核兵器を使用するとの威嚇:受け入れ難くかつ違法である
—国際反核法律家協会によって提出された作業文書—
国際反核法律家協会
(訳 井上 八香/監修 山田 寿則)
Ⅰ. はじめに
1.近年では初めてのことではないが、2022年、核兵器を使用するとの威嚇は国際情勢において大きくのしかかるように迫ってきている。そのような威嚇は、とりわけ核兵器の使用が「限定的」であっても広範囲であっても人道上及び環境上の壊滅をもたらすリスクを非常に増大させることから、全くもって受け入れ難いものである。核兵器禁止条約は、核兵器の使用及び使用するとの威嚇の両方を明示的に禁止することで、この現実を認識している。核兵器を使用するとの威嚇はまた、普遍的に適用される国際法の下でも違法である。それらの国際法はTPNW中でも反映され、強化されており、国際反核法律家協会(IALANA)が提出するこの作業文書でも述べられているとおりである
(i)。私たちは、TPNWの第1回締約国会合の政治宣言において、核兵器を使用するとの威嚇は受け入れ難くかつ違法であることを強い言葉で言及することを支持する。
Ⅱ. 核兵器を使用するとの威嚇の違法性
2.国際連合憲章第2条4項は、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と規定している。この義務はTPNW前文で想起されている。ある武力の行使が第2条4項に違反するならば、そのような武力に関わる威嚇も同条に違反する。国際司法裁判所(ICJ)が核兵器に関する1996年勧告的意見で広範囲にわたって述べたように、「憲章第2条4項における武力の『行使』と『威嚇』の概念は、ある事例において武力の行使自体が違法ならば—理由が何であれ—そのような武力の行使をするとの威嚇も同様に違法であるという意味において、対になっている。」
(ii)。
3.続けてICJは、国連憲章において法典化されている現代のjus ad bellumにおいて、侵略的な攻撃
(iii)の一部として核兵器を使用するとの威嚇は違法であるとしている。ICJが説明しているよう に、自衛における武力の行使または武力による威嚇が必要性を満たし均衡性のとれたものでなければならないこともまた当然である
(iv)。したがって、自衛のために核兵器を使用するとの威嚇がこの基準を満たさなければ、同様に
jus ad bellumの下で違法となるだろう。
4.攻撃のためであれ自衛のためであれ、核兵器を使用するとのいかなる威嚇も、その使用が
jus in bello、すなわち武力紛争に適用される法または国際人道法(IHL)を順守するものでなければならない。概して、ICJが結論づけたように、「ある想定される兵器の使用が人道法の要件を満たさないならば、そのような兵器の使用に関わる威嚇もまたこの法に反することとなる」
(v)。したがって、IHLにおける核兵器を使用するとの威嚇の違法性は、その使用の違法性によるのである。
5.核兵器の使用が国際人道法に違反することは、TPNWがその使用を禁止し、関連するIHLの原則及び規則を前文で列挙し、並びにその使用による壊滅的な人道上の帰結を回避することを明白で中心的な目的とする点に、力強く表現されている。(核兵器の)使用がIHLの下で違法であることはこれ以上ここでは詳述しないが、その違法性を裏付ける主要な論点と情報源に関して最近まとめられた概要については、2022年4月21日付核政策法律家委員会の論考「End the War, Stop the War Crimes」5-6ページを参照されたい。同論考の結論では、「(IHLの)規則を考慮し、並びに国際法における『人道の基本的考慮』
(vi)及び『公共の良心の命令』
(vii)の役割をも念頭に入れると、1発であれ複数であれ核兵器の「限定的」使用はIHLに違反し戦争犯罪に該当する。核兵器の大規模な応酬が歴史を超えた壊滅となり、まったくの狂気であり、非道義性、違法性が明らかであることは言うまでもない」。
6.核兵器の使用がIHLの下で違法ならば、上述のICJが述べた一般原則の下で、そのような兵器を使うとの威嚇も違法である
(viii)。IHLにおける核の威嚇の違法性は、重要な国際人道法の条約であるジュネーブ条約第1議定書のいくつかの規定により強化されている。そこでは、「文民たる住民の間に恐怖を広めることを主たる目的とする暴力行為又は暴力による威嚇は、禁止する。」
(ix)と定められている。また、生存者を残さないと威嚇することも禁止されている
(x)。
7.伝統的に
jus ad bellumでも
jus in belloでもないとみなされているその他の国際法もまた、関連がある。TPNWの前文は「すべての国がいかなる時も適用可能な国際法(国際人道法及び国際人権法を含む。)を遵守する必要」を再確認している。したがって、TPNWはIHLとともに国際人権法の役割も認識しているのである。人権法における核兵器の使用のみならず威嚇の違法性は昨今自由権規約委員会によって示された。2018年の生命に関する権利に関する一般的意見において、同委員会は「大量破壊兵器、とりわけ核兵器による威嚇または核兵器の使用は、…生命に対する権利の尊重と両立せず国際法上の犯罪に相当する」と認定した
(xi)。
8.核兵器に関する諸条約もまた、核兵器を使用するとの威嚇の違法性に関係している。各地域の非核兵器地帯条約の議定書では、核武装国は同地帯の加盟国に対し核兵器の使用や使用するとの威嚇をしないことが義務付けられている
(xii)。さらに、既述のように、TPNW自体が当事国に対し「核兵器…を使用すること、又は使用するとの威嚇を行うこと」を決してしないよう要求している。
9.核兵器国やその同盟国は、自衛のためであれ攻撃のためであれ核兵器を使用するとの威嚇が全面的に違法であるとの主張を受け入れていない。しかしながら、IALANAの見解では、この主張は正しい。それは上記の根拠により十分に確立されており、特に1996年のICJ勧告的意見以降にみられる、赤十字国際委員会
(xiii)、TPNW、国連自由権規約委員会による適用法の明確化と確認という趨勢の中に示されている。
Ⅲ. 直近の核兵器を使用するとの威嚇
10.核時代のリスクは減少しているとののん気な考えが広まっているのに対し、近年は以下のエピソードをはじめ核兵器が使われるかもしれない数々の呪文を目の当たりにしてきた。2017年の夏及び秋には、アメリカ合衆国と朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)が核による破壊の威嚇を扇動的にし合った
(xiv)。2019年9月、パキスタンはインドとのカシミールをめぐる紛争に関連して核戦争の可能性に言及した
(xv)。最後に、ロシア連邦は複数回にわたり、米国とNATO諸国がウクライナに軍事的に介入するならばロシアが核兵器に訴えると言及した。特にロシアがウクライナに侵攻した2022年2月24日、ウラジーミル・プーチン大統領は、「私たちに干渉しようとする者は知っておくべきだ。ロシアは直ちに対応し、あなた方を、歴史上直面したことのないような事態に陥らせるだろうということを」と発言した
(xvi)。
11.これらのエピソードのうちロシアの威嚇が最も憂慮すべきものである。なぜならそれがロシアのウクライナ紛争から生じたフル・スケールの武力紛争の文脈で起きているからである。プーチンの2月24日発言は、法的に認識可能な威嚇であって、信憑性がありかつ特定的な形態でなされたものである
(xvii)。ある具体的な文脈、すなわち武力紛争のひとつにおいて、このメッセージは、「そちらがXを慎まないか、あるいはYをするならば、我々は核兵器に訴える」というものである。これは、名宛国がロシアのウクライナでの軍事作戦に「介入」するならば核戦力に訴える用意があることを表明している。
12.プーチンの威嚇は
jus ad bellumの下で違法である。なぜなら、それは国連憲章第2条4項に違反した国家の領土保全又は独立に対する武力の行使、すなわち違法な侵略の要素をなすからである。この威嚇は、憲章第51条に基づくウクライナの合法的な自衛を支援するNATO諸国による直接の軍事干渉を抑止することによって、ロシアの通常戦力による違法な軍事作戦を掩護すること目的としている。このような〔NATOの〕干渉はウクライナからの要求があれば合法となるであろう。
13.この特徴、すなわち核兵器を使用するとの威嚇を実際の侵略的攻撃において行うということにより、ロシアのウクライナ侵攻は、昨今の核兵器の使用の威嚇にまつわるエピソードとはっきりと区別される。しかし、重要なのは、核兵器を使用するとの威嚇は、その状況が侵略国家によって威嚇されているか自衛を行う国家によって威嚇されているかに関係なく、
Jus in belloの下で違法だということである。プーチンの威嚇はその点でも違法である。
IV. 結論
14.核兵器の使用の威嚇は、米国が1945年にそれを戦争で爆発させて以来、国際問題における中心的要素であった。それが中心性は、今年のロシアの例を見ても、北朝鮮、米国、パキスタンによる近年の威嚇を見ても低下していない。核兵器に訴えるかもしれないというシグナルは、大量破壊兵器に依存した非常に危険であって、受け入れ難くかつ違法な政策表明である。それらはTPNWの第1回締約国会合で非難されるべきであり、世界を核の恐怖から解放し、人権に基づいた平和を支持する観点から、今後必要に応じて監視され及び非難されるべきである。
原文出典:
IALANA, Threats to Use Nuclear Weapons: Unacceptable and Illegal (TPNW/MSP/2022/NGO/16),
https://documents.unoda.org/wp-content/uploads/2022/06/TPNW.MSP_.2022.NGO_.161.pdf
ⅰ 本作業文書の主な執筆者は、核政策法律家委員会(LCNP)上級研究員ジョン・バロース博士、及びLCNP事務局長アリアナ・スミスである。LCNPはIALANAの国際連合担当事務所である。
ⅱ 「核兵器による威嚇または核兵器の使用の合法性」、勧告的意見、1996 I.C.J. 226, ¶ 47 (July 8)
ⅲ 1995年核不拡散条約無期限延長に関連して採択された1995年4月11日付安全保障理事会決議984に、同理事会は、核兵器による侵略あるいは侵略の威嚇の対象となった非核兵器国を援助することを約束した。したがって、同決議は、侵略的な武力による威嚇または武力の行使を慎むという第2条4項の義務を継承するものである。
ⅳ 「核兵器による威嚇または核兵器の使用の合法性」、上記¶41,48
ⅴ 前同¶78
ⅵ 前同¶79
ⅶ マルテンス条項の一部、直近ではジュネーブ条約第1議定書第1条2項に法典化されている。「核兵器による威嚇または核兵器の使用の合法性」、上記¶78参照。
ⅷ 核兵器を使用するとの威嚇の違法性が「核抑止」に及ぶかにつき、ICJは「いわゆる『抑止政策』として知られる慣行にここでは言及するつもりはない」と述べている。前同¶67。特定の威嚇及び現在進行中の核兵器への一般的な依存、この双方に関するIALANAの見解は、2011年バンクーバー宣言で次のように説明されている。「核兵器の使用と同じく威嚇も法によって禁じられている。ICJが明確にしたように、攻撃それ自体が違法なら、その攻撃の威嚇は違法である。この規則により、2つの類型の威嚇が違法となる。すなわち、(1)要求(これが合法であれ違法であれ)が満たされなければ核兵器を使用するとの意図を特定的に表示することと、(2)死活的な利益が危険にさらされるときには核兵器に訴えるという準備態勢を宣言する一般的な政策(「抑止」)とである。差し迫った核攻撃または現実の核攻撃に迅速に対応する、先制的または即応的な核攻撃のドクトリンと核戦力が常に準備されているが、これにはこの2類型の威嚇が付随している。」〔同宣言の訳は、浦田賢治編著『核抑止の理論』(憲法学舎)2011年、292頁以下参照。〕
ⅸ 第51条2項(下線は引用者)。
ⅹ 第40条。
ⅺ 自由権規約委員会、一般的意見36、66項、2018年10月30日採択、CCPR/C/GC/36、2019年9月3日7(下線は引用者)。核政策法律家委員会とその他の団体は、人権機関に対して幾つかの国に関する意見書を提出している。これにはロシア連邦に関する自由権規約委員会への意見書と米国に関する国連人権理事会への意見書が含まれる。
ⅻ 非核兵器地帯条約議定書参照|United Nations Platform for Nuclear-Weapon-Free Zones.
ⅹⅲ “End the War, Stop the War Crimes”上記p.5参照。
ⅹⅳ Andrew Lichterman and John Burroughs, “Trump’s Threat of Total Destruction Is Unlawful & Extremely Dangerous, ” Inter Press Service, 25 September 2017参照。
ⅹⅴ “Pakistan’s Khan warns of all-out conflict amid rising tensions over Kashmir; demands India lift ‘inhuman’ curfew,” UN News, 27 September 2019.
ⅹⅵ “Putin's Case for War, Annotated,” New York Times, 24 February 2022参照。また、2022年4月27日付のプーチンの同様の発言(2022年4月28日Agence France-Press storyで報告)“Putin warns of ‘lightning response’ to intervention in Ukraine”も参照。プーチンの2月24日発言に対して、フランスのJean-Yves De Drian外相は「大西洋同盟は核同盟であることをウラジーミル・プーチンは理解しなければならない。私が述べることは以上だ。」「フランスは言う。NATOは核兵器を持っていることをプーチンは理解しなければならない」と発言している(ロイター通信2022年2月24日)。
ⅹⅶ 威嚇の法的概念については、Ariana Smith,
Post-1996 Scholarly Interpretations of the Legal Status of Threat of Force (December 2018)参照。〔なお、本文のこの段落番号は、原文では11ではなく、12となっているが、誤りと思われるため、11とし、以下段落番号を改めた。〕