I 情勢
1.はじめに
後世の歴史家は、2009年を「大きな転換点」と位置づけるであろう。
国際情勢を見れば、オバマ米国大統領が唯一の核兵器使用国の道義的責任として「核兵器のない世界」を目指すとしたこと(資料1)、日本では選挙による「政権交代」が行なわれたという事実があったからである。
核超大国である米国の政治指導者が「核兵器のない世界」を目指すとしたことは、間違いなく世界史的出来事である。これまでの総会議案書は、常に、米国の核政策の危険性に警鐘を鳴らすものであった。また、当協会は、米国の核政策を転換するための一方策として「新原爆裁判」も提唱してきた。そのターゲットであった米国大統領が「核兵器のない世界」を目指すとしたことは、その動機や具体的方策はとりあえず置くとして、私たちと同じ方向を向くという宣言をしたことを意味している。核兵器問題については、米国大統領を「敵視」するのではなく、彼との「協働」が可能となったのである。まずそのことを確認しておきたい。
合わせて、鳩山首相が、オバマ大統領と符節を合わせて、唯一つの被爆国として「核兵器のない世界」を目指すとしたことと「非核兵器地帯」の提唱にも着目しておきたい(資料2)。元々、民主党は、総選挙に際してのマニフェストで「北東アジア地域の非核化をめざす」、「2010年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で主導的役割を果たす」としていた(資料3)。また、社民党・国民新党との連立政権の合意文書では「核軍縮・核兵器廃絶の先頭に立つ」とされている(資料4)。これらの文書を額面通りに受け止めれば、この政権との「協働」は可能というべきであろう。今後、この政権が、「核密約」・「非核三原則」・「米軍再編」・「被爆者援護」などの具体的政策でどのような取り組みを見せるのか。「核抑止論」や「北東アジア非核地帯」についてどのように対応するのか。私たちの要求をどこまで聞き入れるか。私たちの「建設的」提言と運動が求められるであろう。
2.オバマ大統領の「核兵器のない世界」の動機
ここで、留保したオバマ大統領の動機と具体的方策について触れておく。彼の動機は、米国への(非国家主体による)核攻撃を阻止する困難さと核兵器のない世界の実現とを比較した場合、後者のほうが実現可能と判断したものであろう。核攻撃がもたらす恐怖から免れるために、核兵器をなくしてしまえという発想である。その理由は、非国家主体が核兵器を入手した場合、その行使を押し止める方法として核抑止論に基づく外交交渉は無理であろうし、武力の行使は他国の領土(場合によっては米国内)ということになるのでこれも困難ということになり(アフガニスタンを見よ)、結局はその恐怖から免れることはできないからである。米国は、現在も、核兵器が非国家主体に渡ることを防止しようとあの手この手を講じている。けれどもそれを完全に阻止することはできないと考えたのであろう。また、核兵器は自国の安全を保障するどころか、むしろ危険性を増大すると考えたのであろう。だとすればその危険性を根本から断つしかないということになる。彼のこの動機は、決して原爆投下への反省からのものではない。米国の安全保障のためにどのような政策が効果的か、という功利主義的発想からのものである。もちろんこの動機付けや発想が間違っているといことではない。どのようなアプローチであれ、「核兵器のない世界」という方向に収斂すればよいからである。ただ、そのような特徴をもっているということは確認しておきたい。
また、オバマ大統領の「北朝鮮」政策にも注目しなければならない。彼は「核兵器のない世界」を主張しているが、決して平和主義者ではない。アフガニスタンでの武力行使は続いているし、圧倒的軍事力を保持しているし、「核抑止論」も放棄しているわけではない。朝鮮戦争の終結や「北朝鮮」との関係正常化を進めようともしていない。他方、「北朝鮮」も米国歴代政権の敵視政策が改められたとの認識は持っていない。6者会合(六カ国協議)の到達点である2005年9月19日の「共同声明」(資料5)は生かされていないのである。朝鮮半島が現代国際社会における最も危険な地域であることには変わりがないのである。私たちが懸念しなければならないのは、米国に核攻撃の危険がなければ、他の地域で核戦争が勃発してもやむを得ないという発想である。米国の安全保障を最優先課題とすればそのような発想はありうるであろう。米国流功利主義の効用と限界を忘れてはならない。
3.「核兵器のない世界」への道程
オバマ大統領は、「核兵器のない世界」へ向けて、ⅰ)米ロの戦略核兵器削減、ⅱ)核不拡散条約(NPT)の活性化、ⅲ)包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効、ⅳ)兵器用核分裂性物資生産禁止条約(FMCT)の早期実現などを提唱している。それはそれで合理的提言であり、反対する理由はない。けれども、今まで、これらの方策を無視し、その実現を徹底的に妨害してきたのは米国である。私たちは、米国内に根強い抵抗勢力が存在することを忘れてはならない。核兵器依存勢力の論理は、自国の安全保障と信ずる価値(自由と民主主義、市場経済)の実現のためには軍事力が不可欠である。軍事力とは殺傷力と破壊力である。核兵器は最大の殺傷力と破壊力を提供してくれる。安全と自由のためには核兵器を手放すことはできない、というものである。ここでは核兵器が人類社会に終末をもたらすかも知れないとの不安も危惧もない。「我が亡きあとに洪水は来たれ」ということなのであろう。この核兵器依存勢力の主力は、軍事力で物事を解決することを是とし、自由な金儲けを最大の価値とする者たちによって形成されている。彼らは自分が支配者の地位を譲るぐらいなら、世界の滅亡を選択するかもしれない勢力なのである。
この核兵器依存勢力は、日本政府の中にも存在している。オバマ大統領の核政策の転換以降も、日本政府は「核抑止論」を放棄せず、米国に「核の傘」を外さないで欲しいとしているのである(資料6)。この姿勢は民主党政権下でも、その兆候はあるものの、明確には改められていない。
「核兵器のない世界」に向けての道程は、核兵器依存勢力との激しい攻防戦の中で進行するであろう。それはオバマ大大統領が生きている間には実現しないかもしれない課題なのである。けれども、ここに来ての大きな変化は、国連安保理で「核兵器のない世界」に向けての決議が、核兵器国を含む全会一致で採択されたことである。「核兵器のない世界」を目指すという目標が設定され、米国の単独行動が背景に退き、各国の共同行動が確認された意味は大きい。廃絶を目標としない段階的な核軍縮がいかに核拡散を招いてきたか、また、米国だけに世界の命運を握らせることがいかに世界を不安定化するかについての反省が見て取れるからである。
私たちには、「核兵器と人類は共存できない」という命題を堅持しつつ、核兵器依存勢力と対抗し、「核兵器のない世界」実現のために、一層の奮闘が求められている。
II 活動報告
1.ICNND(核不拡散と核軍縮に関する国際委員会)への要望書(資料7)
川口順子元外相を共同議長の一人とする核不拡散・核軍縮国際員会の活動が始まった。当協会はこの委員会に要望書を提出した。要望の趣旨は、ⅰ被爆の実相と被爆者の証言を判断の基礎に置くこと、ⅱ核兵器の非人道性、犯罪性と違法性を確認すること、ⅲ核兵器廃絶の早期実現に向けた具体的「行動計画」を明確に提起すること、ⅳ「核兵器廃絶条約」の実現を、期間を設定して提起すること、ⅴ各国政府に「核兵器廃絶条約」の制定に向けての「誠実な交渉」を始めるよう勧告することなどである。
2.オバマ大統領のプラハ演説に対する見解の発表(資料8)
4月5日のオバマ大統領のプラハでの「核兵器のない世界」を目指すとして演説に対する協会理事会としての見解を公表した。その趣旨は、歓迎を表明しつつ、「核抑止論」の残滓があること、「核兵器廃絶条約」への言及がないこと、「核の平和利用」の無留保などの問題点を指摘した。(5月11日理事会)
3.IADL(国際民主法律家協会)への参加
6月6日から9日の間、ベトナム・ハノイで開催された、国際民主法律家協会の第17回大会に、他の法律家団体と協力して、当協会のメンバも参加した。何本かの報告書を提出し、分科会での発言を行った。IADLハノイ大会には、約400人の各国の法律家が参加した。特に、北朝鮮の法律家も参加したので、核廃絶も一つの重要なテーマになった。
(1)北朝鮮の法律家の分科会での発言
・アジアの平和にとっての最大の障害がアメリカの軍隊、基地であり、日本の軍事大国化であること。
・北朝鮮が平和の障害だというキャンペーンがはられ、アメリカと日本は人民をだまそうとしていること。
・南北朝鮮は、50年以上も戦争の脅威にさらされているので、平和を希求している。
・人工衛星を発射する権利はどの国にもある。北朝鮮だけが非難されるのはおかしい。アメリカの脅威のもとで、自己防衛の力を高めなければ生き残れないこと。(特にロケット発射について北朝鮮を非難した日本の法律家の発言に対しての発言)
・南北の平和条約をつくること、韓国からの米軍基地の撤退。
(2)IADL大会の決議として、「平和と核軍縮に関する決議」が採択された。
その要点は、以下のとおり。
(1)核抑止論の放棄と、核実験の停止、核兵器国による核の脅威を停止する法的枠組みを作ること。
(2)コスタリカおよびマレーシアが国連総会に提案した「核兵器条約」の制定。
(3)あらゆる核保有国による核兵器の削減および軍縮に関する会議が、できるだけ早期招集
(4)あらゆる人びとのもっとも幅広い強力な運動を。
(5)貯蔵されている大量破壊兵器の破壊の要求。
(6)軍事的な利用に浪費されている富を人間の持続的な発展のニーズのために再配分すること。
(7)核不拡散条約の二重性と不公正さは除去されなければならず、核兵器保有国の義務と責任は、2010年のNPT再検討会議において明確に定められ、核軍縮と全面的包括的軍縮のためのさらなる努力の必要。
4.IALANA(国際反核法律家協会)総会への参加
6月25日・26日、ベルリンで開催されたIALANA総会に、浦田賢治副会長・岡田啓資理事・井上八香アシスタントの三名が参加した。報告文書ⅰ)オバマ大統領の「核兵器廃絶」演説を歴史の転換点に(資料8)、ⅱ)原爆症認定訴訟とその中で明らかになった事実、ⅲ)北朝鮮の核武装強化を止めるために、ⅳ)核不拡散と核軍縮に関する国際委員会への要望書(資料7)を提出。総会では、「核兵器のない世界の将来像」に賛意を表明しつつ、「将来像を現実にするには、より一層の措置が必要である。核兵器のない世界は、全体的かつ恒久的な核兵器撤廃を達成する条約の締結を必要としている」、「2010年のNPT再検討会議がこのような条約の締結に向けた交渉の開始を要求しない場合には、国際司法裁判所に全面的核軍縮に義務を誠実に遵守する時間的枠組みの設定についての勧告的意見を求める運動を起こす」との決議を採択している。
5.原爆症裁判についての確認書(資料9の1乃至3)
8月6日、日本被爆者団体協議会(被団協)と麻生首相(当時)・自民党総裁との間で、協定書が調印された。その内容は、(1)一審で認定された原告について、国は控訴しない。既にしている控訴は取り下げる。(2)敗訴原告については、議員立法で救済する。(3)被団協・原告団・弁護団と厚生労働大臣との間に定期協議の期間を設ける、などというものである。原爆症裁判については、一定の区切りがついたが、今後の課題も多い。とりわけ、すべての被爆者に対する国家補償の観点からの支援が求められている。
6.池田会長のテレビ出演
池田会長が、関西テレビの番組に出演し、「核兵器をなくすことはできるか」について発言した。その番組を見た視聴者から、当協会に加入したいとか、資料を送ってほしいとの要望が寄せられている。それに対応した。
7.理事会の開催
(1)2008年12月18日
(2)2009年1月29日
(3)2009年2月26日
(4)2009年4月2日
(5)2009年5月11日
(6)2009年6月16日
(7)2009年7月17日
(8)2009年9月3日
(9)2009年10月5日
本年度は、上記の通り9回の理事会が開催された。参加人数は、多い時には10名ほどになっている。また、理事会報告が作成され、配布されるようになった。熱のこもった議論と決定が行えるようになった。
8.核フォーラム
1997年春に発足した核兵器問題フォーラム(略称:核フォーラム)は、核兵器に関する諸問題について、自由な立場から議論する場として、8月を除き、ほぼ毎月開催されてきている。2008年度中は、日本の核軍縮・不拡散研究における最前線の議論を知るという観点から、浅田正彦・戸崎洋史編『核軍縮不拡散の法と政治 : 黒澤満先生退職記念』(信山社、2008年)を順次読み進めた。2009年度からは、急速に変化する核軍縮の動きをフォローすべく、以下の話題がとりあげられている。モデル核兵器条約、米ロのSTART後継条約交渉、再び国際司法裁判所の勧告的意見を求めるための法的論拠をまとめた、核政策法律家委員会などによる「法的覚書」、ドイツIALANAが刊行した核軍縮の法的義務に関する書籍などである。また、北朝鮮問題を考えるとの観点から、朝鮮大学校非常勤講師の高演義氏を招いて話を伺った。
毎回、十名前後の参加者を得て、活発な議論が展開されているが、更なる話題提供者および参加者の増加が望まれる。
9.ホームページへの記事掲載
10.その他
(1)「北朝鮮」の核実験に対する見解の表明
(2)ワシントンでのICNND会合への被爆者の派遣に協力
(3)「平和憲法を生かして、地球の軍縮を進めよう」-憲法9条&12条inコスタリカ-へのメッセージ送付
(4)原水禁世界大会への参加
III 活動方針
「核兵器のない世界」に向けての絶好の機会。国内外での活動を強化する。
1.2010年NPT再検討会議の成功を目指す
来年の再検討会議は、「核兵器のない世界」に向けて具体的な一歩を踏み出すことができるかの試金石となる。当協会も応分の役割を果たす必要がある。日本の法律家を大勢ニューヨークに派遣する。また、各運動体との協力を深める。
2.「モデル核兵器条約」の普及を図る
「核兵器のない世界」を実現するには、条約国際法としての「核兵器廃絶条約」の制定と批准が不可欠である。日本の外務省はその翻訳すらしていない。その存在と内容についての普及が急務である。当協会の活動が求められている。
3.政府に「核抑止論」の転換を求める。国会議員に働きかける。
4.「核密約」を解明し、非核三原則の法制化を求める。
5.「北東アジア非核地帯」構想の具体的取組
6.会員拡大
現在の会員数は340名。会員拡大は急務。また、賛助会員の拡大も求められる。原爆症裁判弁護団への働き掛け。
7.会員拡大用パンフなどの作成
8.ホームページの充実
9.メーリングリストの作成
IV 役員体制
V 財政