世はまさに乱世である。人類は長いその歴史の中で度々乱世を繰り返してきた。しかし、現在の乱世はかって経験をしたことのない異質な乱世である。それは「人という種の絶滅」につながる乱世である点で異質である。その異質の原点は、人間の知能の高度の発達の産物としての核エネルギーの出現である。優秀だと選ばれた愚かな人間が、このエネルギーを人類のより良き生活の実現に利用することを考えないで、このエネルギーを、大量の人間を一つの街をまるごとに殺りくする核兵器の出現と使用に利用したのである。そこには、生きた人間の命の尊厳を守る理念は微塵もなく、街に生きている人間の集団を「一括して大量の物として抹殺する」ことを承認する反人間的な理念しかないのである。
この反人間的理念が世界に蔓延して常識化することになれば、人類は遠くない将来に地球から絶滅することは誰の目にも明らかなことである。
私たちは、人類の歴史のなかで、今、このような意味での危機的な乱世の中で生きているのである。
現実に一人の人間が死を迎えると、その人を生んだ母そして父、兄弟姉妹、恋人、配偶者、親友たちが嘆き、惜しみ、悲しむのが人間の本性である。核戦争は、殺される人間を目視しないで、目の前にある機械装置の発射ボタンを指先で押すだけで、遠く離れた街で生活する数十万人の人間を「瞬時に、残酷に、大量に、街毎に殺傷する]のである。原爆は、殺りくした人を弔うことも許さない、原爆被害を語ることも許さない。
核兵器を保有する国の指導グループは、このような核兵器の製造、使用、威嚇を、どういう論理で正当化することができるのであろうか。
米国の論理は「核兵器を禁止する条約が存在しないから合法だ」という。「では核兵器禁止条約の締結」と言えば拒否する身勝手な反応である。
核保有国のこの身勝手な態度に対し、世界の圧倒的多数の国は国連において「核兵器は人類に対する犯罪である」と、国連総会決議を何回も繰り返してきた。しかし残念ながら、国連総会の決議には核保有国に対する法的拘束力はない。そのために核保有国は、NPT不平等条約の既得権に依存して、正当な合理的な理由もなく、核兵器廃絶条約の即時締結に応じようとしない。
核保有国の身勝手を転換させるには、この世の終末を顕現した原爆地獄の実相及び、生き残った被爆者の原爆放射線による癒えることのない心と体の傷を、事実に基づき伝え広げることが原則である。この活動を通じて広く世論を形成し、核保有国を包囲し孤立させ、そして追い込んで合意に達した核兵器廃絶を条約の締結で法的拘束をするのである。
このような地球規模の歴史的背景のなかで、今、私たち法律家も、NPT再検討会議に向けて、核兵器の惨劇を受けた日本からの参加者の一員として、さまざまな工夫をして準備してきたのである。
日本から参加の市民の中核は、もちろん原爆被爆者である。その行動目標は「核兵器廃絶の実現」である。日本の参加者は、この行動目標を座標軸として、様々なすべての行動を展開することになる。
核保有国米国とそれに従属する国は「核軍縮や核不拡散」に固執することが予想され、あらゆる狡猾な手段を講ずるであろう。ICNNDの粉飾に満ちた報告書の欺瞞性にも油断なく警戒することが必要である。
情勢の有利な側面は、核超大国米国が、ソ連崩壊後の世界戦略を軍事優先として、大規模な軍事力の行使を展開してきた結果、世界からの信頼を失い孤立化し、経済社会も崩壊し始めたこと、世界の信頼の回復を目指してオバマ大統領がチェコで「核兵器のない世界を目指す」演説をしたことである。しかし、産軍共同体からの反撃が懸念材料である。
情勢の不利な側面は、米国の核兵器・軍事産業と米国軍事機構との巨大な産軍複合体の存在であり、また原爆被爆国日本の政府が米国の核抑止力(核兵器の先制使用を容認)に依存する政策を堅持していることである。これが米国の核兵器保持勢力を勇気づける役割を果たしている。つまり、被爆国日本の政府が「核兵器のない世界」の実現を妨害する役割を果たしている、という信じられない不幸な事態となっている。
日本国内における被爆者を中核とした核兵器廃絶運動が、日本政府の米国の核抑止力に依存する政策を撤回させ、非核3原則の法制化が実現することに成功するならば、「米国の核は不要」となり、東北アジア平和共同体に進み、「核兵器のない世界」の実現に大きく前進するだろう。
このような情勢のもとで、「核兵器のない世界」を目指して、原爆被爆者を中核とした、法律家も含めた日本の多くの市民たちは連合して、NPT再検討会議の開かれる米国に乗り込むのである。
わが法律家代表団の仕事は、被爆国日本の法律家として、原爆被害の実相の伝達、核兵器の使用と威嚇の違法の主張、核兵器廃絶条約の締結の要求、日本国憲法の非軍事思想の宣伝、を共通の行動の基準として、様々の機会をとらえて行動することである。
特に、それぞれの行動分野において、日本政府の行動が核軍縮と核不拡散に留まらないよう監視し、即時に核保有国が核兵器廃絶条約の締結の協議に入るように仕向けるために、最善の活動を展開することが期待されている。
日本の代表団の活動によって今回のNPT再検討会議において「核兵器廃絶条約締結の協議を即時開始の合意」の実現のために貢献しよう。
ノーモア・ヒバクシャ、ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ