核・原子力の脅威と気候変動
―我々には将来世代を守る義務がある―
アンドレアス・ニデッカー(バーゼル大学名誉教授)
エミリー・ガイラード(カーン・ノルマンディ大学准教授)
アラン・ウェアー(国際反核法律家協会コンサルタント)
訳:森川 泰宏
核の緊張が高まるのに伴い、危機の時代は、核兵器について法的意義を有する問題を提起してきた。米国は、イランとの核合意を破棄または弱体化させるべきなのであろうか。米国大統領は、北朝鮮に対して先制核攻撃を開始する自由な権限を有しているのであろうか。核兵器を削減し、最終的に廃絶することが一般的に核不拡散条約(NPT)で約束されているにもかかわらず、リークされた新たな核態勢見直し(NPR)
(※1)で知られることとなった米国の核能力と軍備を拡大するトランプ政権の意図の法的位置付けはどうなるのであろうか。
しかし、核兵器の生産、実験、及び威嚇的使用に関しては、さらに広範なジレンマが存在する。つまり、これが将来世代の人権にどう影響するのかということである。このような将来への脅威は、明らかに制御不能な放射性廃棄物を生み出す核・原子力エネルギーと、持続的な人類文明を可能とし、かつ維持してきた気候の不安定化とも合わさって複合的なものとなっている。
このような将来に対する犯罪は合法的なものなのであろうか。我々は、このような視点から将来世代の人権をどのように尊重すべきなのであろうか。最近、バーゼル大学(スイス)、カーン・ノルマンディ大学(フランス)、及びプラハ・カレル大学(チェコ共和国)で開催された国際シンポジウムにおいて、これらの問題が取り組まれた。バーゼル会議
[訳注①]では、人権並びに核兵器及び核・原子力エネルギーに由来する世代間犯罪に関するバーゼル宣言が採択された
(※2)。
核兵器の脅威から将来世代を守ることは、核兵器の使用が長期的かつ無差別な影響を与えることから、1996年に国際司法裁判所(ICJ)が核兵器の威嚇または使用が一般的に違法であることを確認した際にも重要な考慮事項となった
[訳注②]。しかし、裁判所の決定にもかかわらず、ほとんどの核武装国は、先行または先制攻撃を含め、核兵器を使用する(違法な)政策を維持している。
一般的に、現行法は将来世代の権利を保護することができない。しかし、このことは、正当性、持続可能性、または法の諸原則にも合致するものではない。この法領域の発展は必要不可欠なのである。
1945年以来、およそ2000発の核兵器が「実験」の名目で爆発し、何百万もの放射線が放出された。このことは世界中の人間の健康に影響を与えており、また何世代にもわたって影響を与え続けるであろう。核実験の被害者の大半は、太平洋諸島、カザフスタンの草原地帯、または北アフリカの砂漠地帯などの遠隔地に居住している。彼らの大部分が忘れ去られてしまっており、現在の若年世代はその犠牲に気づいていない。しかし、このサイクルが破壊されない限り、現在世代の若者が次の犠牲者になるのであるから、忘却は危険である。
このサイクルを破壊する法的な努力も見られなくはない。例えば、2017年の核兵器禁止条約
(※3)は、締約国に対し、核実験の被害者に対する援助及び環境回復を義務付けている
[訳注③]。しかし、この条項は、9つある核兵器保有国のいずれもが同条約に署名していないことから実施不可能である。
核兵器と同様に、核・原子力エネルギーも人間の健康に永続的な影響をもたらす。チェルノブイリ原発事故は、地域を越えて、ヨーロッパ大陸全土に広範な汚染を引き起こした。福島からは大量の放射能汚染水が太平洋に漏れ続けている
(※4)。
これらもまた、将来に対する犯罪なのである。核廃棄物中の致死的同位体のいくつかは、半減期まで数千年を必要とする。核廃棄物の貯蔵施設は、将来の社会の財政上、流通上、及び安全保障上の影響と関連して、想像を絶する期間にわたり防護されなければならず、このことは、我々の子孫に残される莫大な負担となる。
核兵器禁止条約と同様に、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約、A規約)は、核の汚染にも適用可能な健康に関する人権を規定している
[訳注④]。しかし、実際には、この権利は尊重されていない。
たとえば、日本は社会権規約を批准しており、また日本国憲法の第11条及び第97条
[訳注⑤]においても、人権の世代間にわたる原則を保護している。しかし、これらの法の諸原則が明記されているにもかかわらず、依然として、日本のメディアは福島の現在の状況について報道することを妨げられており
(※5)、また未だにメルトダウンの影響に関する医学研究も制限されている。日本政府は、少量の放射線ならば無害であると主張しており、そのため、一般の放射線被曝の上限が年間1ミリシーベルトから、放射線を取り扱う労働者と同等の年間20ミリシーベルトにまで増加する可能性がある
(※6)。
この主張は、男性よりも放射線被曝の影響を受けやすく、がんやそれ以外の疾患に罹るリスクの高い若い女性や子供たちについて区別しない言及であり、不合理なものであって支持できない。放射線被曝は、数十年が経過した後に突然変異や疾患を引き起こす可能性がある。そのため、福島に対する日本の取り扱いは、社会権規約のみならず、日本国憲法にも合致しないのである。
気候変動に効果的に対処できないこともまた、将来に対する犯罪である。地球の気温上昇を2℃未満に制限するというパリ会議(COP21)の目標を達成する可能性は、米国の離脱に加え、多くの締約国の財政的貢献がこの問題に対する均衡を欠いているために後退している。温室効果ガスの排出量はパリ協定から2年間で増加している。このあまりにも小さく、あまりにも遅い軌道にとどまっているのであれば、我々は、人権を守ることだけではなく、地球上の多くの生命をも守ることができなくなるであろう。
これらがすべて合法的であると考えられるであろうか。そうとは思えない。カーン・ノルマンディ大学の国際シンポジウムにおいても指摘されたように、核時代の幕開けは、地球と全生物について、人類がかつてないほどの力を獲得したことを示している。法律専門家の多くは、この新たな人類の時代には、医療倫理及び法倫理の新たな規則が必要であると考えている。核戦争、核・原子力災害、及び気候変動にかかる世代間の影響は真剣に検討されなければならず、将来についての我々の法的思考においてもパラダイムシフトが求められているのである。
オランダのハーグ地方裁判所は、2015年のUrgenda Foundation対the Dutch State事件
[訳注⑥]において、温室効果ガスの排出を制限することにより、政府が将来世代を守る責任を有していると判示し、その方向性を示している。米国における同種の事例であるPeople対Climate Change事件
[訳注⑦]では、管轄権が認められ、本案を審理する段階に移行している。
現在の法的枠組を核・原子力の脅威と気候変動という現実に適応させるためには、長い道のりが残っている。現行法が適切に実施される必要がある一方、新たな立法がなされる必要がある。しかし、このような変化は、将来世代の人権を守るために不可欠なものなのである。
【訳者のコメント】
本稿は「ザ・ヒル」の掲載記事を訳出したものである。「ザ・ヒル」は米国ワシントンD.C.で発刊されている著名な政治・議会専門紙であるが、主な読者層は議会・政府関係者とされ、当然その中には政策決定者が含まれる。本稿の主張は、「核兵器の生産、実験、使用」、「放射性廃棄物を生み出す核・原子力エネルギーの利用」、「気候の不安定化」、これらが複合的にもたらす脅威につき、その影響の共通項である将来世代の権利の侵害ないし将来に対する犯罪という用語をキータームとして、現状の問題点を指摘し、これに対する法的措置ないし是正を求めるものであって、人類の生き残りに必須の論点を含んだ論稿といえよう。訳出にあたっては、訳注と併せて参照することで、より法的な観点から内容を理解できるように工夫した。
本稿の背景には、2017年にバーゼルにおいて開催されたNGO主催の
国際会議「核時代における人権、将来世代及び犯罪」を初めとした一連の国際会議の成果がある。たとえば、バーゼル会議で採択された
「人権並びに核兵器及び核・原子力エネルギーに由来する世代間犯罪に関するバーゼル宣言」においては、「核・原子力エネルギーと核兵器に関する事実を強調し、人権及び将来世代の権利と調和した、人類と我々の地球のために、安全で持続可能かつ平和な未来を促進することが我々の道義的義務」であるとして、会議参加者は、同宣言が示した提案(将来世代の権利及び核・原子力エネルギーの段階的除去に関する法的要請、ICRP勧告の見直し、電離放射線による健康被害に対する医療基準の確立、核兵器使用及びエコサイド(大規模環境破壊)のICC対象犯罪への追加、核兵器及び核・原子力エネルギーと人権及び将来世代の権利侵害との関係についての注意喚起、WHOとIAEAとの1959年協定の破棄等)を各国の政策決定者に伝達する準備があるとされている。本稿もその一環として発信されたものと理解できよう。
本稿に関連する重要文献として、東日本大震災(福島の原発事故)直後に発せられたC・G・ウィーラマントリー(ICJ元副所長、IALANA元共同会長)の公開書簡にも触れておく必要があるだろう。同公開書簡において、ウィーラマントリーは、新たな原子炉の建設停止、代替エネルギーシステムの探求、既存システムの段階的廃止、直面する危険性についての警告、原子炉の利点についての一方的な情報流出の是正等を訴え、これらの不作為が将来世代に対する犯罪であると断罪しているからである。このようなウィーラマントリーの見解と本稿との親和性は非常に高く、本稿の理解にも資すると思われる。
公開書簡の日本語訳と
訳者による解説はJALANAのウェブサイトで容易に入手できるので、本稿と併せて再読していただければと願っている。
なお、著者の一人であるアラン・ウェアーによると、本稿の投稿時のタイトルは「我々の子どもたちのために、我々には核時代を終わらせる義務がある(We owe it to our children to end the nuclear age)」であったそうである。このタイトルには、現在世代たる我々が世代間にわたり脅威をもたらす問題に対して将来世代の権利を設定し、法規範として擬制する意義について、その理由の一つが的確に示されていると思う。
出典:Andreas Nidecker, Emilie Gaillard, Alyn Ware, Nuclear threats, climate change: We're obligated to protect future generations, THE HILL (a Washington DC paper, January 18 2018), available at
http://thehill.com/opinion/energy-environment/369535-Nuclear-threats-climate-change-Were-obligated-to-protect-future-generations.
【注】
1 Ashley Feinberg, Exclusive: Here Is A Draft Of Trump’s Nuclear Review. He Wants A Lot More Nukes, HuffPost News Website (January 11 2018), available at
https://www.huffingtonpost.com/entry/trump-nuclear-posture-review-2018_us_5a4d4773e4b06d1621bce4c5.
2 Basel Declaration on human rights and trans-generational crimes resulting from nuclear weapons and nuclear energy (September 2017), available at
https://www.events-swiss-ippnw.org/final-declaration/.
3 United Nations Website,
https://www.un.org/disarmament/publications/library/ptnw/.
4 Robert Ferris, U.S. watches as Fukushima continues to leak radiation, CNBC Website(March 10 2016), available at
https://www.cnbc.com/2016/03/10/us-watches-as-fukushima-continues-to-leak-radiation.html.
5 Japan's timid coverage of Fukushima led this news anchor to revolt ? and he's not alone, PRI's The World Website (October 17 2014), available at
https://www.pri.org/stories/2014-10-16/frustrated-japans-coverage-fukushima-crisis-japanese-news-anchor-started.
6 Timothy J. Jorgensen, ‘Acceptable risk’ is a better way to think about radiation exposure in Fukushima, The Conversation Website (March 15 2016), available at
https://theconversation.com/acceptable-risk-is-a-better-way-to-think-about-radiation-exposure-in-fukushima-56190.
【訳注】
① バーゼル会議の概要について、
山田寿則「バーゼル会議とその宣言について」反核法律家第94号(2018年)45-51頁。なお、山田論文では資料としてバーゼル宣言の全文が訳出されている。
② Legality of Threat or Use of Nuclear Weapons, Advisory Opinion, ICJ Reports 1996, pp.243-244, paras.35-36. available at ICJ Website,
http://www.icj-cij.org/files/case-related/95/095-19960708-ADV-01-00-EN.pdf. 1996年の国際司法裁判所の核兵器勧告的意見の35項及び36項。日本語訳は以下の通り。
「35.・・・核爆発により放出される放射線は、極めて広範な地域において、健康、農業、天然資源、及び人口組成に影響を与えることになる。さらに、核兵器の使用は、将来世代に対する重大な危険となる。電離放射線は、将来における環境、食糧、及び海洋生態系に損害を与えるものであり、また将来世代に遺伝的な欠陥や疾患を引き起こす可能性を有している。」
「36.したがって、武力行使に関する国連憲章の規定、及び武力紛争に適用される法、特に人道法を本件に正しく適用するために、裁判所は、核兵器特有の性格、特にその破壊力、人間に莫大な苦痛を引き起こす能力(capacity)、及び次世代にまで損害を与える能力(ability)について考慮する必要がある。」
③ 核兵器の禁止に関する条約(核兵器禁止条約)の第6条。条文は以下の通り(JALANA暫定訳。JALANAのウェブサイト
http://www.hankaku-j.org/data/01/170720.pdfで参照可能)。
「第 6 条(被害者に対する援助及び環境の回復)1 締約国は、核兵器の使用又は実験により影響を受けた自国の管轄の下にある個人について、適用可能な国際人道法及び国際人権法に従い、年齢及び性別に配慮した援助(医療、リハビリテーション及び心理的な支援を含む。)を適切に提供し、並びにこれらの者が社会的及び経済的に包容されるようにする。
2 締約国は、核兵器その他の核爆発装置の実験又は使用に関係する活動の結果として汚染された自国の管轄又は管理の下にある地域に関して、汚染された地域の環境上の回復に向けた必要かつ適切な措置をとる。
3 この条の1及び2に基づく義務は、国際法又は二国間の協定に基づく他の国の義務に影響を及ぼさない。」
④ 経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約の第12条。条文は以下の通り。
「第12条 1 この規約の締約国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める。
2 この規約の締約国が1の権利の完全な実現を達成するためにとる措置には、次のことに必要な措置を含む。
(a) 死産率及び幼児の死亡率を低下させるための並びに児童の健全な発育のための対策
(b) 環境衛生及び産業衛生のあらゆる状態の改善
(c) 伝染病、風土病、職業病その他の疾病の予防、治療及び抑圧
(d) 病気の場合にすべての者に医療及び看護を確保するような条件の創出」
⑤ 条文は以下の通り。
「第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」
「第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」
⑥ Urgenda Foundation v. The State of the Netherlands, Hague District Court, Case No.: C/09/456689/HA ZA 13-1396 (2015).判決文の原文及び英訳は、Environmental Law Alliance Worldwideのウェブサイト
https://elaw.org/nl.urgenda.15において閲覧可能。
⑦ Kelsey Cascadia Rose Juliana,et.al., v. United States of America,et.al., United States District Court, District of Oregon-Eugene Division, Case No.: 6:15-cv-Ol517-TC (2016).判決文の原文ないし関連情報は、Our Children's Trustのウェブサイト<
https://www.ourchildrenstrust.org/us/federal-lawsuit/>において閲覧可能。なお、この事件を取り扱った論稿として、松田健児「Juliana,et.al.,対United States of America,et.al事件の一分析: 気候変動の脅威に関連して健全な環境を享受する憲法上の権利の誕生?」創価法学第46巻2・3号(2017年)145-177頁がある(創価大学・創価女子短期大学学術機関レポジトリ
https://soka.repo.nii.ac.jp/で利用可能)。この事件は、原告らが「現役世代には属しない若者が、気候変動による社会的、経済的なリスクに関連して人の命と生活の永続を可能とする安定的な気候システムを享受する憲法上の権利およびコモン・ローの公共信託法理(public trust doctrine)上の権利を侵害されていると主張して、全国的な温室効果ガスの規制措置政策の変更を求めて連邦政府を提訴した」(松田論文147頁)ものであり、その管轄権を認めたアン・アイケン(Ann Aiken)裁判官による決定は、将来世代に対する気候変動の脅威のみならず、核・原子力の脅威においても重要な示唆を与えるものと思われる。松田論文では、この決定の推論過程、正当化根拠、及び理由について詳細な紹介と分析がなされているので、本稿と併せて参照されることをお勧めする。
※ウェブサイトのURLについては2018年3月31日の時点で接続を確認した。
初出・機関誌「反核法律家」95号(2018年5月)