核政策法律家委員会(LCNP)(※1)
(訳:森川 泰宏)
米国の戦略態勢を再検討する米国議会戦略態勢委員会は、2023年10月12日に最終報告書を公表した(※2)。委員会を構成する12名の委員のうち、9名は防衛関連企業と直接的な金銭上のつながりを有しているか、兵器製造業者から一部の資金提供を受けるシンクタンクと雇用関係にある(※3)。委員会は、米国に匹敵する核戦力を保有する二つの敵対国、すなわち、ロシアと中国による同時攻撃に米国が直面する可能性があるとの過大なリスクを誇張する見解に基づいて、米国の核戦力の強化と拡充を求めている。委員会によれば、「ロシアの核の脅威を抑止し、またはこれに対抗するために必要な核戦力が、同時に中国の核の脅威を抑止し、またはこれに対抗するのに十分なものであるとは」もはや想定できない。「核戦力の規模と構成は、ロシアと中国による同時侵略を考慮しなければならない」という(※4)。
そのために、委員会は、米国の核戦力を強化するための数多くの提案を勧告している。その提案には、現在進行中である核兵器の近代化プロセスの強化と加速、すなわち、追加の核弾頭製造能力の向上、「柔軟性」を向上させる「戦域射程」の核兵器の開発、B-21ステルス爆撃機、オハイオ級核弾道ミサイル〔原子力〕潜水艦、および長距離巡航ステルス核ミサイルの〔生産・配備〕計画数の増加、地上配備型大陸間弾道ミサイル(ICBM)に複数の弾頭を搭載する準備、そして、移動式地上配備型ミサイルの開発の検討などが含まれる(※5)。また、委員会は、ロシアと中国からの攻撃を阻止できる防空・ミサイル防衛能力の開発と配備も提案している(※6)。
このように提案されている戦力増強は、核兵器不拡散条約(NPT)の義務に違反し、同条約を損なうものである。NPTは、既に複数の要因により厳しい緊張にさらされている。2000年と2010年のNPT再検討会議における最終文書では、軍縮の進展に対する非核兵器国の不満に応える形で、核兵器国自らが「核兵器が使用されるリスクを最小限に抑えるために、安全保障政策における核兵器の役割を低減すること」、そして、核兵器の「完全廃絶」につながるプロセスに取り組むことを約束している(※7)。提案されている戦力増強は、これらのコミットメントに明らかに違反する。実際に、核兵器の役割を低減するというコミットメントに反して、報告書では、十分な通常戦力が得られないのであれば、「機に乗じたあるいは同時的な侵略を抑止し、またはこれに対抗するために、核兵器への依存度を高めるべく米国の戦略を変更する必要がある」との明示的な言及がなされている(※8)。米国科学者連盟(FAS)の〔シニアフェローである〕マウント(Adam Mount)が指摘するように、提案されている戦力増強は、「核兵器への依存を減らし、より柔軟と考えられる非核の選択肢を支持するという、民主・共和両党の大統領により数十年にわたって実践されてきたイニシアティブを覆すことになる」のである(※9)。今この時点で、NPTの主要なコミットメントを否定することは、NPT、ひいては核不拡散レジーム全体に深刻かつ致命的なダメージを与えることになりかねない。
提案されている戦力増強の実施は不要である。約1800発の運搬可能な戦略弾頭に加え、数百発の追加弾頭を備える米国の核戦力(※10)は、ロシアと中国との両国を抑止するのに十分なものであり(※11)、〔オースティン(Lloyd Austin)〕国防長官が正しく述べたように、安全保障は「単なる数の帳尻合わせではない」し、「そのような考え方はリスクの高い軍拡競争の引き金を引きかねない」のである(※12)。サリバン(Jake Sullivan)国家安全保障担当大統領補佐官は、〔核弾頭の保有数について〕米国は、「競合国を効果的に抑止するために、当該競合国の合計保有数を上回る必要はない」と述べている(※13)。
提案されている戦力増強の実施は、確実に新たな核軍拡競争を引き起こすことになる。提案されている戦力増強と同様の対応をロシアと中国が行わないと想定するのは明らかに非現実的であって、過去の軍拡競争の歴史をみれば、「避けられない作用・反作用のダイナミズムが核兵器のコストを押し上げる」ことは明らかである(※14)。
新たな核軍拡競争の帰結は、過去の核軍拡競争よりも、さらにリスクの高いものとなる。これまでにも、人為的・機械的なミスによって偶発的核戦争まであと数分にまで迫ったことがあった(※15)。2015年に〔カートライト(James Cartwright)〕元米国統合参謀本部副議長が委員長を務める米国退役軍人専門家委員会は、テクノロジーの進歩によって警告と判断に要する時間が短縮されているため、従来よりも偶然や誤算による核戦争のリスクが増大していると指摘した(※16)。この傾向は2023年現在に至るまで継続しており、そればかりか、さらに加速している(※17)。
新たな軍拡競争には莫大な軍事予算も必要となる。現在のところ、核兵器の近代化に要する予算は30年間で最大1兆5000億ドルと見積もられているが(※18)、超大国が、人工知能(AI)、サイバーセキュリティ、あるいはサイバー攻撃、極超音速、リモートセンシング、ビッグデータ分析、量子コンピューターなどの破壊的新興技術の優位性を競うなかで、提案されている軍備増強に要する予算は大幅に膨らむことが予想される。
この点、〔新たな核軍拡競争により〕とりわけ、気候変動による破局を回避するために不可欠な資源が浪費されることになる。気候変動は、米国のみならず他の核兵器国や先進工業国においても、猛暑、干ばつ、豪雨、洪水、海面上昇、砂漠化、食糧生産の減少やインフラの破壊といった物理的・経済的問題に直面することにより、国民経済に深刻なダメージを与えかねないものである(※19)。また、米国を初めとする豊かな国には、気候変動に伴う大量移民による問題を防ぐためにも、気候変動により荒廃した開発途上国を支援する道義的な義務がある(※20)。提案されている核の軍備増強は、不必要で逆効果かつ極めてリスクが高いことに加え、資源の観点からみても全く妥当なものではない。
追加の「選択肢」を得るために、より「低出力」あるいは「戦域射程」の核兵器を求める見解は、核エスカレーションを制御できるという虚妄に基づいている。2018年に北大西洋条約機構(NATO)は、ヨーロッパでの戦術核兵器を用いた限定核戦争について、様々なシナリオを想定した軍事演習を実施した。当時、米国戦略軍司令官であったハイテン(John Earl Hyten)将軍は、当該軍事演習における限定核戦争の帰結について、「ひどい結果に終わった。要するに、〔核エスカレーションによる〕世界規模の核戦争になったということだ」と述べている(※21)。
提案されている戦力増強とこれに伴う軍拡競争は、効果的な軍備管理と軍縮条約締結の可能性を永続的に妨げるおそれがある(※22)。ウクライナ戦争の継続中に米ロ間で軍備管理協定が締結される可能性は低いものの、技術的・科学的問題に限っては、今すぐにでも取り組む必要がある。前述した各種の破壊的新興技術は、当該軍備管理協定によって解決されるべき多くの複雑な問題を提起しているが、技術開発のペースが急速であることから、問題解決のための時間的猶予は限られている。
軍備管理の第一線の専門家〔であるゴッテメラー(Rose Gottemoeller)元国務次官・現賢人会議委員〕は、テクノロジーの急速な進歩により、「ステルス性能を有する核兵器や最も厳重に防護された核兵器でさえ、将来的には脆弱なものになる」のであって、「第二撃能力の残存性に対する信頼が…相互抑止力の安定性を維持する強力な要因になっている」と警鐘を鳴らしている(※23)。核抑止の機能と仕組みが私たちを偶発的核戦争に近づけたことが一度ならずあるのだから、ここでいう「安定性」という用語が相対的な意味にすぎないことは明らかであるが、〔敵国による第一撃後の反撃能力である〕第二撃能力の脆弱性に対する認識が増大することは、誤警報に伴う致命的な誤算の可能性を高めるだけであることもまた確かなことである。
私たちは、不要かつリスクの高い軍備増強によって軍備管理のチャンスをふいにするのではなく、専門家との対話や技術的な問題ないしリスク低減の問題に対処する作業などを加速するよう努めるべきである。バイデン(Joe Biden)政権は、この点を認識していると思われ、この方向に向かって何点かの措置を講じているものの、とても十分なものとはいえない。技術的な問題ないしリスク低減の問題について、米国が前提条件なしで議論する用意があるとするサリバン国家安全保障担当大統領補佐官による有益な声明は、書面による提案を検討するとのロシアによる声明を引き出したが(※24)、当該書面は未だ送付に至っていないようである。これについては早急に行われるべきである。〔核問題についての5核兵器国(N5)間の会合である〕いわゆる「P5プロセス」に基づき、専門家による核リスク低減協議を米国が開始したことは、2023年11月初旬に行われた軍備管理と核不拡散に関する米中協議と同様に、建設的な第一歩であったといえる。これに加えて、米国は、ウクライナ戦争によって中断されるまで大きな進展をみせていたサイバーセキュリティに関する米国・ロシア・英国間の専門家協議についても、今すぐに再開すべきである(※25)。その一方で、米国は、ウクライナ戦争をいたずらに引き延ばし、エスカレートさせるリスクをはらみ、NPTに基づくコミットメントにも違反する新たな核共有(ニュークリア・シェアリング)の取り決めや、ヨーロッパへの新たな核兵器の配備などの行動を控えるべきである。
核の冬に関する科学的証拠、すなわち、エビデンスの前では、核攻撃からの安全保障に対する「数の帳尻合わせ」的アプローチは非合理的である。核兵器の増強を支持する議論は、既存の核兵器を用いた大規模な核戦争によっても地球全体を破壊し尽くすのに十分であるという大量のエビデンスを意図的に無視している。〔核戦争の際の〕爆発、火災や放射線による何億人もの死者は、ほんの始まりにすぎない。核火災の嵐による煤煙は大気中に何年も残り続け、その結果生じる核の冬は、世界規模での大飢饉を引き起こすことになる。2022年に公表された〔ラトガース大学の研究チームによる〕研究によれば、大規模な核戦争が生じた場合、〔核の冬による関連死を含め〕50億人の死者がでると見積もられている(※26)。核兵器国は、長年にわたって同様の研究成果を無視してきたが(※27)、エビデンスを無視したところでファクトが変わるわけではない。
政府首脳の中には、非公式にではあるが、核の冬と飢饉のデータに関する広範な知識が「抑止力を損なう」のではないかとの懸念を表明する者もいる。このような懸念は、確かに「自己確証破壊」という相互的な脅威に基づく安全保障体制の不条理さを浮き彫りにしている(※28)。唯一の合理的な対応とは、NPT第6条に基づく相互に検証可能な核兵器廃絶について交渉する義務を核兵器国が履行することなのである。
私たちは、核戦争のリスクを排除する闘いの重大な分岐点に差し掛かっている。提案されている核兵器の増強は、私たちを誤った道に導くことになるであろう。
* 出典:Lawyers Committee on Nuclear Policy (LCNP), EXPANDING THE U.S. NUCLEAR ARSENAL IS UNNECESSARY, AND WOULD INCREASE THE DANGER OF NUCLEAR WAR : A Response to the Report of the Congressional Commission on the U.S. Strategic Posture, November 2023, available at <https://static1.squarespace.com/static/603410a4be1db058065ce8d4/t/6567d925e8529542e8ff2086/1701304613971/LCNPResponseCommStratPosture.4.pdf>.
本稿は、2023年10月に公表された米国議会戦略態勢委員会の最終報告書について、核政策法律家委員会(LCNP)がウェブ上に公表した声明を訳出したものである。米国議会戦略態勢委員会は、長期的な米国の戦略態勢を調査し、大統領と議会に勧告することを目的として、2022年会計年度の米国国防権限(授権)法(FY2022 NDAA)に基づいて設置された超党派の諮問委員会である。FY2022 NDAAは、米国議会のウェブサイト<https://www.congress.gov/117/cprt/HPRT47742/CPRT-117HPRT47742.pdf>において公開されている(上記の委員会の設置目的については、600頁以下(SEC.1687)を参照した)。報告書は、近い将来における米国の核戦略を読み解く有力な一次資料として、いわゆる核抑止派・核軍縮派の如何を問わず、学術的な研究の基礎となる価値を有するといえるが、これに対し、本稿は、米国の反核コミュニティの立場から、核政策の専門家によってなされた論評や法的な観点も踏まえて報告書の内容を分析・批判する示唆に富む見解として、日本の反核コミュニティないしは市民社会においても広く共有される意義があろう。
LCNPは、法学者と弁護士を中心として構成される米国の代表的な反核NGOであり、1981年の設立以降、40年以上の長きにわたり、ニューヨークを拠点として、国際法と米国国内法の観点からの核兵器廃絶に特化した調査・研究、そこから得られた法的・政策的知見に基づくアドボカシー活動を継続している。1989年に設立された国際反核法律家協会(IALANA)の米国における加入団体であり、LCNPのニューヨーク本部はIALANAの国連オフィスを兼ねている。また、LCNPは、IALANAと同じく、2007年に発足し、2017年のノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の構成団体である。
なお、核問題についての国際法上の重要トピックに係るLCNPによる近年の主要な提言として、「核不拡散レジームに対峙する核威嚇と核共有」(2022年8月、反核法律家115号(2023年)に掲載、日本反核法律家協会(JALANA)のウェブサイト<https://www.hankaku-j.org/data/07/240109.html>で利用可能)、「気候保護と核廃絶:人道的軍縮と国際人権法の発展状況からの提言」(2022年11月、反核法律家116・117号(2023年)に掲載、JALANAのウェブサイト<https://www.hankaku-j.org/data/07/240405.html>で利用可能)がある。
ウェブサイトのURLについては、2024年4月28日の時点で接続を確認した。また、訳出に当たって、一部の注の表記を訳者が調整した。〔 〕は訳者が補ったものであり、訳注を兼ねている。
【註】