「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」に抗議する
- 2023年5月19日、広島市で開催されたG7広島サミットにおいて、G7首脳は「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」(以下、「広島ビジョン」という。)を採択した。広島ビジョンは、被爆地広島において初めて開催されるG7サミットが核問題に絞って発出したものであるにもかかわらず、核廃絶を望む広島市民や被爆者をはじめとする世界中の人々の期待を裏切り、核抑止論を肯定したものであるから、当協会は広島ビジョンに対して強く抗議する。
- 広島ビジョンは、「核兵器のない世界の実現に向けたコミットメントを再確認する」としたものの、「全ての者にとっての安全が損なわれない形での」との枕詞を置き、ウクライナ侵攻と核の威嚇を行うロシア、核開発を行う北朝鮮やイラン、不透明で有意義な対話を欠いた核戦力の増強を行う中国を名指しして非難し、これらの国々に対抗するため、「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべき」との米国を中心とする核兵器による抑止を前提とする安全保障政策を肯定した。他方で、米国をはじめとする核保有国による核兵器の保有等の問題点には何ら触れていない。
- また、広島ビジョンは、核兵器の非人道性にも触れない上に、核廃絶という言葉すら入れられなかった。核不拡散条約(NPT)に基づく核不拡散体体制が礎石であり、堅持しなければならないと述べるものの、締約国に核軍縮のための誠実交渉義務を定めた同条約第6条への言及はないし、2017年に採択され2021年に発効した核兵器禁止条約(TPNW)についても全く触れていない。2022年8月開催のNPT再検討会議の最終文書案では、核兵器の非人道的結末への深い懸念を表明し、NPT第6条による締約国の義務の確認、TPNWを「認識する」とすることにG7サミット参加国も反対していなかったことと比較しても、明らかに核廃絶への意識が後退したというほかない。
- G7は、核兵器国であるアメリカ、イギリス、フランスに加え、核共有に参加するドイツ、イタリア、そして米国の核の傘に依存するカナダと日本の首脳が集う国際会議である。ロシアによるウクライナ侵攻や、台湾や東シナ海などをめぐる米中対立の激化など、世界情勢が悪化する現在、かかる会議が、被爆地広島で開催されることには極めて大きな意義がある。しかし、上記の通り、核問題に限定して発出された広島ビジョンは、一方的に「敵国」の核保有等を非難し、自らが核を保有することは何ら問題視しないどころか、終局的に核を使用することを前提とする核抑止を正当化し、核廃絶の道を大きく遠のかせたのである。ロシアによるウクライナ侵攻やこれに伴う核による威嚇、中国の軍事増強、北朝鮮やイランの核実験等が許されないことは当然であるが、これは米国をはじめとする核兵器国やその傘下の国々にも言えることであり、一方的に相手を非難し自己を正当化してこれに対抗するだけでは、核廃絶の実現は不可能である。
- 以上の通り、広島ビジョンは、被爆地広島でのG7サミット開催に向けた被爆者をはじめとする核廃絶を求める多くの市民を失望させ、核廃絶への道を後退させた。このような宣言を、被爆地広島で発出することは、被爆者をはじめとする核廃絶を求める市民の思いを蹂躙することに他ならない。被爆地広島が、このような宣言を許容したと決して考えてはならない。
当協会は、広島ビジョンを発出したG7各国に対し、強く抗議するとともに、これを撤回し、直ちに核廃絶へ向けた真摯な取り組みを行うことを求める。
併せて、日本政府に対し、被爆国としてNPT6条に基づく核廃絶のための誠実な交渉を行うとともに、核兵器禁止条約の批准とその敷衍により核廃絶のための誠実な対応を求める。
2023年5月31日
日本反核法律家協会会長
大久保 賢一