6月12日、シンガポールで、ドナルド・トランプ米国大統領と金正恩朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)国務委員長の会談が行われ、二人は共同声明に署名した。
共同声明の内容
共同声明によると、トランプ氏と金氏は、新たな米朝関係の構築と朝鮮半島の永続的かつ強固な平和体制の建設について、包括的かつ綿密で真摯な意見交換を行い、トランプ氏は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束し、金氏は朝鮮半島の完全な非核化に向けた確固とした揺るぎない責務を再確認している。二人は、新たな米朝関係の構築が朝鮮半島、ひいては世界の平和と繁栄につながると確信し、相互の信頼醸成が朝鮮半島の非核化を推進するとの認識を示している。
その上で、①両国は、双方の国民の平和と繁栄を希求する意思に基づき、新しい米朝関係を構築することを約束する。②両国は、朝鮮半島の永続的かつ安定的な平和体制の構築に共同で努力する。③「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向け努力することを約束する。④両国は、既に身元が確認された人を含め、戦争捕虜や行方不明塀の遺骨回収に努める、と宣言している。
二人は、歴史上初めての米朝首脳会談は、画期的な出来事であり、両国の何十年にも及ぶ緊張と対立を克服し、新しい未来を拓くためのものであり、共同声明の条項を完全かつ迅速に実行に移すことを約束したのである。
私は高く評価する
私は、この共同宣言を高く評価する。「ちびのロケットマン」、「老いぼれ」と罵りあい、核兵器の応酬までちらつかせていた二人が、兎にも角にも話し合いのテーブルにつき、「新たな米朝関係の構築」と「朝鮮半島の完全な非核化」を「完全かつ迅速に実行に移すことを約束」しているのである。その具体化のために、工夫が必要であり、時間がかかることは避けられないとしても、共同声明に盛り込まれた目標については何人も異論をはさめないであろう。新たな米朝関係の構築は、最後の冷戦状態の解消となり、世界の平和と繁栄につながるからである。そして、朝鮮半島の非核化は、北東アジアの非核地帯化そして「核兵器のない世界」の一歩となりうるからである。
朝鮮戦争の再燃の回避
私は、米朝関係で最も避けなければならない事態は、朝鮮戦争の再燃であると考えていた。朝鮮の人民が殺戮と破壊の坩堝に投げ込まれることや、北朝鮮による日本への攻撃、日本国内における在日朝鮮人に対するジェノサイドなどを恐れていたからである。
「完全で検証可能で不可逆的な核廃絶」(CVID)だとか、拉致被害者の帰国とか、中短距離ミサイルの廃絶なども解決しなければならないテーマではあるけれど、最優先は朝鮮戦争の再燃阻止と完全終結であると考えていたからである。トランプ氏や金氏のキャラクターや、声明に具体性がないことなどを理由として、この共同声明の意義を過小評価しようとする意見も散見されるけれど、朝鮮半島における武力衝突の危険を遠ざけたという意義は、何にもまして評価されるべきであろう。
「合意は拘束する」
そもそも、米国と北朝鮮を代表する二人が共同声明に署名したということは、両国の意思が合致したことを意味している。トランプ氏と金氏が、私的な取引をしたということではなく、国家間の政治的合意の成立を意味しているのである。そして、「合意は拘束する」(Pacta sunt servanda)という格言は、私法の分野にとどまらず、国際法の分野でも通用する原理原則である。共同声明は、政治的宣言を超えて、米朝両国を拘束する国際法上の意味を持つのである。
オバマ前米国大統領は、「核兵器のない世界」の実現を宣言したけれど、それは具体的相手のあるものではなかった。今回、トランプ氏は「北朝鮮の安全の保証」を、金氏は「朝鮮半島の非核化」を約束したのである。それぞれ、相手方に対して、約束違反を根拠として交渉するカードを付与し合ったのである。このことは、「両国の何十年にも及ぶ緊張と対立を克服し、新しい未来を拓く」ための大きな礎となるであろう。この合意に冷水を浴びせなければならない理由はない。
トランプ氏の約束
トランプ氏は、北朝鮮の安全を保障するとしている。武力攻撃をしないという意味である。一見、重大な譲歩をしているようではあるが、極めて当たり前のことを約束しているだけである。元々、米国に北朝鮮を攻撃できる根拠など存在しないのである。国連に加盟するすべての国の主権は平等であるし(国連憲章2条1項)、すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない(同2条3項)とされているからである。そして、北朝鮮が米国に攻撃を仕掛けたという事実もないのである。米国は、自分が気に入らない国家に対して、あれこれの理屈を弄して、武力攻撃を仕掛け、政権を転覆してきた。そのような行為はもともと許されていないのである。禁止されていることをしないというのは当たり前のことであって、別に大きな譲歩をしたというものではないのである。私は、トランプ氏の今回の言明を過小評価するつもりはないけれど、その内実についても着目しておきたいと思う。
金氏の約束
金氏は、朝鮮半島の完全な非核化を約束した。北朝鮮の言うことなど信用できないという言説もあるけれど、金氏も「合意は拘束する」という格言から免れることはできない。元々、北朝鮮が核兵器を開発してきた理由は、核兵器を持っていないと、米国によって政権転覆されてしまうという恐怖からである。その米国が「安全の保証」をしてくれるのであれば、核兵器保有の動機は霧消することになる。国際政治の不透明性は否定できないけれど、北朝鮮の核保有の動機を解消することができるのは、米国だけなのである。他方、米国も、北朝鮮の大陸間弾道弾による核攻撃を恐れなくて済むようになるである。金氏とトランプ氏は大きな取引をしたのである。そして、私たちも、米朝間の核戦争の悲劇から解放されるという成果を得ているのである。
どのように非核化するか
現在、国際法の世界には、核不拡散条約(NPT)が存在している。北朝鮮も加盟していたが、現在は脱退している。米国は、加盟国である。また、核兵器禁止条約(TPNW)も採択されている。「核兵器のない世界」に向けての法的枠組みは存在しているのである。北朝鮮が核不拡散条約に復帰する条件を確保すれば、北朝鮮の核についての問題は解決するのである。具体的手法は、核兵器禁止条約4条に規定されているのである。この条約の発効を急がなければならない。
ただし、米国を含む核兵器国の核兵器はそれだけでは廃棄されない。世界には14450発の核弾頭があるとされている。うち北朝鮮は10発から20発と推定されている(長崎大学核兵器廃絶センター)。「核兵器のない世界」の実現のためには、北朝鮮の核だけを問題にすれば事足りるとうことではないのである。そのためには、「俺は持つおまえは捨てろ核兵器」という不公平この上ない論理と、核兵器に依存しての国家安全保障(核抑止論)を乗り越えなければならない。ヒロシマ・ナガサキ・ビキニの被害体験を持ち、日本は、その運動の先頭に立つ責務があるといえよう。いつまでも安倍晋三に首相をさせておくわけにはいかない。