62年前の8月の暑い日に、狂った神が乗り移ったようなアメリカの大統領の命令で、原爆の発射ボタンが押されました。そして、広島の街は10秒で消えてしまいました。核分裂により生ずる厖大なエネルギーを利用した、人類の終末をもたらす悪魔の兵器の出現です。キノコ雲の下はこの世の地獄となりました。この日から人類は、核兵器による自滅の脅威のもとに暮らす「核の時代」に入りました。
一瞬にして数十万人を殺した原爆地獄から奇跡的に生き残った被爆者たちも、その後の人生は、死を迎えるその日まで原爆の傷跡に苦しみ続けてきました。被爆者らは、原爆は「人間らしく生きることも、人間らしく死ぬことも許さない悪魔の兵器だ」といいます。原爆地獄を体験した被爆者たちは「二度と原爆を使わないで欲しい、アメリカは原爆を使った罪を認めて謝罪して欲しい、謝罪の証しとして核兵器を捨てて欲しい」と叫び続けてきました。原爆被爆者は、人類の核戦争による自滅の危険を、学者の理論や政治家の主義ではなくて、自らの原爆地獄の体験によって語ることのできる、かけがえのない人たちです。だから私は、原爆被爆者は、人類にとって大事な宝のような存在であり、核時代における預言者だと思います。 人類が原爆被爆者の声に耳を傾けないで、広島と長崎の原爆の悲劇を忘れたならば、人は間違いなく核戦争で自滅するのです。このような意味で、原爆被爆者は、常に、地球上から核兵器をなくすための運動のシンボルであり、原点に立っているのです。
IALANA(核兵器の廃絶を目指す国際法律家協会)は、創立宣言において「法律家はその知識を使って核兵器廃絶の運動に貢献しなければならない」と核時代における法律家の役割を示しました。IALANAのウイラマントリー(WEERAMANTRY)現会長は「日本の法律家を含めて日本の科学者は、核兵器の被害を世界に知らせ、核兵器の廃絶を訴える使命と責任がある」と述べられました。
JALANA(日本反核法律家協会)の会員は、発足以来、被爆国日本の法律家の特別の責任に基づき、原爆被爆者と共に、核兵器の廃絶運動に参加し、同時に、日本政府に対し、弁護士会の活動や原爆症の認定を求める行政訴訟などを通じて、原爆被害をもたらした戦争を開始した政府の戦争責任を追及し、原爆被害についての国家補償の要求をする被爆者の闘いに貢献してきました。
残念なことに、日本政府の現実は、アメリカに降伏以来、日本の安全を、日本に原爆攻撃をしたアメリカの核兵器に依存するという、被爆者にとっては耐え難い政策を一貫して採用してきました。戦力の保持を禁止した日本国憲法の理念は、アメリカの国益と日本の支配層の共通の利益のために無視され続けてきました。そのために、日本政府は、核兵器廃絶に関する国内・国際活動において、原爆被爆者の基本的な要求を受け入れておりません。つまり、原爆被害は戦争災害であるから国家として補償する法的義務はないから被害を受忍せよ、核兵器の使用は国際人道法の精神には反するが違法とはいえない、というのが日本政府の公式見解であります。そしてアメリカの要求に従って、憲法9条を改悪して、巨大化した自衛隊をアメリカの行う戦争に参加させる政策を進めています。
私ら法律家は、断固として原爆被爆者の立場を支持して、「戦力の保持を禁止した憲法の改悪」を阻止する国民運動に参加しております。私らの憲法の改悪を阻止する運動にとって、コスタリカの半世紀にわたり「武力のない国家の強さ」を証明した実績、そして、コスタリカからのKaren Olsen女史やCarlos Vargas教授の日本への平和の旅は限りない勇気を与えてくれました。
このたび、コスタリカで、世界の核兵器を廃絶するための国際会議を企画された主催者に心から感謝の心を述べたいと思います。
今回の日本からの訪問団は、IALANAに加盟しているJALANAの会員である弁護士および国際法学者の外に、2名の原爆被爆者、被爆者の治療を続けてきた医師、被爆者を励まして活躍する歌手、それらの家族や友人からなっております。
コスタリカでの様々な交流が、実りの多いものであることを確信しております。