1.ICNND
オーストラリアと日本の共同イニシアティブにより、2008年9月に核軍縮・核不拡散に関する委員会(ICNND)が発足した。キャンベラ委員会、東京フォーラム、大量破壊兵器委員会等と同様の国際的な専門家で構成される第2トラックの委員会である。
この委員会の第1の特徴は、核拡散や核テロへの危機の拡大から、シュルツ、キッシンジャーらからあがった核兵器のない世界をめざすという声を受け、政治指導者の中からも核兵器廃絶の声が拡がるという極めて重要な時期に発足したという点にある。この核兵器のない世界をめざす動きは、ICNND発足後も昨年4月のオバマ大統領のプラハ演説、9月の安保理決議へとつながっていった。
そして、この委員会の第2の特徴は、各国の政策、とりわけ核保有国の政策に反映させることを目的としているということである。そのために、ギャレス・エバンス元豪外相、川口順子元日本外相を共同議長に、委員に米、露、中、英、仏という核兵器国、インド、パキスタンというNPT外核保有国を含む各国から13名の委員が入っており、その多くが政治家、あるいは軍人として核兵器を含む安全保障にかかわった経験がある。
そして、4回の主会合と、4回の地域会合を開催した後、2010年NPT再検討会議へ向けて、報告書を作成するという予定で発足した。
2.ICNND日本NGO市民連絡会の発足
この連絡会に市民として働きかけることを目的として、昨年1月、ICNND日本NGI・市民連絡会が発足した。
(1)活動目的
連絡会は、ICNNDが以下の政策課題に、具体的提言を生み出すことを期待して働きかけを行うことを目的とした。
1.核兵器禁止条約を含む、核兵器非合法化のための世界的な枠組
2.安全保障政策における核兵器の役割の縮小
3.原子力の民生利用に対応する核不拡散のための新しい手立て
4.北東アジアにおける地域的非核・平和システムの構築
そして、これらを実現するために、共同議長との意見交換会の定例化や、やICNNDにおけるNGOやNGOアドバイザーの発言の確保、ICNNDにおける被爆者の証言の機会の設定や被爆地での開催要請、更に世論喚起やNGO側からICNNDに提言を行うこと等を行動計画とした。
(2)連絡会の構成
この連絡会が発足するに至ったのは、一つは、これまで東京フォーラムに働きかけた緩いネットワークが首都圏、広島、長崎に存在したこと、それと同時にピースボートの川崎哲氏がオーストラリアのティルマン・ラフ氏と共に、ICNND両議長のNGOの個人アドバイザーとして内定していたことが大きい。この様な経過から、議長との意見交換が可能となったこともあり、連絡会には、日本の被爆者団体である日本被団協や、核兵器問題に長い伝統を持つ原水協や原水禁、また、反核法律家協会を含む法律家団体、青年団体や婦人団体等が参加し、これに加えて被爆地である広島、長崎の運動体のネットワークもこの連絡会に参加した。そして、事務局は、市民向けのシンクタンクであるピースデポにおかれた。
(3)これまでにないNGO関与
連絡会では、広島会合におけるICNND委員・諮問委員と広島、長崎市長を含むNGOとの意見交換、モスクワ会合におけるNGOアドバイザーの発言、3回にわたる川口共同議長との意見交換、両議長との意見交換、更にギャレス・エバンス共同議長との意見交換等を行った。これらは不十分な面があるとは言え、日本ではこれまでにないNGOの委員会への関与であった。また、何回かにわたって、まとまった意見書も提出した。
3.連絡会の活動とその成果
こうしたICNNDへの日本のNGOの関与として重点的に取り組んだのが、以下のような点である。
(1)被爆の実態を知らせる活動
連絡会発足時に、運動の原点として重視したのが、核兵器が人間にどのような被害をもたらすかを委員に理解してもらうという点であった。そのためには核兵器の被害を体験した日本の被爆者の証言を聞いて貰うことを連絡会の発足前後を通じて、川口議長に強く求めた。その結果、昨年2月のワシントン会合において3名の被爆者が証言の機会を得、また、10月の広島における委員会会合の開催へとつながった。そして、このことが、委員に一定の影響を及ぼし、それがNGOの要求を一定受け止める下地になったものと信じている。
ギャレスエバンス議長は、2009年2月のワシントン会合で被爆者の体験を聞いたこと後、次のとおり、記者会見で語っていた。
昨日、 被爆者からお聞きした証言は、とてもとても(very very)心動かされ、打ちのめされるようなものだったと思います。これまで被爆者の方々が長年自らの体験を語ってきたとしても、それは非常に困難なことです。このような話は大変つらく悲惨であり、個人的なものであり、そして非常に感情的な緊張を伴うものでしたので、委員会にとても強烈な印象を残しました。委員会がこれらの問題に取り組む場合、知的問題や抽象的な問題にのみ焦点を当てるのではあってはなりません。核兵器を憂慮してるのは、引き起こされる人間の苦痛、荒廃の点から見て核兵器があらゆる兵器の中で最も恐ろしく破壊的な兵器であることが理由であることを絶えず思い起こすことが、とても、重要なことなのです。それが、被爆者の方々から極めて明瞭に発せられたメッセージでした。委員会の委員に深い印象を与えたものであり、このような証言を可能にしていただいたことについて、た川口さん、そして、日本側に大変感謝します。
ただ、日本の外務省は、被爆者や、NGOアドバイザーの会合への派遣について、予算がないという主張一点張りであり、やむなく、市民からの募金を募ったが、これが逆に我々の活動への関心をもたらすきっかけともなったことは幸いであった。
(2)委員会への核兵器廃絶時期と核兵器条約の働きかけ
我々が委員会に具体的要求として、最も強く訴えたのが、核兵器廃絶時期の明示と、包括的な核兵器条約に関する交渉の開始であった。エバンス議長は、5月に東京で意見交換会を持った際、時期尚早であり、報告書に取り入れることは困難であると述べていた。しかし、最終的には核兵器条約に関し、次のような文言が入ることとなった。
「現在配布されているモデル核兵器禁止条約を更に洗練し、発展させるための作業を今すぐ開始すること」(報告書勧告73」
少なくとも、この程度の文言を今回のNPT最終報告書に入れさせなければならない。
ただ、核兵器廃絶時期については、残念ながらICNND報告書には、記載がない。
(3)日本政府内部の抵抗・・・特に核兵器の役割の縮小をめぐって
ICNND及び日本連絡会の発足後、オバマ米大統領が核のない世界を目指す歴史的なプラハ演説を行った。その中で、オバマ大統領は、「国家安全保障戦略における核兵器の役割を減少させる」と述べた。そして、これを受けて、ICNNDの活動と平行して、アメリカでは、「核体制の見直し」(NPR)が進められた。そこで注目されたのが、アメリカ政府が、新たなNPRで核兵器の役割を核兵器の抑止に限定する「唯一目的」宣言をするかどうかであった。この唯一目的宣言について、アメリカ国内の核兵器依存派と結びついて、最も強く反対していたとされるのが日本政府、とりわけ、外務・防衛官僚であった。そのため、外務省に事務局がおかれていたこともあり、ICNNDでもこの点が大きな争点となった。事実、昨年8月の政権交代前の麻生前首相は、核兵器の先制不使用に反対していたし、外務省からの圧力を受けて、自民党員である川口ICNND共同議長も唯一目的を採用するかどうか、かなり揺れていた。こうした中で、我々連絡会は、被爆国政府が核軍縮の大きな妨害となっていることを指摘して、マスコミにも一定の関心を呼び起こした。更に、新しい政権となった民主党に働きかけるなどした。このようなことから、政治家からも外務省に対しても一定の影響力があり、また、この問題に非常に熱心であったエバンス共同議長の力もあり、最終的には、報告書の中に「2010年はじめにも公表が予定されているアメリカの核態勢見直しで少なくとも"唯一目的"宣言が採用されることがとりわけ重要である。それが他の核武装国にこの点で前向きにさせ、2010年NPT再検討会議における"ダブルスタンダード"を突き崩すものとなろう」(勧告52)と記載されるに至っている。
ただ、アメリカ国内には、核の役割の限定に伴う核の傘の縮小をすると、日本が核武装するとの懸念も存在する。このような懸念に対して、岡田外相が核の役割の縮小に反対しないというメッセージをアメリカに送ると共に、200名を超える日本の国会議員からオバマ大統領に対し、核兵器の役割を縮小しても、日本は核武装をしないという声明が送られている。
4.ICNND連絡会は、去る3月15日をもって解散したが、今後は、更に緩やかな連絡会を構成して、政府に働きかけることを考えている。