バイデン氏の発言(※i)
次期アメリカ大統領ジョセフ・ロビネット・バイデン・ジュニア(ジョー・バイデン)氏は、10月22日のトランプ氏とのテレビ討論で「トランプ氏は、(核開発に突き進んだ)北朝鮮に正当性を与えた」、「トランプ氏は、悪党を仲間だと言っている」と発言している。更に、欧州諸国のナチス・ドイツへの宥和政策を念頭に「われわれはヒトラーが欧州を侵略するまで友好関係にあった」と述べ、トランプ氏の対話重視の北朝鮮政策を批判している。その上で、金正恩氏と会談する条件として「核能力の引き下げに同意すること」を挙げ、「朝鮮半島を非核地帯にすべきだ」としている。
バイデン氏は、トランプ氏の対北朝鮮政策には批判的であるだけではなく、金氏をヒトラーになぞらえ「悪党」だとしているのである。(子)ブッシュ大統領が北朝鮮などを「悪の枢軸」と決めつけていたことを思い出す。金氏は身構え、米朝間に緊張がもたらされるであろう。
トランプ氏は「北朝鮮問題は(オバマ前大統領が残した)厄介事だった」と強調。核戦争の勃発を懸念していたオバマ氏の予想と異なり「戦争は起きていない」と語り、正恩氏と3度の首脳会談を行って良好な関係を築き、数百万人が死亡する事態を避けたと反論している。
私は、トランプ氏のほかの政策はともかくとして、対北朝鮮政策は高く評価している。朝鮮半島での「熱戦」を避けただけではなく、米朝の宥和を進めたからである。現在、その宥和は滞っているけれど、トランプ氏の功績が消えるわけではない。
バイデン氏はその到達点を引き戻そうとしているのである。北朝鮮には「核能力の引き下げ」を注文するけれど、自国の核抑止力は維持するとしているし、日本や韓国への「核の傘」については何も言っていない。これでは、金氏は「核能力を引き下げる」どころか、反発を強め、核実験や長距離ミサイル実験の再開をするであろう。こうして、朝鮮半島の非核化は遠のくことになる。
私は、バイデン氏に朝鮮半島の非核化や平和をもたらす意思や能力があるとは思わない。彼は、オバマ大統領の副大統領ではあったが、「核なき世界」については沈黙している。そもそも、彼には「核なき世界」を実現する意思はないかのようである。
今後、「狂ったおいぼれ」に取って代った(もっと高齢の)「居眠りジョー」が「ちびのロケットマン」を挑発し、日本政府とマスコミはそれに合わせて北朝鮮脅威論を再び煽り立てるであろう。人々は北朝鮮(ついでに韓国)を憎み、安全のために自由を引き渡し、偏狭な愛国心がはびこるであろう。北東アジアの安全保障環境は悪化し、改憲が言い立てられ、「熱戦」への準備が更に進むことになる。「核の傘」をさしかけてくれるアメリカへの服従が極大化するであろう。そんな悪夢が正夢になることは絶対に避けなければならない。
ところで、北朝鮮は核兵器を開発し実験もした。それが私たちの脅威であることは間違いない。その脅威を解消しようとしたのがトランプ氏である。現に、北朝鮮は核実験を停止している。ブッシュ、クリントン、オバマの歴代大統領ができなかったことをトランプ氏がやったのである。トランプ氏と金氏の「信頼関係」が継続する限り、私たちは北朝鮮の核兵器使用を恐れる必要はなかった。アメリカの民衆も南北朝鮮の民衆もそして私たちも「核の業火」から免れることが出来そうになっていたのである。加えて、戦時に予想される在日に対するいわれなき襲撃の心配もなかったのである。バイデン氏は、その対話重視の宥和政策を止めるというのである。バイデン氏は核戦争の危険を再燃させるであろう。私はこういう存在こそが「悪党」だと思う。
北朝鮮はアメリカの核攻撃の脅威にさらされてきた
1950年に開始された朝鮮戦争の際、マッカーサーは北朝鮮に対する核攻撃を計画していた。「30発から50発の原爆を満州の頚状部に投下すれば、10日以内に勝利できる」、そうすれば「少なくとも60年間は北から朝鮮を侵攻する余地がなくなる」という発想である(※ii)。1951年4月には、沖縄に核弾頭付き爆弾が沖縄に送られたという(※iii)。それが使用されることはなかったけれど、北朝鮮が核による殲滅から免れたのは紙一重であったといえよう。さらに、1953年、休戦協定が締結されるけれど、4年後の1957年、アメリカは、休戦協定に違反し、核弾頭弾や地雷、ミサイルを韓国内の米軍基地に持ち込んでいる。1991年、核兵器が韓国から撤収されても、米軍は北朝鮮を標的とした長距離ミサイルの演習を続行している。2017年2月、トランプ氏は北朝鮮に対する先制攻撃計画を作るように指示を出し、同年10月には、爆撃機を使ったシミュレーションが行われている(※iv)。北朝鮮は、この70年間、アメリカの核攻撃を含む脅迫にさらされ続けているのである。
その北朝鮮が、その脅威と対抗するために、核兵器の「抑止力」に頼ったとしても、「別に驚くことではない」(※v)。核兵器を持たなかったイラクやリビアが、アメリカによって解体されてしまっていることを見れば、北朝鮮の選択は不合理とはいえないであろう。
先に、核脅迫を行い、それを継続しているのはアメリカであることを無視してはならない。アメリカが北朝鮮の核やミサイルが脅威だというのであれば、北朝鮮敵視政策をやめればいいだけのことである。北朝鮮が核に依存するのは、アメリカに体制転覆されるのが怖いからである。アメリカが、世界各地で気に入らない政権を力で転覆してきたことは、誰でも知っていることである。北朝鮮にそんなことはしませんと保証してやればいいだけの話である。バイデン氏が金氏を「悪党」呼ばわりするのは筋違いである。
「休戦協定」から「平和条約」へ
孫崎亨氏は、キッシンジャーの「どんな紛争も国家の生存の問題を含まない枠組みを作ることが、米国外交の仕事である」と言葉を紹介しながら、これを北朝鮮との関係に当てはめれば「互いに武力行使をしない」という「平和条約」を作ることだと言っている(※vi)。朝鮮戦争の「休戦協定」を「平和条約」、「講和条約」にするという提案である。私もこの意見に賛成である。北朝鮮はこれを望んできたけれど、アメリカはそうしようとはしていない。イランや北朝鮮という「ならず者」、「悪党」が存在した方が、国際関係上も国内統治にも金もうけにも都合がいいからである。日本政府にとっても同様である。北朝鮮という「国難」が存在することにより、治安体制や軍事力の強化の理由にできるし、「防衛産業」が喜ぶからである。
そもそも、アメリカにとって、北朝鮮が核やミサイルを持っていようがいまいが、「金王朝」そのものが気に入らないのであろう。自分にしっぽを振らないからである。他方、金氏からすれば、自分の命が奪われる位なら「死なばもろとも」と考えるであろう。キッシンジャーは、そのような事態を避けるために「国家の生存の問題を含まない枠組み」を提案しているのであろう。バイデン氏のスタッフにそのような人物が存在することを祈りたい。
小括
私は北朝鮮の核もミサイルも廃棄して欲しい。けれども、北朝鮮を脅したり、制裁しても効果がないだろうと思っている。効果がないことは現実が物語っているからである。そもそも、脅かせば人は動くという考えが甘い。北朝鮮には、国土もあれば政府もある。約2515.5万人が生活している(2015年,国連経済社会局人口部)。その事実を認め、国連憲章が想定する対等な国家間の関係を築き、粘り強い交渉を継続することこそが、問題の根本的解決につながるであろう。残念なことに、バイデン氏はそうは考えていないようである。
けれども、私は、敢えて、彼に期待したい。「朝鮮半島の非核化」をいうだけではなく、実現することである。朝鮮半島の非核化とは、北朝鮮の核兵器がなくなるだけではなく、日本や韓国に差し掛けられているアメリカの「核の傘」をなくすことも意味している。そして、アメリカによる北朝鮮への核兵器の先制不使用宣言や非核兵器に対する核兵器使用はしない宣言などが含まれるべきである。それは、アメリカにしかできないことである。
私は、バイデン氏に、かつての上司であるオバマ大統領の「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任があります。米国だけではこの活動で成功を収めることはできませんが、その先頭に立つことはできます」というプラハ演説を思い出しながら執務にあたってもらいたいと思う。
核兵器使用が何をもたらすかは被爆者の証言に明らかである。核兵器禁止条約は、そのヒバクシャの「容認しがたい苦痛と損害」を踏まえて制定されている。バイデン氏はこの条約に敵意を抱いているかもしれないけれど、せめて、核兵器使用の実相を学ぶことはして欲しい。広島や長崎を訪れ、世界各地の被爆者の声に耳を傾けて欲しい。その上で、自らの核兵器観を再考してもらいたいと思う。
それは、史上最高齢で大統領に就任するバイデン氏の最後の仕事にふさわしいであろう。