この標題は、浦田賢治先生(早稲田大学名誉教授・国際反核法律家協会副会長)の「日本の科学者」2019年1月号のオピニオン欄のタイトルである。先生は、日本反核法律家協会の理事をしておられるし、非核の政府を求める会の常任世話人などもしておられたから、憲法学者というだけではなく核兵器廃絶や憲法を生かす運動のブレーンという役割も果たしている。私もこの三十年近くいろいろな機会に先生の薫陶を受けてきた。
その先生が、南北や米朝の首脳会談が行われたことを踏まえ、核時代の現状をどう認識するか、そして、私たちの課題は何かというテーマで執筆しているのが、このオピニオンである。執筆時期は、2018年8月27日頃だけれど、ぜひ、皆さんと共有したいのでここに紹介する。
先生の問題意識
先生は、2018年8月9日の平和集会で田上長崎市長が、政府に核兵器禁止条約に賛同せよと迫ったことや核の傘に与することは「人道の罪」の加害者になりうると言及したこと、被爆者代表の田中煕巳さんが憲法9条の精神に触れたことなどを、核時代の法ニヒリズムとたたかうものと評価している。核時代の法ニヒリズムとは、核兵器の合法性を主張する核至上主義のイデオロギーであり、「核兵器は法を黙らせる」とする核時代の神話という意味である。先生の問題意識は、核廃絶と法ニヒリズムの克服なのである。
米朝首脳会談の評価
先生は、南北首脳会談の「板門店宣言」や米朝首脳会談の「シンガポール共同声明」を支援し、実現を希望するとしている。その上で、2017年末までの米朝関係について、国家安全保障担当補佐官ボルトンの直属の部下であるフレイツの見解を紹介している。彼は、トランプ大統領はオバマ前大統領の「戦略的忍耐政策」は失敗したとして、過激な現状変革を模索した。例えば「鼻血作戦」(北朝鮮のミサイル発射基地や格納庫を破壊し、金正恩を暗殺する作戦)を準備していた。このことは、北朝鮮の核戦略を外交交渉に転換させた。もしそのような作戦が実行されれば、北朝鮮は、在韓米軍基地だけではなく、沖縄や本土の米軍基地や日本海側の原発に対して「自爆攻撃」を仕掛けたであろうと分析しているという。
ところが、米朝共同声明によって、これらの悲惨な事態は当面回避されたのである。先生は、ノーム・チョムスキーを援用しながら、このことこそが「共同声明」の最も重要な意義だとしている。
また、先生は、トランプ大統領の初の国連演説(2017年9月19日)が「米国とその同盟国を守る必要に迫られた場合、北朝鮮を完全に破壊する以外の選択肢はなくなる」としていたことに触れながら、その完全破壊とは核兵器の先制使用も排除されていなかったとしている。
先生は、米国で反核活動を継続しているジョセフ・ガーソンの「シンガポール首脳会談が煽動的な炎と怒りの核威嚇からトランプを引き戻すことによって、少なくも当分の間は、大破局をもたらす戦争を防いだことを高く評価しなければならない」という言葉を引用しながら、米朝首脳会談が、軍事作戦から外交交渉へと歴史的な大転換をなす契機となったと評価しているのである。
私も、この評価には同意する。ただし、一つ加えたいことがある。それは、一部の日本人による在日朝鮮人に対する残虐行為も回避されたということである。
核時代の現状認識
先生は、われわれ人類は極めて危険な時代に生きているという。それは、ガーソンが指摘するとおり、すべて米国が人類絶滅戦争の準備を継続してきたことと深く関係しているというのである。
そして、ガーソンの「われわれは、ピョンヤンの核兵器が日本による征服と植民地支配、荒廃をもたらした朝鮮戦争、米国と韓国による政治体制転換への関与、米国による先制核攻撃の度重なる準備と威嚇、および米国の外交上の失敗、こうした事柄から生まれたトラウマから成長したことを知るべきである」という意見に賛意を表している。米国の外交上の失敗とは、クリントンとブッシュ1世が1994年の枠組み合意に失敗したこと、ブッシュ2世が金大中の太陽政策を拒否したこと及び包括的合意を拒絶したこと、オバマが「善意の無視」をしたことなどを意味している。
先生は「北朝鮮の核プログラムは金王朝とこの国の独立を保持するためのものである」というガーソンの主張に共感している。このことは、非核化と平和保証をどう実現するかということと密接に関連している。先生は、金委員長が重大な譲歩をする前に、休戦協定を平和条約に転換することを求めることに触れながら、前ロスアラモス研究所長ヘッカーの「北朝鮮は、米国が核威嚇を取り下げ、制裁を止める期間に応じて、①核兵器開発の凍結、②核施設と核兵器の不能化、③外交的な相互承認という段階をたどるであろう」という言説を紹介している。
そして、「共同声明」は核廃絶とは縁遠いかもしれないけれど、「板門店宣言」の背後には、核廃絶を志向する世論と運動がないわけではない。北朝鮮も核兵器禁止条約に署名し、批准すればヒバクシャと非同盟諸国の核兵器廃絶運動と連帯することもできる、という大胆な提起をしているのである。
日本の法律家の課題は何か
先生は、南北・米朝二つの首脳会談後の現在、日朝の国交正常化について、どうしたらいいのかと問いかけ、四項目の提案をしている。
第一、北朝鮮を国家として承認すること。1991年、南北朝鮮両国は全会一致で国連加盟している。しかし、現在に至るまで、日本政府は北朝鮮を国家承認していない。現在、国家承認している国家は195カ国(外務省HP)であるが、北朝鮮は国家という扱いをされていない。その理由は「国際法を遵守する意思と能力に欠ける」ということであるが、この理由付けは国際法上疑わしいので、国家承認をするべきであるというのである。
第二、日朝国交正常化の外交交渉を進捗させること。政府は拉致問題が解決しない限り国交正常化はしないとしている。解決するとは、全員を直ちに生きて返すこととされている。これは事実上も手続き上も無理なので、速やかに撤回すべきである。憲法の国際協調主義の立場にたって、新たな外交交渉に臨むことを求めるという提案である。
第三、歴史的事実を再確認する作業を進めること。朝鮮戦争の起源と日本の加担について、歴史的事実の再確認を行い、和解の方策が探求されなければならない。両国の関係当局者や知識人の役割が大きいだけではなく、民衆が公正かつ十分な情報提供を受け、歴史的転換に役立つ世論形成にあたることが必須であるとされている。
第四、2002年の日朝ピョンヤン宣言の到達点を確認すること。大日本帝国による植民地支配の謝罪、損害賠償、今後の経済協力など、一切の交渉内容が秘密にされている。今からでも遅くはない。「帝国の負債」を清算し、非核化を約束した北朝鮮に対する新たな外交戦略を練り上げなければならない。そして、日本国憲法の原理・原則に基づいて、米国一辺倒から中国・ロシア・イランとの国際協調へと舵を切るという提言である。
まとめ
日本反核法律家協会は、この三年間継続して「朝鮮半島の非核化のために」をテーマとして意見交換会を開催してきた。韓国の弁護士、朝鮮大学校の教員、在日の弁護士、国際法学者、平和学者などを報告者とするパネルであった(各意見交換会の報告は「反核法律家」を参照されたい)。その中で議論されたことは、この浦田先生の論稿と重なる部分が多い。外国文献の渉猟も含むこの論稿は、朝鮮半島の平和と非核化が「核兵器のない世界」のための大きなピースあることと、私たちの課題も大きいことを気付かせてくれる。とりわけ、日本の法律家にとって、核兵器を容認し、武力による紛争解決を排除しない 「法のニヒリズム」の克服が重要な課題であるとの指摘には襟を正したいところである。