問題の所在 「核抑止論」の克服
米国のオバマ大統領は、昨年4月の「プラハ演説」で、米国の核政策を大きく転換した。これまでの米国政府は、核兵器の先制使用も視野に入れた核政策を取っていたが、核兵器を使用した国家の道義的責任として「核兵器のない世界」を目指すとしたのである。このことは歓迎すべき転換である。しかしながら、米国は、現在も、核兵器の削減には踏み出しているものの、自国と同盟国の安全保障のために「核抑止力」を維持するとしている。核兵器の政治的・軍事的必要性を捨ててはいないのである。
他方、日本政府は、唯一の被爆国として、「核兵器廃絶」を目指すと表明してきた。その一方で、日本の安全保障は米国の「核の傘」によって保全されているとしている。外国(北朝鮮など)からの脅威に対抗するために、非核兵器による攻撃に対しても核兵器で反撃できる選択肢を残して欲しい、「核の傘」をはずさないで欲しいというのが、日本政府の態度である。
米国政府も日本政府も、「核兵器のない世界」とか「核廃絶」などとはいうものの、核兵器が自国の安全保障のために不可欠であるとの姿勢を取り続けているのである。このような政策は、核兵器をなくしたいとしながら、核兵器に国家の安全を委ねるもので、論理的に矛盾している。「核兵器のない世界」を実現するためには、核兵器の政治的・軍事的必要性を含意する「核抑止論」を克服しなければならないのである。そのために何が求められているか、それが問題である。ここでは、(1)核抑止論の特徴を踏まえたうえで、(2)核抑止論の非人道性と違法性、(3)核抑止論の非合理性について検討する。
核抑止論の特徴
核抑止論とは、「我が国に軍事攻撃を仕掛ければ、核兵器によって反撃され、貴国は甚大な被害を受けるぞ。我が国に攻撃を仕掛けるなどというバカなまねはやめた方がいいぞ」という威嚇を行うことによって、相手国の攻撃を抑止するという理論である。この理論によれば、核兵器は戦争を抑止する道具ということになる。そこで、ここでは、戦争を抑止するためであれば核兵器による威嚇が許されるのかという問題と、核兵器は戦争の抑止に有効なのかという問題に分けて検討してみたい。なぜ、分けて考えるかというと、前者は、核兵器による威嚇が人道上許されるのか、更には、国際人道法(戦争法)に違反しないのかという問題であり、後者は、核兵器は戦争抑止に役に立つのかとういう合理性の問題であって、それぞれ異なる領域の問題だからである。
核抑止論の非人道性と違法性
私たちは、核兵器が人間に何をもたらすかを、広島と長崎の経験から知っている。原爆は、戦闘員か非戦闘員を問わず無差別、大量かつ残酷な死傷をもたらし、その悪影響は原爆投下65年を経た現在に及んでいるのである。人類は、たとえ戦時下といえども、軍人と民間人を区別しないことや軍事施設と非軍事施設を区別しないこと、あるいは残虐な兵器の使用などは、人道に反するが故に禁止されるというルール(国際人道法・戦争法)を確立してきている。その国際人道法に照らせば、核兵器の使用や使用の威嚇は違法である。このことは、国際司法裁判所の1996年勧告的意見も明言している。また、先のNPT再検討会議においても、「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらす」として、「すべての加盟国が、いかなる時も、国際人道法も含め、適用可能な国際法を遵守する必要性」を再確認しているのである。核兵器の使用や使用の威嚇は、非人道的であるがゆえに、国際人道法に違反するのである。無差別大量虐殺の威嚇をもって国家の対外的政治的意思を貫徹しようとすることは、現実に核兵器を使用しなくても、違法なのである。
核抑止論の非合理性
核抑止論は、核兵器は戦争の抑止が目的であるいう。核兵器は、本当に、戦争を抑止するのだろうか。まず、歴史的事実として、核兵器が開発・使用されて以降も、地球上から戦争はなくなっていない。現在も、イラクやアフガニスタンで戦争は続いているし、朝鮮半島でも中東でも緊張が続いている。核兵器は戦争を抑止していないのである。また、仮に、核兵器が戦争を抑止するのであれば、核兵器の保有は奨励されこそすれ、禁止されるいわれはない。核兵器国は、核兵器の拡散を阻止するのではなく、各国に核兵器を譲渡すればいいことになる。そうしないのは、核兵器は戦争の抑止手段とはならないことを核兵器国がよく知っているからである。各国が、核兵器を持てば地球上から戦争がなくなるのであれば、「核兵器のない世界」は求める必要はなくなるであろう。核兵器が戦争抑止の道具であるなどというのは、性質の悪い政治家のプロパガンダか、戦争依存症患者の寝言でしかない。私たちは、「核抑止論」を突破しなければならない。
核抑止力に頼らない安全保障政策を
「核兵器のない世界」を実現するためにはその政治的意思を確立するだけでなく法的システムを制定しなければならない。「核兵器禁止条約」の交渉を速やかに開始し、非核兵器地帯を拡大し、各国の「非核法」制定を急がなければならない。このことは別稿で述べることとしたい。