はじめに
1989年11月20日の国連総会決議44/25の採択によって、児童の権利に関する条約(Convention on the rights of the Child,CRC)は制定された。本条約は、その制定から三十周年記念となる(※1)。今日、ほぼすべての政府(アメリカ合衆国を除く)は、本条約の権利を尊重、保護、促進することに約束をしている(※2)。これは、CRCを歴史上最も普遍的に承認された人権条約のうちの一つとしている(※3)。
この三十周年記念は、すべての人権を保護及び促進するために国際共同体の努力を高め、当該約束(commitment)を更新するための勢いをつくりだす。過去30年間で著しい進展が成し遂げられてきたのに対して、国連人権高等弁務官事務所(the Office of the UN High Commissioner for Human Rights)の声明文によれば、特に女子、障がいのある子ども、不利又は脆弱な状況に置かれている子どものために、重要な課題が残されている(※4)。
本稿の目的は、2011年福島事故の文脈において、子どもたちが直面している深刻な人権問題を簡潔に取り扱い、子どもたちに生じている被害(suffering)の法的評価におけるCRCの関連性を特に健康権を考慮して強調することである。
関連するCRCの規定
CRC第24条2項d号は、子ども及びその家族のために必要な保健サービス(母親のための産前産後のケアを含む)へのアクセスを保障することを締約国に命じている。子どもの健康、栄養、発達の重要な決定要素が母親の健康及び両親の役割に依拠していることは、良く知られている(※5)。
幼児及び子どもの死亡率に関する限り、社会権規約第12条2項a号は、締約国が「死産率及び幼児死亡率を低下させるための並びに児童の健全な発育のための対策」について必要な措置をとらなければならないことを規定している。それらの規定の曖昧さにも関わらず、児童の権利に関する委員会(Committee on the rights of the child)(以下,児童の権利委員会)は、「諸国家は子どもの死亡率を低下させる義務を有している」と明確に述べた(※6)。さらに、幼児及び子どもの死亡率を低下させる法的義務は、以下のように規定しているCRC第6条(生命・生存・発達への権利)によって確認されている。すなわち、「1.締約国は、すべての児童が生命に対する固有の権利を有することを認める。2.締約国は、児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する。」と。児童の権利委員会は、「子どもの身体的、心的、精神的、倫理的、心理的、社会的な発達を含む全体的な概念」として最広義の意味で「発達」を解釈することを国家に期待している(※7)。
放射線及び放射性降下物に直面している子どもたちの特別な脆弱性
いかなる場所においても、子どもたちは、毒物及び汚染の影響を受けている。これらの影響は、様々な被曝経路(routes)から、人生の様々な段階において異なる形態で具現化される(※8)。さらに、子どもたちは、より高水準の被曝をしており、その被曝に対して成人よりも敏感である。そのような影響は、不可逆的であり、一世代から次世代に引き継がれることになる(※9)。これは、CRC第3条1項によって規定されていること、つまり、CRCに規定される権利の解釈及び適用においては子どもの最善の利益が「主として考慮」(primary consideration)されなければならないという規定に明確かつ完全に違反することになる(※10)。米国小児学会(The American Academy of Pediatrics)は、2018年に、いくつかの細胞組織(tissues)(例えば、甲状腺、骨髄、乳房、脳)が成人よりも子どもの方がより放射線に敏感であり、子どもたちは、これらの細胞組織の放射線に関連する癌についてより高い危険にあると報告した。他の細胞組織は、成人よりも子どもの方がより敏感であるとされていない(例えば、肺や膀胱)(※11)。
2011年福島事故後の子どもたちの健康状況の法的評価
2011年福島事故は、原子力事故が引き起こす影響を受けた子どもたちの健康及び人権上の特定の課題に関する最新の事例である。フクシマの結果による健康権についての特別報告者であるアナンド・グローバー(Anand Grover)は、2013年に子どもたちが放射性ヨウ素の摂取によって生じる甲状腺癌の危険性が最も高いと述べた(※12)。およそ同時期に作成されたいくつかの報告書は、日本における幼児死亡率が上昇していると述べ、何千という子どもたちが前癌症状として分類されなければならない甲状腺腫又は甲状腺嚢胞と診断されている(※13)。また、子どもたちの甲状腺癌に関する最初に記録された事案もあった(※14)。
日本政府の福島に関する政策は、特に子どもたちの人権に関して、市民社会によって激しく批判されている。「ヒューマン・ライツ・ナウ」は、児童の権利委員会に対して2017年に提出した報告書において、日本政府が被害を受けた人々のための無料、定期的、包括的な健康診断(health checks)を設けることを一般的に怠っていると述べた(※15)。2018年10月の同委員会に対する報告書の中では、「3・11甲状腺がん子ども基金」(3.11 Fund for Children with Thyroid Cancer)は、現在福島県で採用されている健康調査制度は原子力事故の時に福島県内に居住していた子どもたちの甲状腺癌の発生率を正確に評価しているとは解釈されないとして、それを批判した。さらに、同報告書は、この制度が福島事故の間に福島県内にいたすべての子どもたちを追跡することを認めていないと主張した(※16)。
2019年1月に開催された会期において、児童の権利委員会のメンバーは、福島原子力事故に関連して日本代表団に対して複数の問題を提起した(※17)。これらの問題は、子どもたちの情報への権利、事故の結果及び長期間の健康観察に関する質問、福島の子どもたちの間での甲状腺癌率を考慮に入れて実施された手段を含む(※18)。2019年2月1日の報告書において、同委員会は、以下のような7つの勧告を日本政府に行なった。すなわち、「(a)避難地域での放射線被曝が子どもたちの危険要素について国際的に承認された認識と合致すること、(b)避難民、特に無指定区域からの子どもに対する金銭、居住所、医療及び他の支援を提供し続けること…(d)毎年1マイクロミリシベールトを超える放射線濃度のある区域において子どもたちのための包括的かつ長期的な健康診断を行うこと」である(※19)。
2019年3月に公表された最近の報告書において、グリーンピースは、現在の日本政府の政策が明確にCRCに基づく義務に違反すると主張している(※20)。その理由は、2011年原子力災害の結果として福島における放射線汚染に幼少期に晒されることを防止しなかったことにある。また、この(被曝を防止する)義務は、子どもの身体的インテグリティ(physical integrity)への権利から当然に生じ、出生前及び出生後の子どもは極度に被曝に敏感であることを考慮すれば、そのような被曝はすべての子どもが最高水準の健康への権利、生存権、最高度の発達への権利を実現するのをほとんど不可能にするという事実からも当然に生じることを想起し、CRC上の義務に違反するとしている。
結論
前述したことを考慮して、三十周年記念であるCRCは、例えば、この大災害の結果生じる人権違反の主張の評価に非常に適切であり続けていると結論づけることができる。また、前述から考えて、潜在的危険を孕んでいる原子力発電所は、子どもたちが健康で幸福に発達及び成長する環境をつくりだす義務とほとんど両立し得ないことは明白である。2011年福島事故は、このジレンマを良く表している。
初出・機関誌「反核法律家」100・101号