問題意識 朝鮮半島の非核化は核兵器廃絶への一里塚
オバマ米国大統領の「核兵器のない世界」演説は、決して歓迎一色ではない。「不快」、「空想」、「幻想」、「非現実的」などという情緒的なものから、「核抑止力は主権の範囲」とか「核兵器だけを対象とする軍縮には応じられない」などの反応も出でいる。もちろん核兵器国の関係者からである。私はといえば、核超大国の政治リーダーが、「核廃絶」を「公約」したことは評価したいし、単なる「口約」(リップサービス)にとどまらないよう主体的に協力したいと考えている。そう思っていた矢先に、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が核実験を再開し、短中距離ミサイルだけではなく、長距離ミサイルの発射を計画しているというのである。
いくら核兵器廃絶を希求したところで、お膝もとの北東アジアに核兵器で対峙する国家が存在するようでは、全く先が見えないということになってしまう。そうすると、核兵器を廃絶しようというのであれば、北東アジア、より直接的には朝鮮半島の非核化を実現しなければならないということになる。そのためには、北朝鮮に核武装の強化を思いとどまってもらうことが課題の一つということになる。しかも、制裁によって追い込むとか、北朝鮮の軍事基地を先制攻撃するとかの方法ではなく、平和的な方法によってである。
以下、検討してみる。
六カ国協議の共同声明
2005年9月19日、第4回六ヶ国協議(六者会合とか六者協議ともいう。英語では、Six-Party Talks)で、関係する諸国(日本・米国・中国・韓国・ロシア・北朝鮮)による共同声明が発せられている。(1)平和的方法による検証可能な朝鮮半島の非核化、(2)国連憲章の原則や国際関係の規範の遵守、(3)エネルギー、貿易、投資の分野における協力の二国間または多国間での推進とエネルギー支援、(4)北東アジア地域の永続的な平和と安定のための努力、(5)「約束対約束、行動対行動」の原則に従い、意見が一致した事項については段階的に実施、という内容である。
特に、第1項との関係で、北朝鮮は、核兵器と既存の核計画の放棄を約束し、米国は朝鮮半島において核兵器を保有しないことを約束し、北朝鮮に対し攻撃または侵略を行う意図がないことを確認している。合わせて、韓国はその領域内に核兵器がないことを確認し、核兵器を配備しないことも約束している。なお、北朝鮮は、原子力の平和利用の権利を有する旨発言し、他の参加者もこの発言を尊重するとしている。
また、第2項との関係で、北朝鮮と米国は、主権の相互尊重、平和共存、国交正常化を約束し、北朝鮮と日本は、平壌宣言にしたがって、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化することを約束している。
国際法の諸原則を反映した、私たちも歓迎する声明である。
この共同声明に盛り込まれた事項が実現すれば、朝鮮半島は非核化されるし、主権の相互尊重、平和共存を基礎として、米朝や日朝の国交も正常化されているはずなのである。 この共同声明はどうなってしまったのだろうか。
テポドン発射と核実験の実施
北朝鮮は、2006年7月にテポドンなどミサイル7発を発射し、同年10月には核実験を実施した。このミサイル発射に対する国連安保理決議が1695であり、核実験に対する決議が1718である。
1695決議は、北朝鮮の弾道ミサイル発射を非難し、弾道ミサイル計画に関する活動を停止するよう要求し、合わせて、全ての加盟国に、北朝鮮のミサイルや大量破壊兵器関連の物資の移転の防止を求め、北朝鮮および参加各国に、六者協議の再開を要請している。
1718号決議は、北朝鮮の核実験を非難し、核実験も弾道ミサイルの発射もこれ以上実施しないよう要求し、核不拡散条約(NPT)からの脱退を思いとどまり、国際原子力機関(IAEA)への復帰を要求し、核兵器・核計画を完全な、検証可能な、かつ不可逆的な方法で放棄することを求めている。合わせて、この決議は、戦車、戦闘車両、大口径火砲システム、戦闘用航空機、攻撃ヘリコプター、軍用艦船、ミサイルなどの、全ての加盟国から北朝鮮への供給、販売、移転も、その逆も防止することとし、技術移転や資金移動、核兵器、ミサイル、大量破壊兵器製作に関連している北朝鮮の要人や家族の他国への入国や通過なども防止するとしている。いわゆる制裁措置である。そして、六者協議への速やかな復帰と、共同声明の実施の作業を要請している。なお、留意しなければならないのは、この決議は、北朝鮮の出方によっては、制裁措置の強化もありうるとしていることである。
六ヶ国協議は継続された
北朝鮮のミサイル発射や核実験が行われても、六ヶ国協議は継続された。
2007年2月、6者会合で、「共同声明の実施のための初期段階の措置」についての合意が成立している。ここでは、(1)北朝鮮は、核施設の放棄を目的として、活動の停止と封印を行い、監視と検証のためのIAEAの要員の復帰を認める。(2)全ての核計画について五者と協議する。(3)完全な外交関係を目指す米朝協議を開始し、米国は「テロ支援国家指定」の解除する作業を開始する。(4)日朝は、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として国交正常化のための協議を開始する。(5)北朝鮮に対する経済、エネルギー、人道支援について協力する、ことなどと合わせて、朝鮮半島の非核化、米朝国交正常化、日朝国交正常化、経済・エネルギー協力、北東アジアの平和および安全のメカニズムなどをテーマとする作業部会を設けることも約束されている。
更に、同年10月、「共同声明実施のための第2段階の措置」について合意が成立している。朝鮮半島の非核化については、(1)北朝鮮は、既存の核施設を無能力化する。米国はこれを主導し、当初の費用を負担する。(2)北朝鮮は、全ての核計画の完全かつ正確な申告を行う。(3)北朝鮮は核物質、核技術、ノウハウを移転しない、とされている。また、米朝関係では、米国による「テロ支援国家指定の解除」、対敵通商法の適用終了作業の開始などが、日朝関係については、両者間の精力的な協議と、具体的な行動の実施が約束されている。
そして、2008年12月11日、「六者協議に関する議長声明」が発せられている。この声明では、六者が、(1)第2段階での措置の完全な実施、(2)朝鮮半島の非核化の検証、(3)北東アジアの平和および安全についての指針を議題として、「真剣かつ率直で、突っ込んだ、建設的な議論」が行ったとされている。そして、北朝鮮の核施設の無能力化、核計画についての申告などにかかわる「第2段階の措置」の進展を評価した上で、「六者会合のプロセスを前進させ、北東アジアおよび世界の平和および安定に貢献する。」、「次回の会合を早期に開催する。」としているのである。
確かにこの間、2008年6月には、北朝鮮は核計画を申告し、原子炉の冷却塔を爆破したし、同年10月、米朝は核計画の検証手続きで合意し、米国は北朝鮮に対する「テロ支援国家指定」を解除したのである。この成果はどこに消えたのか。なぜ消えたのか。
この半年の間に何が起きたのか
北朝鮮は、去る4月14日、「平和的な人工衛星打ち上げ」を問題視した国連安保理の議長声明は「朝鮮の自主権を侵害し、朝鮮人民の尊厳を冒涜するものである」として、6カ国協議への不参加を表明したのである。加えて、自衛的核抑止力の強化を図るとし、5月25日には、核実験を再開し、短中距離ミサイルの発射だけではなく、長距離ミサイルの発射の準備をしているのである。この事態は、今まで積み上げられてきた六ヶ国協議の成果を根底から覆すものである。私も、05年9月19日の「共同声明」はぜひとも実施されるべきだと考えているので、これ以上の事態の悪化は絶対に避けたいのである。
ところで、この北朝鮮の強硬姿勢について、いつもの「瀬戸際外交」であって、その目的は、米朝直接協議を再開させ、現政権の保全を図りたいだけである。過剰な対応をすることは、北朝鮮の思惑に乗るだけである、との見解がある。確かに、北朝鮮は六か国協議に参加しながら、しかも「共同声明」の後もミサイル発射や核実験をしたことがあり、それでも六カ国協議は継続されてきたのであるから、このような見解もありうるであろう。
しかしながら、このような事態が繰り返されることは、朝鮮半島や北東アジアの非核化が遅れるだけではなく、核兵器廃絶が現実的日程に上がらなくなってしまうであろう。加えて、「北の脅威」を口実として、「敵基地先制攻撃論」がのさばり、憲法9条を改定して、武力によって国際紛争の解決をする「普通の国」へと突き進むことにもなりかねないであろう。それは、この地域で生活する多くの人たちに恐怖と欠乏をもたらし、平和のうちに生活する権利を奪うことになるであろう。私は、それを避けたいのである。
そこで、ここでは、北朝鮮が態度変更の理由とする「北朝鮮に関する議長声明」を検討する。
「北朝鮮に関する議長声明」
国連安保理は、4月14日、「北朝鮮に関する議長声明」を発し、4月24日には安保理決議1718号に伴う制裁を発動した。議長声明は、「安保理決議1718号に違反する北朝鮮の発射を非難する。安保理は、北朝鮮にいかなる更なる発射も行わないよう要求する。1718号決議に基づく制裁措置をとる。6者会合を支持し、その早期再開を要請する。」というものである。
ここでは、単に「発射」とされているだけで、人工衛星ともミサイルとも特定されていない。もし、この発射がミサイルであれば、安保理決議1718違反であるばかりではなく、1695決議違反とされるべきであろう。ところが、この議長声明は1695決議には全く触れていないのである。このことは、安保理は、この発射をミサイルの発射とは断定していないことを意味している。にもかかわらず、発射を非難するということは、人工衛星の発射であっても決議1718違反として非難したことになるであろう。人工衛星の発射を決議1718に違反するということはできないし、制裁措置を発動するということもできないことになる。
こう考えれば、この議長決議に説得力はないだけではなく、むしろ北朝鮮が怒るほうが道理であろう。根拠のない非難をされた北朝鮮が、唯々諾々と6者会合に復帰すると考えるのは、非現実的である。むしろ、北朝鮮が、6者会合に戻ることは安保理の無理無体を受忍することになると考え、そこからの脱退を選択することは、決して没論理的な振る舞いとはいえないであろう。北朝鮮が安保理決議を非難し、態度を硬化する理由はあると言わざるをえないのである。
だからといって、核実験やミサイル発射を容認するものではない。けれども、北朝鮮だけを責めることもできないであろう。そこでもう少し北朝鮮の言い分に耳を傾けることとする。
北朝鮮の姿勢
北朝鮮は、5月29日、「朝鮮は数十年間、朝鮮半島の非核化を目指して努力してきた。米国は核脅威の度合いを強めている。ついには平和的な人工衛星の打ち上げまでにかこつけて9.19声明の基本精神である自主権尊重と主権平等の原則に違反して、六者会談まで破壊した。」、「核実験の99、99パーセントを行い、世界で最も多くの核兵器を持っている安保理常任理事国が、米国の核脅威に対する自衛措置として断行した初の核実験を(06年10月)を一方的に『国際平和への脅威』とみなして採択した1718号決議は認めない。」、「核実験やミサイル発射を防衛のために行うことは、いかなる国際法にも違反しない。」、「事態がここまで至った責任は、平和的な衛星打ち上げを国連に持ち込んで非難した米国と、それに追従した勢力にある。」、「自分たちが持っていて、朝鮮がもつことはだめだというのは、結局、小国は大国に従えということになる。」、「国連安保理が作り上げた『国連軍司令部』は、朝鮮停戦協定を締約した一方である。安保理の敵対行為は停戦協定の破棄となる。」などという内容の外務省談話を発している。
ここに見られるのは、米国の核に対する脅威感、核兵器国である安保理常任理事国の身勝手に対する怒り、核やミサイルの実験や保有は国際法に違反しないという主張、大国優先主義の拒否、朝鮮戦争はいまだ終結していないとの認識などである。
これらの主張は屁理屈であろうか。引かれ者の小唄であろうか。小ざかしい詭弁であろうか。それとも検討しなければならない課題なのであろうか。
米国は間違いなく北朝鮮を敵視している。「ならず者国家」、「テロ支援国家」としてきたし、その指定を解除した後も北朝鮮の信頼を得るには至っていない。現に、今年3月9日から20日までの間、米韓両国は、北朝鮮の反発にもかかわらず、例年どおり、北朝鮮との戦闘を想定した大規模な軍事演習「キーリゾルフ」や「フォールイーグル」を実施している。この演習には、原子力空母や原潜も参加し、米兵(在日米軍も含む)だけで2万6千人が動員されている。シュミレーションでは、北朝鮮の長距離砲基地は開戦直後に撃破され、空軍は3・4日の間で全機撃墜されるという。
安保理のダブルスタンダードは誰の目にも明らかである。イスラエルの核開発やパレスチナへの攻撃を非難したことがないことを見れば直ぐ分かるであろう。インドやパキスタンに対する態度と北朝鮮に対する態度でも雲泥の差がある。
核兵器の開発・実験・保有・移譲・使用やその威嚇を全面的に禁止する条約はない。ミサイルについても同様である。国際司法裁判所は、一般的に核兵器の使用やその威嚇を国際法上違法であるとしているが、自衛の極端な場合には、核兵器の使用やその威嚇は違法とも合法ともしていない。核兵器もミサイルも国際法上は禁止されていないのである。禁止しようとしても、それに乗ってこないのが核兵器国である。
また、北朝鮮が当事国として約束した「共同声明」に違反することは責められるべきであるが、その前提を欠くような事情変更があったということになれば別であろう。
況や、ダブルスタンダードを特徴とする安保理決議を無視するということもあながち非難できないであろう。
そして、「大小各国の同権」、「内政不干渉」は国連憲章の大原則である。
朝鮮戦争の終結も未だなのである。
求められること
私たちに求められていることは、北朝鮮を口を極めて罵ることでも、制裁を強化することでも、況や武力攻撃の準備をすることでもない。現実の国際政治の中に牢固として存在する大国主義、武力行使優先、核兵器容認の勢力に対して、その姿勢を改め、主権平等、平和共存、核兵器廃絶の立場に立つよう求めることである。そのような努力が展開されることによってこそ「北の脅威」は軽減し、消滅するであろう。
私は、北朝鮮に核武装を強化して欲しくない。だから、その核武装強化の動機を軽減することを視野に入れて、考え、行動したいと思う。