プロローグ
核政策法律家委員会(LCNP)の会長と事務局長の役職にある二人が、核兵器の管理と廃絶に関わる深刻な現状と重大な課題について発言している。国際連合総会の開催にあわせての発言である。二人とは、現会長ガイ・C・クインランと、最近就任したばかりの事務局長アリアナ・スミスである。前者は「米ロ間の新戦略兵器削減条約」の現況を論じており、後者は「核兵器及びその不使用と廃絶の法的規範」と題して語っている。いずれの発言も、これを広く紹介し反核法律家運動にとって適切な論評をするに値するものだ、とわたしは思う。そこで、まず発言の全文を紹介し、つぎに「命題」と「キーワード」を選択してその「注釈」を記述するという方式を採ることにした。前者のキーワードは、「新START」と「先制攻撃能力」である。後者のキーワードは、「核兵器の不使用」と「人種差別・家父長制・“例外主義”」である。
米ロ間の新戦略兵器削減条約の「期限切れごり押し」は核不拡散体制を危うくする
ガイ・C・クインラン/核政策法律家委員会会長/2020年10月
トランプ政権はこのほど、2021年2月に新戦略兵器削減条約(新START)の期限切れを認めた場合、核兵器保管庫からの取り出しや運搬車への搭載を、どれだけ迅速に行えるかを検討するよう軍に求めた。報道によるとその目的は、検証の強化などの米国側の要求が通らなければ条約の期限切れを許すとロシアを説得することだという。しかしこの交渉戦術は発想が貧困であり、極めて危険である。さらに核拡散防止条約(NPT)が規定する国際法に違反する危険性もある。
第一に、NPTによる制約を逸脱して配備されている弾頭数を増やす必要性は軍事的には全くない。軍の指導者たちは、現在配備されている数よりもさらに少ない数でも任務を遂行できると繰り返し述べてきた。報道で伝えられているトランプ氏の交渉戦略の目的は、新STARTの更新で検証を増やすことだとされているが、これを理由に新STARTをまったく更新しない理由にするのは不合理である。
更新を怠れば、既存の包括的な検証プログラムが失われ、透明性が大幅に失われ、事故や誤算によるリスクや戦争が増大することになる。さらに、大量の追加弾頭を配備すれば、ロシアも同様の反応を示すことになり、ほぼ確実に中国にも影響を与え、核軍拡競争の危険な新局面を迎えることになるだろう。彼らロシアと中国の核戦略は、米国が先制攻撃能力を求めているのではないかという恐怖によって主として形成されてきた。
抑止力の必要性とは明らかに無関係な新たな核弾頭の大規模な配備は、その疑念を裏付けるだけであり、偶然や誤算による戦争のリスクを再び増大させることになるだろう。トランプ政権の核戦略は、新STARTを失うだけでなく、すでに深刻なストレスにさらされている既存の核不拡散体制に深刻な、あるいは致命的な打撃を与える可能性がある。法的には、トランプ政権の強硬な交渉戦術は、軍拡競争の終結と真の核軍備縮小撤廃のための誠実な交渉を締約国に求めるNPT第6条の義務を著しく侵害することになりかねない。核保有国は、2000年と2010年のNPT再検討会議で、国家安全保障政策における核兵器の役割を減らすことを約束することで、この義務を肯定した。
それとは別に、現在の近代化計画でさえ手が届かないのに、結果的に軍拡競争が加速してしまうと、際限のない金食い虫を産むことになってしまう。新STARTは、米ロ間に残された最後の核軍備管理協定である。その期限切れを許すのは無謀であり無責任である。検証技術の進歩や他の幅広い軍備管理問題は、その後の協定交渉で追求することができるし、追求すべきである。しかし、その前に、新STARTの既存の安定性と透明性の利点は、速やかな更新によって維持されるべきである。
出典:Lawyers Committee on Nuclear Policy - LCNP.org.
Trump Administration's "Hardball" Negotiation Tactics on New START Risk Nonproliferation Regime, Guy C. Quinlan, LCNP President, October 2020.
新START
命題 ガイ・C・クインランは、トランプ政権による「新START:New Strategic Arms Reduction Treaty=New START)の『期限切れごり押し』は核不拡散体制を危うくする」と主張した。
注釈 では新START交渉の現況はどうなのか?米国のトランプ政権とロシア連邦のプーチン政権は、核弾頭数の増加凍結と新START延長で合意に近づいているように見える。交渉の妥協点を見つけることを諦めかけていたように見えた両陣営は数日後、そしてトランプ大統領が大統領選挙運動の最後の局面で彼に外交政策の勝利をもたらすために彼の側近に促しているように、この交渉での妥協の突破口はやって来たという。(The Washington Post,2020年10月21日による)。ロイター通信によれば10月2日、プーチンは、ロシアと米国が来年2月に期限切れとなる新STARTを、条件をつけずに少なくとも1年間延長することを提案していた。トランプ政権は16日、この提案を拒否した。
新STARTは、2011年2月5日に米国とロシア連邦の間で発効した軍縮条約である。戦略核兵器はアメリカとソ連の関係で語られたことが多く、米ソ間の核軍縮条約では射程500km以上を戦略核、それ未満のものを戦術核としていた。戦略核兵器は、戦術核兵器より威力が大きく、敵国の軍事基地や行政機関、人口密集地、エネルギープラントなどの比較的大規模な目標の破壊を目的とするとされてきた。ちなみに米ソ間の中距離核戦力全廃条約(INF:1988年発効)は、冷戦期のソ連と西欧との間で到達しうるミサイルを廃棄するものだった。この条約は、2019年2月1日に米国が条約破棄をロシアに通告し、破棄通告から6か月後の8月2日に失効した。
冷戦後の旧条約(START・1)(1991年)と比べると、新STARTは、米ロの戦略核弾頭の上限をそれぞれ1550に、ミサイル防衛(Missile Defense:MD)について、米国の対ロMD網の構築を制限しないこと、対ロMD網が配備された時にはロシアは条約を破棄することを合意した。これにより戦略核兵器の数は激減してきた。だが協定の延長ができなければ、米ロの戦略核兵器とその運搬システムの配備に対する制約がなくなる。冷戦後の軍拡競争を煽り、モスクワとワシントンの緊張をさらに高めることになる。
この視点からみれば、新STARTの『期限切れごり押し』は、核不拡散体制を危うくするばかりではない。むしろ核兵器態勢の行方こそが重要な問題であろう。米国の「核態勢の見直し(2010年NPR)」で『(アメリカは)現時点ではまだ、核攻撃の抑止を核兵器の唯一の目的とする普遍的政策を採用する準備ができていない』とした。オバマがこの政策の見直しを試みたが、ブッシュ政権もトランプ政権も、ここでいう核攻撃の抑止を「唯一の目的とする」政策をとっていない。また核兵器態勢の行方には、『先制使用』か『先制不使用』かという論点が存在する。
先制攻撃能力
命題 ガイ・C・クインランは、こう述べた。「ロシアと中国の核戦略は、米国が先制攻撃能力を求めているのではないかという恐怖によって主として形成されてきた。」と。
注釈 この発言の文脈で読めば、先制攻撃能力とは主として先制核攻撃能力を意味すると思われる。だが先制攻撃は広義には、攻撃者に対する敵の報復を効果的に防ぐためにする、敵の軍備に対する先手の攻撃である。先制攻撃が成功すれば、発射準備の整った敵のミサイルを無力化し、敵の兵器備蓄庫や発射施設を標的にすることで、相手が反撃の準備をするのを防ぐことができる。しかし先制攻撃能力をめぐる議論の中核は、まずは先制核攻撃に絞られてきた。
冷戦の大部分を通じ、米国とソ連は相互確証破壊(Mutual Assured Destruction:MAD)として知られる核戦略を実践していた。1980年代、米大統領レーガン(1981年1月―1989年1月在任)がSDI(Strategic Defense Initiative)と呼ばれる宇宙空間を利用したミサイル防衛システムの開発を決定した。このことで、MADは核紛争を防ぐための有効な手段であると考える人々の間で懸念の声が上がった。「スター・ウォーズ」と呼ばれたSDIシステムは、目標に向かっているソ連のミサイルを米国がノックアウトすることを可能にした。ソ連の報復を気にせずに済むため、米国は本格的な先制攻撃能力を手に入れることができた。しかし、このシステムは技術的な問題に悩まされ、標的の特定、追跡、破壊が困難であった。1991年にソ連が崩壊したことで、冷戦時代の激しい核競争に終止符が打たれた。だが、米国もロシアも今でも核による先制攻撃を開始する選択肢を留保している。ロシアは限定的な条件下では核の先制使用を認める指針を発表した。「核抑止力の国家政策指針」(2020年6月2日署名)である。
ちなみに、核兵器開発の動きを示した敵国を制止するため先制攻撃がなされたという事例もある。例えば2007年9月5日から6日かけての夜間、イスラエル空軍が建設中のシリアの原子炉を攻撃し、破壊した。それによりシリアの核開発の援助国は北朝鮮とする情報が浮かびあがった。米国は北朝鮮にたいして一定の場合には先制攻撃するぞと脅している。またインドはこのほど、核兵器の先制不使用の方針を再確認した。中国は先制不使用の方針を宣明してきたが、現在台湾海峡における軍事緊張が高まる中、「先制不使用」の見直しを正面から提起する文章が『環球時報』(中国共産党機関紙の姉妹紙)にでており、今後先制不使用方針を維持していくかどうどうか、未確認である。トランプ政権下ではすでに、非核兵器国に対しては核兵器を使用しないという意味での先制不使用政策を維持していない。核開発をしていると見做してイランに対して核兵器を使用するぞ、と威嚇しているのはその証である。しかも現在の戦争はサイバー攻撃を含むハイブリッドの戦争である。イランによる米軍偵察機の撃墜をめぐっては、米国が2019年6月20日、イラン軍のミサイルシステムなどに対しサイバー攻撃を行なっていたと、BBCが報じた。
北朝鮮の核武装化を背景に現在日本では、先制攻撃禁止のルールを破る動きが進んでいる。msn(『毎日新聞』デジタル版)は、日本は既に「敵基地攻撃能力」を保有している、なし崩しの専守防衛逸脱は危険、憲法論議が不可欠だと報じている(2020年8月1日)。米国は「武力攻撃が発生した場合」に限る国連憲章51条のルール(先制攻撃禁止のルール)を破っている。先制攻撃禁止のルールの起源は、戦略爆撃による民間人の大量殺戮に至る世界大戦の歴史的な教訓である。その教訓にヒロシマ・ナガサキの原爆投下という原罪のことを重ねてみよう。武力攻撃の「着手」を「発生」と定義する説は、歴史の教訓に学ばない邪説であろう。こう考えるなら、日米安保のもとで安全保障論を構築することは決して正解ではないだろう。
国家戦略の策定は帝国の興亡が織りなす人類史の流れの解読を前提とする。帝国日本が侵略した中国は、すでに「アジアの覇者」としてふるまっている。日米豪印4ヶ国の「自由で開かれたインド太平洋構想」で中国に対応して行けるだろうか。疑義なしとしない。とすれば見方を変えて、軍事力に偏る国家安全保障論にとって替わるもの、すなわち日本国憲法の不戦・非軍事・平和的生存権保障の大道を真摯に探究すること、これこそ喫緊の課題である。この大道こそ真に平和を愛する世界人民の安全・幸福・繁栄に貢献するものではなかろうか。
国際連合総会・第一委員会(軍縮・国際安全保障)での発言
核兵器及びその不使用と廃絶の法的規範
アリアナ・スミス/核政策に関する法律家委員会・事務局長/2020年10月13日
議長、ならびに著名な代表者のみなさま
不確実性と不安が私たちの現在の環境を規定しています。パンデミック、経済の破壊、気候変動が引き起こした災害は、私たちの社会の脆弱性と不公平さをさらに明らかにしただけでなく、潜在的な紛争、特に気候変動による移住の新たな原因をも明らかにしました。これらの状況は、遅すぎたとはいえ私たちが次の世代に残すべき世界のあり方に焦点を当てるようにせまってきました。だが、そのために必要な作業は次の世代のためではなく、今の私たちのためのものです。それゆえ核兵器使用の脅威と危険は、今の私たちの世界の一部であってはならないのです。
核兵器の不使用をわれわれは、道徳的、政治的、法的な規範であることを普遍的に受け入れなければなりません。2017年に採択された核兵器禁止条約は、国連人権委員会の2018年の明確な知見と同様に、この規範を強調しています(1)。「大量破壊兵器、特に核兵器による威嚇または使用は、その効果が無差別的であり、壊滅的な規模で人間の生命を破壊する性質のものであり、生命の権利の尊重とは相容れず、国際法の下で犯罪に該当する可能性がある。」
原注:Note 1,General Comment no. 36, CCPR/C/GC/36, 3 September 2019, para. 66.
核兵器の不使用の必須条件は、レーガン・ゴルバチョフの言葉、すなわち「核戦争に勝者はいない、決して戦ってはならない」という言葉の根底にあります。世界は、計り知れない破壊力を持つ核兵器を永続させるための数兆ドル規模の計画ではなくて、計画的に核兵器を削減し、廃絶するプロセスを必要としています。これを達成するための唯一の正しい方法は存在しないけれども、それは検証可能で、不可逆的で、法に従わなければなりません。数十年前からそうであったように、2つの核兵器を管理し、削減することが急務です。ロシアとアメリカが保有する最大の武器です。
しかし、それだけでは不十分であり、最終的には多国間の核軍縮交渉を開始する方法を見つけなければならない。しかし、それだけでは不十分であり、ついには多国間の核軍縮交渉を開始する方法を見つけなければならないのです。最後に、核兵器体制は、その発足以来、人種差別、家父長制、「例外主義」という誤った主張によって形成されてきました。人種的正義の(実現の)ため長い時間をかけた清算が行われている中で、第一委員会は、我々が共有してきた植民地主義の歴史が、世界軍縮フォーラムで、その歴史のダイナミックな動きがいまなお続いていること、しかも核兵器保有国に対して、法の下での約束を守り、核軍縮と一般軍縮の両方を交渉することを求め続けていること、とりわけ非核兵器国にとって、どのように影響を与えているかということを、明確に認識すべきであります。
核兵器の不使用
命題 事務局長アリアナ・スミスは、こう述べた。「核兵器の不使用をわれわれは、道徳的、政治的、法的な規範であることを普遍的に受け入れなければなりません。」と。
注釈 この命題の目的語である「核兵器の不使用」という言葉は、その概念が定義されていない。だからアリアナ・スミスの主張を「核兵器の不使用」という概念の論争史のなかに位置づけようとしても、極めて難しい。だが最も広い意味でとらえるなら、この言葉を朝鮮戦争勃発の前夜1950年3月以後の文脈に位置づけることができる。東西冷戦のさなか衝撃的な力を発揮したのは「ストックホルム・アピール」(仏語:L'Appel de Stockholm)であろう。その運動は世界平和評議会が決議し、フランスの物理学者ジョリオ・キュリーを先頭に始めたもので、2億7347万人の署名を集めた。(Encyclopadia Britannicaによる)「ストックホルム・アピール」は、つぎの2つの要求を含んでいる。①我々は、人民への威嚇と大量殺人の道具である核兵器の非合法化を要求する。②我々は、いかなる国に対しても、原子爆弾を最初に使用する(first uses atomic weapons)政府は、人道に対する罪を犯しており、戦争犯罪者として扱われるべきであると確信する。
核兵器の非合法化と犯罪化を目指す道のりは、以来70年の長きにわたり持続し現在に至っている。「核兵器の不使用」の狭い意味である核の「先制不使用(no first use)」政策につては、すでに述べたとおり。すなわち中国とインドをあえて含めるなら、イスラエル、パキスタン、北朝鮮のほか、米国、ロシア、英国、フランスという核武装した諸国がみな、「核兵器の先制不使用」の政策を拒否していることになる。こうした現実世界の総体に切り込む厳しい言葉が「核兵器の不使用」であると、彼女は考えたのであろうか。
だがアリアナ・スミスの命題の読み方を変えて、その目的語と述語に注目してみる。「われわれは、道徳的、政治的、法的な規範であることを普遍的に受け入れ」るべきだというものである。そうしてみれば、つぎの命題をわたしは想起する。われわれは「核兵器の威嚇と使用に対抗する法的・道徳的・政治的規範」を強化するというものである。この目的語は、「核兵器の威嚇と使用に対抗する」規範である。その述語は「強化」するである。
これは実は、「国際反核法律家協会(IALANA)」の今後5年から10年の優先事項」を記述したプロジェクトの一つにほかならない。そこには、つぎの記述がある。「核兵器の威嚇や使用に対する規範」には、「国際人道法、平和と安全の法、人権法、未来の世代を守る法に基づいて、核兵器の威嚇や使用を禁止するための既存の法が存在して」いる。特に、1996年の国際司法裁判所の核兵器の威嚇又は使用の合法性に関する勧告的意見、2017年の核兵器禁止条約(TPNW)、および2018年の国連人権委員会の生命の権利に関する一般コメント36(1996年の市民的及び政治的権利に関する国連規約(ICCPR)第6条)に反映されている。「この法は、核兵器の威嚇と使用に対する道徳的・政治的規範を再構築し、強化し、さらに発展させるために、IALANAが使用するものとする。これは核兵器のさらなる非合法化に貢献し、地域的、世界的な取り組みに貢献することになるであろう。」
さらに言えば、ここにいう国連人権委員会の2018年の明確な知見は、核兵器の威嚇または使用は、国際法の下で犯罪に該当する可能性がある」と述べている。なぜなら、「その効果が無差別的であり、壊滅的な規模で人間の生命を破壊する性質のものであり、生命の権利の尊重とは相容れ」ないからだと、述べている。また、「国際的責任の原則に従って、大量破壊兵器の実験又は使用によって生命の権利が不利な影響を受けた、又は受けている犠牲者に対して、適切な補償を行うこと」にまで言及した。この一般的意見は、1982年と1984年にそれぞれ委員会が採択した以前の一般的意見第6号(第16会期)と第14号(第23会期)に取って代わるものである。
われわれは国連人権委員会のこの知見を通じて、たとえそれが「可能性がある」と言及するにとどめたとはいえ、核兵器の犯罪化を目指したゆまぬ努力が進展してきたこと、その歴史的事実の存在を見出してそれを希望の星の一つに数えることもできるだろう。
人種差別・家父長制・「例外主義」
命題 アリアナ・スミスはこう述べた。「核兵器体制はその発足以来、人種差別、家父長制、『例外主義』という誤った主張によって形成されてきました。」
注釈 今年10月25日に発効が確定した核兵器禁止条約、その形成過程で育った彼女は「発言」で、核のイデオロギー批判を強調したかったようだ。
そうした批判の前提には、そもそも太平洋戦争の性格をどう見るかという問題がある。米国の歴史学者ジョンW.ダワーは、太平洋戦争における人種差別を実証し、鋭く批判した。(※1)
原子爆弾は、白色人種ヒトラーの国ドイツでなく黄色人種の国日本に投下された。原爆使用の決定は、核に関する秘密協定(ハイドパーク協定)でなされた。1944年9月18日、米国大統領ルーズベルトと英国首相チャーチルは、ニューヨーク州ハイドパークで会談した。これに先立ち、デンマークの理論物理学者のニールス・ボーアNiels Bohrは同年8月大統領と会談し、戦後の核兵器を管理する国際的な体制を提案した。米英両首脳は、ボーアが提案したソ連との協力を伴う他の計画を拒否した。両首脳間の秘密のメモからすでにハイドパーク協定で、もし原爆が開発された場合には、日本が標的となることが確認されている。ルーズベルトは1945年4月12日に死去した。ルーズベルトの後を継いだ大統領トルーマンはマンハッタン計画の存在を知らされ、ドイツが降伏した5月の3か月後、日本への原爆投下を承認した。米英首脳の人種差別主義、これが核兵器体制を設計し誕生させた。
人種差別の事例はあまたある。一例だけをあげよう。原子力科学者のグループは最近、「原子力科学者会報」誌に反人種主義的行動の呼びかけを掲載した。そこで研究者とその同僚に、原子力分野の歴史の中で長い歴史の中で受け継がれてきた人種格差と不公平に立ち向かうよう促した。曰く。「人種差別と植民地主義は、核兵器の製造と実験に関連した環境や健康への負担をどの国や地域社会が負うかに影響を与えてきた。」「これらの力はまた、どの国が原子力発電の経済的利益を享受してきたか、どの国が核軍縮協議の席に座ってきたかを決定するのにも役立ってきた。そして今日、有色人種の人々は、原子力科学や他のSTEM(※2)分野と同様に、教育面や職業面での障壁に直面し続けている。」(※3)
人種差別の反対運動は、奴隷制度や植民地主義を容認してきた歴史を見直す動きに進んでいる。2001年に南アフリカのダーバンで国連が開いた世界会議は、奴隷制度を「人道に対する罪」と糾弾し、植民地主義が人種主義、人種差別をもたらしたと宣言(ダーバン宣言)に明記した。
家父長制
レイ・アッシェン Ms. Ray Achesonは、婦人国際平和自由連盟(WILPF)軍縮プログラム「臨界の意志に到達する」の事務局長である。彼女は「ジェンダー、開発、核兵器」について、こうのべた。キャロル・コーン博士Dr. Carol Cohnがジェンダーと核兵器に関する画期的な研究を発表してから30年が経った。コーン博士は1987年に「核戦略分析との密接な出会い」についての一連の記事を書いた。それから約20年後、彼女は核兵器とジェンダー化された「男性的な強さ」の概念との関係について、さらに詳しく書いている。核兵器の使用を厭わないということは、国を「守る」ために「十分な男」であることを意味するという考え方である。現在の例としては、核兵器廃絶の推進者(あるいは核兵器の人道的影響について議論することさえも)は、非現実的で非合理的であり、「感情的」で「女々しい」と見下されている。これは階級的な家父長制class patriarchyである。(※4)
家父長制はフェミニズムによって批判されてきた。フェミニズムはジェンダーの平等を主張する。国際レベルでは、20年前の2000年に国連安全保障理事会(決議 1325)で採択された「女性、平和と安全保障(WPS)アジェンダ」がある。WPSアジェンダは、武力紛争が女性に与える不釣り合いな影響を初めて認識し、紛争予防と和平プロセスにおける女性の役割が過小評価され、十分に活用されていないことを認めた。WPSアジェンダの具体化にも触れて、国際平和研究所のマリーリア・ハッシャは、今年、「ジェンダーと安全保障の関連性」について書いた。フェミニズムは核兵器に対する考え方の転換を提供していると言う。
この議論によれば、COVID-19のパンデミックは、世界秩序の変化について、来るべきものの一例に過ぎないかもしれない。だがもし核の分野にとって、国内政府機関および国連やNGOなど国際レベルで女性がポストにつくこと、そして核の議論で女性が新しい考え方や革新的なアイデアを出すことがあれば、核政策の転換に貢献するだろうと考えることもできる。(※5)例えば、国際連合事務次長として軍縮担当(UNODA)上級代表を務める中満泉の働きは、その貢献の象徴であろう。
「例外主義」
アメリカ例外主義は「アメリカ主義」というイデオロギーの一種である。例外に対する原則は何かといえば、18世紀末までに、英、仏、西など西ヨーロッパ大陸の帝国諸国が封建制から資本制に移行した歴史のことである。17世紀にピューリタンを新世界に導いたと言われる人物はジョン・ウィンスロップ(マサチューセッツ湾植民地知事)である。彼は、下から見上げる「丘の上の町」(キリスト教愛のモデル)を説いた。彼はまた、異教徒の先住民たちが疫病で死滅していくことを、神の摂理として受け止めた。19世紀半ば以降、「文明の西漸説」に基づいたマニフェスト・デスティニー(明白なる運命)説とあいまって、例外主義は、合衆国によるテキサス共和国の併合を支持した。20世紀以降になると、アメリカは世界諸国の中でも例外的な立場にあり、国際法がアメリカの利益に供する場合を除いてそれに縛られるべきではないという信念を表現するようにもなった。
キリスト教神学者のバートン L・マックの解説がある。それはアメリカ例外主義の肯定的評価を紹介する。その心は、キリスト教神話(絶対的な権力の論理で人類をキリスト教と異教徒に分ける)と資本主義の神話(富の蓄積で成功するためにすべての価値観を縮小する)が、多文化社会民主主義の概念と、グローバル時代に社会的結束と国境を越えたネゴシエーションを促進するために今必要とされる人間の価値観の範囲とを、結びつけているからだという。(※6)
しかしながらアリアナ・スミスは、カッコつきの「例外主義」は誤った主張だとする。この立場からすれば、アメリカ例外主義という言葉は今や、アメリカの政治の批評家からは否定的な意味で使われる。例えば政治学者のエルドン・アイゼナハは、21世紀のアメリカの例外主義は、反動的な神話としてポストモダンの左翼から攻撃を受けてきたと主張している。(※7)今、トランプ政権が重視しているのは、権力、富、国防、そして核兵器である。ドイル・マクマナスは、アメリカの例外主義の(所定の)特徴に言及して、「ドナルド・トランプはこれらを放棄し、その代わりに『アメリカ第一主義』という古い利己主義のスローガンを復活させた。それは災難につながる可能性がある」と指摘している。(※8)
「例外主義」の誤った主張の実例は、「最悪の事態に陥った米国の例外主義」である。それはマーシャル諸島における核実験と気候変動にみることができる。Beyond the Bomb(戦争超越運動)のジョルジア・ピアンタニダは、つぎのとおり告発している。すなわち、米国はマーシャルの人々に暴力を振るった。その最初の行為は彼らの土地で核兵器の実験をしたことだった。1946年から1958年までの間に、米国はマーシャル諸島で計67回の核実験を行った。米国が行った核実験は、核廃棄物と放射能を残し、実験場は生活できない場所になってしまった。米国には、その不注意な制度的暴力によって害を与えた人々を保護する義務がある。マーシャル難民は、アメリカに移住して新しい家を建て、新しい生活を送るための資金を受け取っていない。本来の「罪」は欧米諸国、特に米国の行動にある。にもかかわらず、米国は無防備な人々と国を利用してきた。米国には、その不注意な組織的暴力で傷つけた人々を保護する義務がある。(※9)これが住民の告発だ。
終わりの言葉を書いておきたい。核サイクルはウラン鉱山採掘に始まり、核実験など核を利用するすべての場面で甚大な核被害をもたらしてきた。『核のない未来を!ヒロシマから世界へ:届けよう各被害者の声を!』と題する報告書が2020年7月に発行された。(※10)そこには、米ウラン鉱山先住民のペトゥーチ・ギルバートの報告やインド・ジャールカンド反放射能同盟の報告:ウラン採掘現場からの報告が載っている。米国ウラン生産地の「死の地図」と地表水も地下水も汚染のこと、また何も知らされなかったインド住民の悲劇と闘いのことなどが、収められている(上掲書48-59頁)。「核エネルギー循環」が核被害者の生活・健康と生命を侵害する犯罪であること、このことをまざまざと感じ、知ることができる。
エピローグ アリアナ・スミスからぼく宛ての、LCNP新事務局長の就任あいさつを、10月下旬に受信した。曰く。LCNPは、「あなたのような平和と正義を愛する人たち」の献身なしには成功することができません。今の時代は様々な面で困難な状況が続いていますが、ピーター・ワイス名誉会長の言葉は真実です。「希望に代わるものはありません!平和と軍縮を支援しましょう。」ぼくも、この言葉に同感である。