己の『個人の尊厳』を確保したいなら兵役拒否にとどまらず、反戦活動をすべきであろう。」という見解である。これは、故広中俊雄東北大学名誉教授(2014年2月24日逝去)の「宮城・研究者9条の会」発足集会(2005年12月11日)での「戦争放棄の根本思想は何か」と題する講演の一節である(みやぎ憲法ブックレット№8・希望者は連絡ください)。
広渡先生は広中先生の「人格秩序の二段階的発展:商品交換主体の普遍化による人格から人格的諸利益の帰属主体としての人格へ」を引用していた。これは、私の理解を超えていたけれど、広中先生の講演録の存在は知っていたので、改めて紐解いたのである。
広中先生は、広島の原爆を体験している。あの閃光と爆風を体験しているし、父親の屍を探して、無残な死者たちの顔を覗き込んだ経験もある。彼は喝破する。「戦争は『人間の尊厳』に対する明白な侵害だから放棄するのだ。」、「国際社会に根を下ろしたスローガンである『人間の尊厳』を論拠の中心に据えて9条改正反対論を展開すべきだ。」と。
広渡先生は、講演を「『市民連合』は引き続き安保法制廃止、立憲主義の実現、個人の尊厳を擁護する政治の実現のために、次期衆議院選における野党共闘を推進し、目標を実現する活動をする。」と締めくくった。
9条の思想的、歴史的背景を再確認しながら、その改悪阻止だけではなく、世界化や普遍化のために努力したいと思う。